映画「荒野のダッチワイフ」

荒野のダッチワイフ荒野のダッチワイフ

今回は1967年製作の大和屋竺監督作品「荒野のダッチワイフ」をピックアップした。
プロデュースは2012年10月17日に不慮の事故で惜しくも亡くなられた若松孝二氏である。若松孝二氏の監督した1979年「餌食」という映画で、私は撮影助手(フォーカスマン)で参加させて戴いた。主演があの内田裕也氏だったので現場は緊張感にみなぎっていたのを昨日の事の様に覚えている。

荒野のダッチワイフ荒野のダッチワイフ

本作はピンク映画というジャンルで製作されながら映画史に残る名作になっている。
ピンク映画と言えば私は撮影助手時代(1980年代)に20作ほど参加させて戴いた事がある。1960~70年代はパートカラーと言って白黒がドラマ部分、カラーが男女の絡みが主流だったが、私の頃はカラーで全編を撮影し再生モノクロラッシュ(※1)で試写をした。カメラマンと助手、照明技師と助手、監督と助監督2名が主なスタッフだったので、撮影助手は、全編20巻(※2)のフィルムチェンジ、シネスコレンズの フォーカス送り、露出の計測、機材管理を一人で行うのだから大変だった。(※3)それに撮影期間が3~4日間、全製作予算が約300万円だから過酷である。本作は名作だが、製作条件は同じ様なものだと思う。

【ピンク映画におけるトランジション効果】
オーバーラップ、フェードイン・アウト、多重露光などのトランジション処理を、通常は現像所のオプチカルプリンターで行うが、ピンク映画の場合は高額な光学合成費用は賄えない。必要とするカットがある場合にはキャメラで行う。それは、8mmカメラでお馴染みの方法で、例えば10秒の2カットをオーバーラップする場合、最初のカットの5秒あたりからレンズの絞りをF22まで絞り、カブリをレンズにかけて黒味を作る。次のカットではカブリをレンズにかけたまま5秒分リバース(巻き戻し)してからF22を適正絞りまで絞りを送る。これでオーバーラップは出来るが、芝居を撮った後に行うので本番一発勝負だ。キャメラは Arriflex 35 ⅡCBVで行った。

※1 使用したフィルムの乳剤面を剥がし新たな乳剤をコーディングした再生品。特にボヤけた。
※2 ほとんどNGが出せないフィルム総数なので400フィート巻きで20缶が目安とされた。
※3 CFは35mm、TV映画は16mmで撮影助手は各2名(チーフとセカンド)が通常だった。

009荒野のダッチワイフ
※モデルガンの老舗だったMGCが協力。コルトガバーメントのブローバックが手動だった!

余談になってしまったが、監督は1967年「殺しの烙印(監督:鈴木清順/宍戸錠主演)」で脚本を”具流八郎”名で担当した大和屋竺氏である。本作後には脚本家として以下の作品を担当している。その一部を紹介する。
1970年「野良猫ロック セックスハンター」長谷部安春監督/梶芽衣子主演(日活)
1971年「八月の濡れた砂」藤田敏八監督/広瀬昌助、村野武範、テレサ野田(日活)
1973年「エロスは甘き香り」藤田敏八監督/伊佐山ひろ子/桃井かおり(日活)
1978年「星空のマリオネット」橋浦方人監督/三浦洋一/亜湖(ATG)
監督作品では「裏切りの季節(1966年)」「毛の生えた拳銃(1968年)」「犯す(1968年)」「愛欲の罠(1973年)」など残したが、1993年1月に他界された。

荒野のダッチワイフ荒野のダッチワイフ

【ストリー】
ブルーフィルムを製造するヤクザ一味に女をさらわれた金持ち男(津崎公平)は、腕利きの殺し屋ショウ(港雄一)を雇い女の救出を依頼した。殺し屋の恋人(渡みき)もまた、そのヤクザ(山本昌平)たちの手にかかり陵辱の中で殺されていたのだ。単身、アジトに乗り込んだショウは、やがて救うべき女と死んだ恋人の幻影の間を彷徨い始め妄想に獲り憑かれていくのだった。音楽を担当した山下洋輔のジャズが素晴らしかった。

題名:荒野のダッチワイフ
製作:若松孝二
監督:大和屋竺
脚本:大和屋竺
撮影:甲斐一
照明:舟波要
音楽:山下洋輔
現像:東映化学工業
出演:港雄一、山本昌平、麿赤兒、大久保鷹、山谷初男
1967日本/スタンダードサイズ・モノクロ75分35mmフィルム
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