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1963年

香港クレージー作戦

香港クレージー作戦 香港クレージー作戦
植木等 浜美枝

 

杉江敏男監督1963年製作「香港クレージー作戦」を紹介する。本作は、クレージーキャッツの映画として3作目になり、1963年12月22日に全国劇場公開された。今回は、シリーズ初の海外ロケがイギリス領香港で行われた。また映画で初めて披露する"音楽コント"が好評となり、以後の作品でも継承される事となる。

 

香港クレージー作戦 香港クレージー作戦
ハナ肇 淡路恵子
香港クレージー作戦 香港クレージー作戦
谷啓、犬塚弘、安田伸、ハナ肇 桜井センリ、石橋エータロー
香港クレージー作戦 香港クレージー作戦
植木等、谷啓、ハナ肇、安田伸、石橋エータロー、桜井センリ、犬塚弘 中尾ミエ、淡路恵子、浜美枝

 

【ストリー】
駅前の飲ん平横丁は立ち退き問題で大騒ぎ。小料理屋の八太郎(ハナ肇)、とんかつ屋の安吉(安田伸)、ホルモン焼屋の敬一(谷啓)の三人は、中でも一番強硬な反対組だ。今日も集まって、小料理屋の板前大塚太郎(犬塚弘)も加わって知恵をしぼっている。第百商事の植田(植木等)は、この横丁に何カ月もツケをためているC調な男だが“立ち退き料とひきかえに借金を棒引きに”と申し出たが、中国人の資本で中華大飯店が出るのに気が滅入った3人は、あくまでも頑張った。植田は、こんな三人をしりめに、単独で中南公司にのりこみ、汪社長(リン・ツウオン)を訪れ、汪の持つ香港のビルと交換に、立ち退きを交渉した。意気ようようと帰った植田は飲ん平横丁の住民をまるめて香港に行くことになった。会社を辞めて香港に行く植田に、経理課の浜野(浜美枝)は一緒につれていって欲しいと頼んだ。又、飲ん平横丁の流しの石井(石橋エータロ)、桜橋(桜井センリ)も香港行きと決った。商売の運転資金は、ラクダビールの社長(進藤英太郎)にたのみこみ、3,000万の融資をさせた。さて香港にのり出した一行8人は、汪のビルに日本レストラン「菊花亭」を開店したが、5日たっても客はゼロだった。植田の窮余の一策で香港のメインストリートにちんどん屋を繰り出そうとしている時、日本人のショーダンサー麻美(淡路恵子)と、混血歌手中美樹子(中尾ミエ)に会った。ともかく、計画通りチンドン屋をくり出した植田は法律にふれて留置場行きとなった。翌日、汪の助力で釈放されたものの一同ガックリ。がそこへ新聞で見て駈けつけて来た麻美らの協力を得てチンドン屋のバンドは香港一のナイトクラブに出演することになった。そこで土地の有力者張に気に入られた一行は、「菊花亭」をバック・アップしてもらうことに成功し、江戸っ子の香港上陸作戦は大成功に終った。

 

香港クレージー作戦 香港クレージー作戦
クレージーキャッツ 浜美枝、植木等

 

題名: 香港クレージー作戦
監督: 杉江敏男
製作: 藤本真澄、渡辺晋
脚本: 笠原良三
撮影: 完倉泰一
照明: 西川鴨三
録音: 小沼渡
整音: 下永尚
美術: 村木忍
音楽: 神津善行  主題歌:植木等「股旅の唄」「どうせやるなら」挿入歌:中尾ミエ「女の娘だもん」
編集: 小畑長蔵
現像: 東京現像所
合成: 松田博
  製作担当:島田武治
  監督助手:野長瀬三摩地
  協力:パン・アメリカン航空
  スチール:秦大三
出演: 植木等、ハナ肇、谷啓、浜美枝、中尾ミエ、淡路恵子、有島一郎、犬塚弘、石橋エータロー、桜井センリ、由利徹、進藤英太郎、柳家金語楼、松原光子、人見明、塩沢とき、世志凡太
  1963年日本・東宝/東宝スコープ(シネスコサイズ)・35mmフィルムパートカラー93分

 

 

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