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1965年

クレージーの無責任清水港

クレージーの無責任清水港 クレージーの無責任清水港
植木等 植木等、浜美枝

 

坪島孝監督1965年製作「クレージーの無責任清水港」を紹介する。前作「花のお江戸の無責任」に続く"時代劇シリーズ"で第3作になる。1966年1月3日に全国劇場公開された。この当時、撮影は30~35日の期間でクランクアップするというローテーションであったが、人気絶頂だったクレージーキャッツのスケジュールがつかず、本作は、20日間で撮ったハードワークだった。その上、脚本が完成せず、その日に撮影するシーンの脚本が当日の朝届く、といった状態のまま続行されたそうだ。

 

クレージーの無責任清水港 クレージーの無責任清水港
ハナ肇、団令子 植木等、高橋紀子、谷啓
クレージーの無責任清水港 クレージーの無責任清水港
植木等、横山道代 ハナ肇、平田昭彦
クレージーの無責任清水港 クレージーの無責任清水港
植木等、石橋エータロー、安田伸 田崎潤

 

【ストリー】
海道清水港。売出し中の清水次郎長(ハナ肇)も経済成長のひずみで一家の台所は火の車。そんなところへ、信州は沓掛の生れの風来坊追分の三五郎(植木等)がやってきた。しかしこの三五郎は一宿一飯の恩義で、肩のこる思いをするのは真平と、次郎長一家へ草鞋を脱がず、腹をへらしたあげく、無銭飲食で牢へ入った。一方、次郎長一家では、大瀬の半五郎(土屋嘉男)がふとしたことから、次郎長一家の売り出しを恨む鷹岡の勘助(松本染升)の身内と喧嘩になり大瀬の半五郎の身代りを買ってでた、人の良い石松が牢暮しの破目におちいった。牢内で会った石松と半五郎はたちまち意気投合。やがて数日がすぎ出所した石松は次郎長のもとに帰り、三五郎はまた宿無しの身となった。が、ある日、小料理屋「ひさご」で一人娘お美代(高橋紀子)を相手に、石松(谷啓)から聞きかじっていた、大瀬の半五郎の武勇伝をわがことのようにぶち、悦にいっていた。ところが、これをまわりで聞いていたのが用心棒の大河原玄蕃(藤木悠)を雇って次郎長一家へ殴りこみをかける途中の勘助身内の子分たちだった。引っこみがつかなくなった三五郎は、奇抜な計画で玄蕃を倒し逃げだしたものの、仕返しを恐れて石松の居候となった。またそんな時、新助(安田伸)、清次(石橋エータロー)という兄弟が親の仇討ちの助太刀を頼みにやってきた。そこへ勘助が横山隼人(田崎潤)という用心棒を雇い、喧嘩状を送ってきた。次郎長は石松に破門を言い渡し、怒った三五郎と石松は恋しいお雪(浜美枝)やお美代に別れをつげ次郎長のもとを去った。が、途中三五郎を追ってきた新助、清次の兄弟が、仇とねらう隼人をみつけだし、仕方なく三五郎は、隼人と対して奇策で隼人を倒した。そこへお美代がかけつけ次郎長の窮状を告げた。石松は三五郎のとめるのをふりきって、次郎長を助けるべく勘助との喧嘩場へむかった。三五郎も仕方なく後を追い、自分がカマユデになることを条件に喧嘩を無事おさめ、得意の忍術でカマをぬけだした。数日後、次郎長のもとにたち帰った三五郎は、おどろき、あきれる次郎長をしり目に、またゴキゲンで旅にでていった。

 

クレージーの無責任清水港 クレージーの無責任清水港
植木等、田崎潤 クレージーの無責任清水港

 

題名: クレージーの無責任清水港
監督: 坪島孝
製作: 渡辺晋、藤本真澄
脚本: 小国英雄
撮影: 小泉福造
照明: 高島利雄
録音: 刀根紀雄
整音: 下永尚
美術: 育野重一
殺陣: 久世竜
音楽: 萩原哲晶、宮川泰
挿入歌:植木等「小諸馬子唄~ちゃっきり節」「たそがれ忠治―義理と人情」植木等・谷啓「遺憾に存じます」
編集: 武田うめ
現像: 東京現像所
  製作担当:山田順彦
  監督助手:坂野義光
  スチール:副田正男
出演: 植木等、谷啓、ハナ肇、浜美枝、団令子、犬塚弘、桜井センリ、石橋エータロー、安田伸、田崎潤、平田昭彦、藤木悠、土屋嘉男、高橋紀子、横山道代、田武謙三、小杉勇、石田茂樹、桐野洋雄、松本染升
  1965年日本・東宝+渡辺プロダクション/東宝スコープ(シネスコサイズ)・35mmフィルムカラー94分

 

 

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