Koji Wakamatsu

若松孝二 (Koji Wakamatsu)

1960year
1963年「甘い罠
1963年「激しい女たち」
1963年「おいろけ作戦」
1965年「壁の中の秘事
1965年「情事の履歴書
1966年「胎児が密猟する時
1967年「日本暴行暗黒史 異常者の血
1967年「日本暴行暗黒史 暴虐魔
1967年「犯された白衣
1968年「腹貸し女」
1968年「復讐鬼」
1968年「金瓶梅」
1968年「新日本暴行暗黒史 復讐鬼
1969年「狂走情死考
1969年「処女ゲバゲバ
1969年「ゆけゆけ二度目の処女
1969年「現代好色伝 テロルの季節
1969年「やわ肌無宿 男殺し女殺し・裸の銃弾
1970year
1970年「理由なき暴行 現代性犯罪絶叫篇
1970年「日本暴行暗黒史 怨獣
1970年「性賊 セックスジャック
1970年「新宿マッド
1971年「秘花」
1971年「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」
1971年「私は濡れている」
1972年「天使の恍惚
1973年「女子高校生課外サークル
1975年「略称・連続射殺魔」
1975年「拷問百年史」
1977年「聖母観音大菩薩
1978年「13人連続暴行魔」
1979年「餌食」
1980year
1982年「水のないプール
1984年「スクラップ ストーリー ある愛の物語」
1986年「衝撃 パフォーマンス」
1989年「キスより簡単」
1990year
1990年「われに撃つ用意あり READY TO SHOOT
1991年「キスより簡単2 漂流篇
1992年「エロティックな関係
1992年「寝盗られ宗介」
1995年「Endless Waltz エンドレス・ワルツ」
1997年「明日なき街角」
1999年「飛ぶは天国、もぐるが地獄」
2000year
2004年「完全なる飼育 赤い殺意」
2005年「17歳の風景 少年は何を見たのか」
2008年「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
2010年「キャタピラー
2012年「海燕ホテル・ブルー」
2012年「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」
2012年「千年の愉楽
※2012年10月17日満76歳没


若松孝二監督

宮城県出身。農業高校を中退して上京。TVドラマの助監督を経て、1963年にピンク映画「甘い罠」で映画監督デビューする。低予算ながらもピンク映画としては異例の集客力をみせ「ピンク映画の黒澤明」などと形容されヒット作を量産する。若松孝二監督の映画作りの原点は“怒り”であり反体制の視点から描く手法は当時の若者たちから圧倒的に支持される。1965年、若松プロダクションを設立。反体制的な主張を込めた作品を数多く発表し、学生運動の高まりとあいまって若者の支持を得る。同年「壁の中の秘事」が日本映画製作者連盟推薦の大映作品などを差し置いてベルリン国際映画祭正式上映作品となり、評論家による「国辱」発言などもあってセンセーショナルな騒動となったことから、若松孝二監督の名前はピンク映画業界を超えて一般に広く知れ渡った。
プロデュース作品としては、大和屋竺監督「荒野のダッチワイフ(1967年)」足立正生監督「女学生ゲリラ(1969年)」大島渚監督「愛のコリーダ(1976年)」神代辰巳監督「赤い帽子の女(1982年)」等がある。



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