映画「白い野獣」

白い野獣白い野獣
三浦光子                        山村聡

今回は成瀬巳喜男監督1950年製作「白い野獣」をピックアップする。
本作は「ゴジラ(1954年)」以降、東宝の看板シリーズとなった怪獣・SF映画のほとんどをプロデュースした名匠である田中友幸氏の田中プロダクション制作である。内容は、1957年に売春禁止法が施行される以前の売春婦の更生施設”白百合寮”を巡る物語で、当時としては先進的な内容であった様に見受けるが、私が生まれる前の作品であり、ディテールは分からない。

白い野獣白い野獣
飯野公子                        岡田英次

【ストリー】
ここ白百合療では多くのヤミの女に強い自覚と生活のよろこびを与えるため青年療長泉(山村聡)と理知的な女医中原(飯野公子)が、自分を忘れて尽していた。新しく療へ入って来た啓子(三浦光子)は、自分の踏んで来た道を間違ったものと考えていなかった。「きょう楽と共に自分の生活が苦もなく続けられたことがどうして間違ったことであろう、汚れた女だとひとはいう、しかし私が求めた喜びがどうして汚れているというのだ」と彼女は思う。だが泉は「身体の問題じゃない、そのことが間違ったことであるとわかるのは君が本当に何かに愛情を感じたときにはじめてわかることだ、今はただここで真面目に働らけばいい」そういって聞かせるのだ。中原は泉の寛い愛情の中で、同性のために働らくことが幸せであった。そしてそのような正しい生き方をしている泉や中原をみる啓子の心はしだいに自分自身のあゆんで来た道へのキグがうまれてきた。それは泉へのいつか芽生えた女の心であったかもしれぬ。そのころ、療生の一人玉江(北林谷栄)は脳ばい毒で気が狂って死んでいった。最後まで女の肉体の尊さを知ることなく--。そして同じころまだ少女のあどけなさの残っているマリ(木匠久美子)は新しい生命を宿していた。それらを知った啓子の心は急に何か知らぬ大きな転換をはじめた。だがすでに享楽はけがれでないと信じていた彼女の肉体も病魔に襲われていた。ばい毒性視神経交さ炎がそれであった。眼がいたみ、そして次第に明るさを失っていく彼女の耳に、マリの赤ん坊の産声が聞えた。しらじらと夜が明けた。啓子はすでに心のさく乱がなかった。朝の庭に泉と中原が夜明けの誕生を喜びあい、「すべての女が母というものをいつも感じていたら多くの間違いがなかったのに--」と語りあっている姿が、光を浴びて立っていた。

白い野獣白い野獣
飯野公子                        千石規子

題名:白い野獣
監督:成瀬巳喜男
製作:田中友幸
脚本:西亀元貞、成瀬巳喜男
撮影:玉井正夫
照明:島百味
美術:平川透徹、武田正夫
録音:三上長七郎
編集:坂東良治
音楽:伊福部昭
現像:東宝現像所
製作主任:眞木照夫
演出補佐:川西正義
出演:三浦光子、山村聡、岡田英次、飯野公子、中北千枝子、木匠くみ子、千石規子、北林谷栄、石黒達也、登山晴子、河野糸子
1950年日本・東宝+田中プロダクション/スタンダードサイズ・モノクロ92分35mmフィルム

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飯野公子、山村聡                    白い野獣