映画「ミネソタ無頼」

MINNESOTA CLAYMINNESOTA CLAY
「MINNESOTA CLAY(ミネソタ無頼)」                  キャメロン・ミッチェル

今回はセルジオ・コルブッチ監督1964年製作「ミネソタ無頼(MINNESOTA CLAY)」をピックアップする。
本作は今迄紹介したマカロニウエスタン(イタリア製西部劇)と違いハリウッド西部劇を模倣した創成期の作品である。1966年製作の「続・荒野の用心棒(DJANGO)」が同じ監督とは思えないテイストだ。

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フェルナンド・サンチョ              エテル・ロージョ

マカロニウエスタンで出演しないと淋しい名物キャラクターのフェルナンド・サンチョ氏も往年の作品に比べると若々しい。またセルジオ・コルブッチ監督作品の女優陣は美しく哀しく屈強なヒロインが登場する。主演はバイキング映画に出るためにイタリアへ招かれたキャメロン・ミッチェル。

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ディアナ・マーティン             エテル・ロージョ  フェルナンド・サンチョ

【ストリー】
刑務所を脱獄したミネソタ・クレイ(キャメロン・ミッチェル)は自分の無実を晴らすためにかっての仲間だったフォックス(ジョルジュ・リヴィエール)がい るメサの町に向っていた。途中でならず者たちに襲われていたエステラ(エテル・ロージョ)の命を救う。 メサの町はフォックスのグループとメキシコ人オルチス(フェルナンド・サンチョ)が激しく町の支配を巡って争っていた。エステラはオルチスの情婦だったの だ。そしてメサの町に到着したクレイはここで全てを悟る。 旧友のジョナサン(アントニオ・カザス)がクレイに語ったのは―メサの町にいたフォックスは18年前にクレイの恋人だったエリザベスの横恋慕を抱きその思 い叶わぬと知るや、エリザベスを殺し、クレイに殺人の濡れ衣を着せ自分は正義の仮面を被って保安官となっていた。 しかも町で見かけたナンシー(ディアナ・マーティン)という娘が持っていた金貨のお守りはクレイがエリザベスに渡した愛の証だった。ナンシーはクレイの実 の娘だった。ナンシーはジョナサンが引き取り大切に育てられたいた。そこへ山賊のオルチスが雪崩れ込みフォックスと争ったが、オルチスたちフォックスに倒 された。もう町は完全にフォックスに手中に落ちたのだ。クレイはフォックスに対決を挑むが、クレイの「持病」が悪化したのだ。 獄中にいた時からクレイは眼病を患い、盲目になってしまったのだ。彼は死を覚悟してジョナサンの名前で脱獄したドラナー刑務所にクレイが町に居ると便りを 出せさせる。こうすればクレイが死んでも自分の賞金はジョナサンが手にする事ができるからだ。クレイはハンディをなくすために月の出ていない闇夜にフォッ クスたちを誘い出し、彼等の物音や足音を自分の耳を頼りにひとりずつ倒して行く。だがクレイも決闘で傷つき、最後のひとり、フォックスを倒したクレイもそ の場で崩れる・・・。

MINNESOTA CLAY
メサの町“になったオープンセット

本作の”メサの町”になったセットは、スペインの首都マドリードの北にあるオヨ・デ・マンツァナーレスのオープンセットで撮影された。 「荒野の用心棒(1964年)」、「荒野の棺桶(1966年)」、「情無用のコルト(1967年)などで撮影されたが、1970年代半ばに取り壊されたそうだ。

題名:MINNESOTA CLAY
邦題:ミネソタ無頼
監督:セルジオ・コルブッチ
脚本:アドリアーノ・ボルツォーニ、セルジオ・コルブッチ
撮影:ホセ・F・アグアイヨ
美術:カルロ・シミ
音楽:ピエロ ピッチオーニ
出演:キャメロン・ミッチェル、ジョルジュ・リヴィエール、アントニオ・カサス、エセル・ロホ、ダイアナ・マーティン、アンソニー・ローズ
1964年イタリア ・フランス ・ スペイン/ビスタサイズ・カラー89分35mmフィルム
ミネソタ無頼[DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

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マカロニウエスタンの日本国内上映本数は、1965年2本、1966年5本、1967年31本、1968年21本、1969年9本、1970年5本だった そうだ。当時”二匹目の泥鰌(どじょう)”を狙って東映が”サムライウエスタン”として1968年に「荒野の渡世人」を名優高倉健氏主演で製作した。
ロケ地はオーストラリアでユーカリの木があったり、街のセットが近代風(恐らく実際の町の一角を装飾しただけ)、遠景に電線やコンクリートが見える。 キャストも志村喬氏以外はオーストラリアの俳優陣で固めたのは良かったが、銃器の取り扱いやガンプレイが東映B級映画のそれである。
また銃社会のウエスタンに任侠は通じないし、ラストの「シェーンカムバック!(※1)」のモノマネは白けて笑えない。「日本語版」とタイトルされていたが世界には通用しない駄作である。
トニーノ・チェルビー監督1968年製作「野獣暁に死す」に出演した仲代達矢氏やテレンス・ヤング監督1971年製作「レッド・サン(RED SUN)」に出演した三船敏郎氏の様にイタリアでセルジオ・コルブッチ監督の脚本とスタッフが撮っていたなら名優「高倉健」が生きていたと思うと残念である。

※1 アメリカ映画1953年製作ジョージ・スティーヴンス監督作品「シェーン(SHANE)」の名シーンと言われた「必死でひきとめるジョーイの叫びを背景に、シェーンはワイオミングの山へと去っていった。」

荒野の渡世人
「シェーン」                「荒野の渡世人」

「荒野の渡世人/東映1968年/佐藤純弥監督」