映画「日本列島」

日本列島日本列島
宇野重吉

今回は熊井啓監督1965年製作「日本列島」高評価作品sをピックアップする。
吉原公一郎氏の同名原作を映画化したものだが「帝銀事件死刑囚」で日活から監督デビューした熊井啓氏がその翌年に撮った作品だ。本作は戦後の日本で起こった謎の多い諸事件を米国の謀略と関連付けて追及し、探究する表現力を持って完結させている。キャノン機関を思わせる謀略集団、下山・松川・三鷹事件、BOACスチュワーデス殺人事件等、戦後の混乱期に実際に起こった謎の事件が盛り込まれている。ご本人も著書で「日本軍部およびアメリカ占領軍は、歴史や事件の真実を秘匿した。それらを多少とも明らかにし、後世に伝える義務がある(戦争責任について)」と述べている。今の日本映画でこの様な反骨精神のある監督、スタッフ、作品は見当たらない。

日本列島日本列島
宇野重吉、二谷英明

【熊井啓監督作品】
1964年「帝銀事件 死刑囚」
1965年「日本列島」
1968年「黒部の太陽」
1970年「地の群れ」
1972年「忍ぶ川」
1973年「朝やけの詩」
1974年「サンダカン八番娼館 望郷」ベルリン国際映画祭銀熊賞・主演女優賞
1976年「北の岬」
1978年「お吟さま」※戦後日本映画で初の中国ロケ
1980年「天平の甍」
1981年「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」
1986年「海と毒薬」国際映画祭審査員特別賞
1989年「千利休 本覺坊遺文」ヴェネツィア国際映画祭監督賞、シカゴ国際映画祭銀賞
1990年「式部物語」モントリオール世界映画祭芸術貢献賞
1992年「ひかりごけ」
1995年「深い河」モントリオール世界映画祭エキュメニカル賞
1997年「愛する」
2001年「日本の黒い夏─冤罪」ベルリン国際映画祭特別功労賞
2002年「海は見ていた」

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※熊井啓監督は2007年5月にお亡りにくなった。(満76歳没)

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【ストリー】
昭和34年秋SキャンプCID(犯罪調査課)のポラック中尉は、通訳主任秋山に、リミット曹長事件の解明を命令した。一年前、リミットが水死体となって発 見されるや、米軍は死体を本国に送還すると、日本の警察を無視して事故死と発表した。秋山はかつて最愛の妻が米兵に暴行を受け、事故死として死体が引渡さ れた事件を思い、怒りを新たにした。この事件を執拗に追う昭和新報記者の原島と共に、秋山は、警視庁捜査三課黒崎から、リミットが死の直前日本に出た贋ド ルを追っていたこと、そして、精巧なドイツ製印刷機とその技術者伊集院元少佐が消えた事実を知らされた。伊集院の一人娘和子を訪れた秋山は、伊集院が数年前正体不明の男に連れ去られ、涸沢と名乗る男が他言せぬよう家族を脅迫すると立ち去ったことを聞いた。涸 沢は米軍占領時代謀略機関で活躍した謎の男であった。昭和二十九年、贋ドルにまつわる信交会事件に、当時検事として立ち会った弁護士日高は、滝沢の部下 佐々木の口から、サン・ピエール教会を根城として、不良外国人がたむろすることを調べていた。佐々木を訪れた秋山、原島は、佐々木が滝沢にリミットが贋ド ルを追及していると知らせた事実を知り驚愕とした。やはりリミットは涸沢に消されたのか!数日後、佐々木は水死体となってあがった。突然秋山にポラック中 尉から調査中止命令が出た。秋山はキャンプをやめて調査を続行した。三十五年外国航空スチュワーデス椎名加代子が水死体となってあがった。容疑者として出頭したサンピエール教会サミエル神父は、取り調べの終らぬまま突然帰国した。多くの疑問を残したまま三年が過ぎた。三十八年、スペンサー大尉から沖縄に伊集院らしい男が陳陽成と名乗っていると聞き、秋山は和子に了解を得ると沖縄に飛んだ。だが秋山も、陳陽成と名乗る男も、何者かに殺害され、当局は真相は永久にわからぬだろうと発表した。昭和39年、この事件を追及するため沖縄に飛ぶ原島を和子は、励まし見送った・・・。

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芦川いづみ

題名:日本列島
監督:熊井啓
企画:大塚和
原作:吉原公一郎
脚本:熊井啓
撮影:姫田真佐久
照明:岩木保夫
録音:沼倉範夫
美術:千葉和彦
編集:丹治睦夫
音楽:伊福部昭
スチール:斎藤誠一
出演:宇野重吉、芦川いづみ、二谷英明、鈴木瑞穂、下元勉、滝秀治、武藤章生、佐野浅夫、内藤武敏、加藤嘉
1965年日本・日活/シネスコサイズ・モノクロ115分35mmフィルム
日本列島 [DVD]
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左から熊井啓監督・姫田真佐久氏(撮影)・岩木保夫氏(照明)キャメラはNC Michell 35mm
※撮影は1965年(昭和40年)2月15日~4月5日、延べ51日間で行われたそうだ。