映画「殺しの烙印」

殺しの烙印
宍戸錠   

【追記・訃報】
「エースのジョー」の愛称で親しまれ、アクションスターとして日活の黄金期を支えた俳優の宍戸錠(ししど・じょう、本名同じ)さんが2019年1月21日に死去した。86歳。大阪市生まれ。関係者によると、都内の自宅で倒れていたという。あくの強さを出すため豊頬(ほうきょう)手術を受け、膨らんだ頬がトレードマークだった。日大芸術学部在学中の1954年、日活の第1期ニューフェイスに合格。翌55年に「警察日記」で本格デビューし、二枚目スターとして売り出されたが、自ら進んで豊頬手術を受け、敵役として活路を開いた。小林旭主演の「渡り鳥」「流れ者」シリーズや故赤木圭一郎さん主演の「拳銃無頼帖」シリーズに敵役として登場。時に主役を食う人気を博した。70年代になるとテレビにも進出し、「巨泉×前武のゲバゲバ90分」「カリキュラマシーン」「元祖どっきりカメラ」などのバラエティーにも出演。1982~83年にはフジテレビ系「くいしん坊!万才」にレポーターとして出演し、長男で俳優の宍戸開ものちにレポーターを務めた。10年4月に元女優でエッセイストの宍戸游子(ゆうこ)さんががんのため77歳で死去。2013年2月には東京・世田谷区上祖師谷の自宅が全焼する被害に遭うなど、晩年は悲しい出来事が続いた。
最終更新:2020/1/821(火) 16:45 スポニチアネックス

殺しの烙印殺しの烙印
宍戸錠                                                                 真理アンヌ

今回は鈴木清順監督1967年製作「殺しの烙印」をピックアップする。
本作を最後に日活の専属契約を解消され、監督は10年間も劇映画を撮れなかった経緯があった。脚本を書いた具流八郎とは大和屋竺、木村威夫、田中陽造、曽根中生、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明、各氏の共同ペンネームだ。その中で助監督をしていた(No4の殺し屋を演じている)大和屋竺氏は、本作後に日活を退社してフリーになり、若松孝二監督の若松プロダクションで「裏切りの季節」で監督デビューする。本ブログでは名作「荒野のダッチワイフ」を紹介した。

殺しの烙印殺しの烙印
南原宏治                                                              小川万里子

【ストリー】
プロの殺し屋としてNo3にランクされている花田(宍戸錠)は、500万円の報酬である組織の幹部を護送する途中、No2とNo4らの一味に襲撃された。花田の相棒春日(南廣)は倒れたが、組織の男の拳銃の腕前はすばらしいもので、危うく危機を脱した花田は、その男を無事目的地に送り届けた。仕事を終えたあとの花田は緊張感から解放されたためか、妻の真美(小川万里子)と野獣のように抱き合うのだった。ある日、花田は薮原(玉川伊佐男)から殺しの依頼を受けた。しかも、四人を殺して欲しいというのだ。花田は自分の持つ最高のテクニックを用いて、次々と指名の人間を消していった。しかし、最後の一人である外国人を殺すのに手間どり、結局失敗してしまった。殺し屋に失敗は許されない。
組織は女殺し屋美沙子(真理アンヌ)を差向けてきた。家に逃げ帰った花田に妻の真美が拳銃を向けた。真美も殺し屋だったのだ。九死に一生を得た花田は美沙子のアパートに転げこんだ。そんな花田を美沙子は射つことが出来なかった。その夜、二人は殺し屋の宿命におびえながらお互いを求めあった。やがて花田殺しに失敗した美沙子は組織に捕われ、彼女を救いに行った花田は組織の連中と対決したが、そこに現われたのは、かつて花田が護送した男大類(南原宏治)だった。大類こそ、幻の殺し屋といわれるNo1なのだ。
大類は対決の場所として後楽園ジムを指定した。花田は腕は大類の方が一枚上であることを悟り、捨身戦法で対決しようと覚悟した。それが効を奏し、大類は花田に倒されたが、花田も大類の一弾を受けていた。ジムの中によろめき立っている花田の前に美沙子が現われたが、すでにその見分けのつかない花田は彼女を射った。そして花田も、「No1は誰だ!」と絶叫してその場に崩れ落ちていった。

殺しの烙印
真理アンヌ

題名:殺しの烙印
監督:鈴木清順
企画:岩井金男
脚本:具流八郎
撮影:永塚一栄
照明:三尾三郎
録音:秋野能伸
美術:川原資三
編集:丹治睦夫
音楽:山本直純
スチール:坂東正男
出演:宍戸錠、南原宏治、玉川伊佐男、真理アンヌ、小川万里子
1967年日本・日活/シネスコサイズ・モノクロ91分35mmフィルム
殺しの烙印 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

殺しの烙印殺しの烙印
殺しの烙印
殺しの烙印殺しの烙印
殺しの烙印