映画「男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋」


渥美清                     いしだあゆみ(マドンナ役)

今回は山田洋次監督1982年製作「男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋」をピックアップする。
第29作となる本作のロケ地は、京都府京都市、伊根、丹後半島、信濃大町、河井寛次郎記念館(京都市 東山区)、滋賀県彦根市、神奈川県藤沢市江ノ島などで行われ、封切り時の観客動員は139万3,000人、配給収入は10億4,000万円だったそうだ。当時のロードショー入場料金は1,500円、併映は「えきすとら(監督:朝間義隆 出演:武田鉄矢、石田えり、乙羽信子、鈴木ヒロミツ、田中邦衛)」であった。


柄本明、片岡仁左衛門               いしだあゆみ、津嘉山正種

【ストリー】
葵祭でにぎわう京都、加茂川べりで休んでいた寅次郎(渥美清)は、ひとりの老人と知り合った。孤独な感じの老人に寅次郎は声をかけ慰め、それがうれしかったらしく先斗町の茶屋に寅次郎を誘った。老人は加納(片岡仁左衛門)という有名な陶芸家だった。酒に酔い、翌朝、寅次郎は加納の家で目がさめ、その立派さにびっくりしてしまう。そして加納家のお手伝い・かがり(いしだあゆみ)と会う。かがりは丹後の生まれで、夫は五年前に病死、故郷に娘を置いてきていることを知った。加納は弟子の蒲原(津嘉山正種)とかがりが夫婦になることを望んだが、蒲原は他の女性と結婚するといい、それを聞いたかがりは丹後へ帰ってしまった。旅に出た寅次郎、足がむいたのは丹後。かがりは思いのほか元気だった。その夜、偶然二人きりになってしまい、まんじりともしない一夜を過ごした。そのことを気にしつつ、東京に帰った寅次郎。再び旅に出ようとした矢先、かがりがとらやを訪ねて来た。帰りぎわに鎌倉の紫陽花で有名な寺で待っているという手紙をにぎらされた。当日になると一人では心細いと、甥の満男(吉岡秀隆)を一緒に連れて出かけた。満男を同行した寅次郎をみて、かがりの表情には落胆の色が浮かんだ。鎌倉から江の島への間、かがりは胸のうちを寅次郎にぶちまけるチャンスもなく、そのまま丹後に帰ってしまった。かがりの心を知りながらそれに応えられない哀しさを酒でまぎらわそうとした。かがりは本当は寅次郎が好きだったのでは、と言うさくら(倍賞千恵子)に、あんな美人で賢い人が俺のようなヤクザを思うわけがないといってとらやを後に旅立っていった。数日後、さくらのもとにかがりから故郷で元気に働いているとの便りが来た。そのころ信州の古い宿場で寅次郎は瀬戸物を売っていた。加納の名をかたっている寅次郎の前にひょっこり姿をあらわしたのが寅次郎のさすらいの生活にひかれて旅に出た加納だった。フーテンの寅さんと人間国宝・加納の屈託のない声が信州の山々にこだましていた。


下條正巳、三崎千恵子、倍賞千恵子、笠智衆、佐藤蛾次郎  前田吟、三崎千恵子、下條正巳、三崎千恵子

題名:男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋
監督:山田洋次
企画:小林俊一
製作:島津清、佐生哲雄
原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
撮影:高羽哲夫
照明:青木好文
録音:鈴木功
調音:松本隆司
美術:出川三男
編集:石井巌
音楽:山本直純 主題歌・唄:渥美清
撮影機材:パナビジョン
フィルム:富士フィルム
現像:東京現像所
製作主任:峰順一
製作進行:玉生久宗
助監督:五十嵐敬司
アニメーション:白組
スチール:長谷川宗平
出演:渥美清、いしだあゆみ、倍賞千恵子、前田吟、三崎千恵子、太宰久雄、笠智衆、佐藤蛾次郎、下條正巳、吉岡秀隆、柄本明、片岡仁左衛門、津嘉山正種、杉山とく子、関敬六
1982年日本・松竹/シネスコサイズ・カラー109分35mmフィルム
公式サイト
男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


倍賞千恵子                     いしだあゆみ、渥美清

映画「日本沈没」

日本沈没日本沈没

今回は森谷司郎監督1973年製作の大ヒット作「日本沈没」をピックアップする。
原作は小松左京氏の同名ベストセラー385万部のSF本だが、2006年に同じ東宝で、樋口真嗣監督(出演:草なぎ剛、柴咲コウ)によりリメイクされた。

日本沈没日本沈没

森谷司郎監督は、黒澤明監督作品「悪い奴ほどよく眠る」「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」「赤ひげ」でチーフ助監督を務め、1966年に「ゼロ・ファイター 大空戦」で監督デビューした。
主な監督作品は「弾痕(1969年)」「赤頭巾 ちゃん気をつけて(1970年)」「潮騒(1971年)」「八甲田山(1977年)」「動乱(1980年)」「小説吉田学校(1983年)」などだが、本作の製作期間は、約4ヶ月で約8,80万人の観客を動員し、配給収入は、約16億4,000万円を挙げる大ヒットを記録した。残念な事だが、1984年12月に新作準備中に過労で亡くなっている。(享年53歳)

日本沈没日本沈没

【ストリー】
地球物理学者である田所雄介博士は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出す。潜水艇操艇者の小野寺俊夫、助手の幸長 信彦助教授と共に小笠原諸島沖の日本海溝に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見する。異変を確信した田所はデータを集め続け、一つの結論に 達する。それは「日本列島は最悪の場合2年以内に、地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈没する」というものだった。最初は半信半疑だった政府も、紆余曲折の末、日本人を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動する。しかし、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度 で進行していた。各地で巨大地震が相次ぎ、休火山までが活動を始める。精鋭スタッフたちが死に物狂いでD計画を遂行し、日本人を続々と海外避難させる。一方、あえて国内に留まり日本列島と運命を共にする道を選択する者もいた。四国を皮切りに次々と列島は海中に没し、最後に北関東が水没して日本列島は完全に消滅する。

日本沈没日本沈没

題名:日本沈没
監督:森谷司郎
特撮監督:中野昭慶
製作:田中友幸、田中収
原作:小松左京
脚本:橋本忍
撮影:村井博、木村大作
照明:佐藤幸次郎
録音:伴利也
美術:村木与四郎
衣裳:百沢征一郎
操演:松本光司
編集:池田美千子
音楽:佐藤勝
現像:東洋現像所 光学撮影:宮西武史 合成:三瓶一信
製作担当:森知貴秀
助監督:橋本幸治
特技製作担当:篠田啓助
特技撮影:富岡素敬
特技照明:森本正邦
特技美術:井上泰幸
特技助監督:田淵吉男
特技スチール:田中一清
スチール:石月美徳
出演:藤岡弘、いしだあゆみ、小林桂樹、滝田裕介、二谷英明、中丸忠雄、村井国夫、夏八木勲、丹波哲郎、角ゆり子
1973年日本・東宝/シネスコイズ・カラー135分35mmフィルム
日本沈没 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

日本沈没日本沈没

当時、撮影部に入門したかった私は、半年ほど映画・TVのエキストラのアルバイトをしていた。
映画専門校などない時代に撮影現場で勉強出来る機会が欲しかったのだ。
その中の一作であり、最も思い出深い作品が本作「日本沈没」だった。

東宝撮影所の大部屋で待機していた私は、数人の人々と一緒に製作進行さんに第8ステージに呼び出された。撮影するシーンは東京のビル街で地震が発生し逃げ惑う群衆という設定だった。その中で「割れたガラスの破片が目に刺さり、のた打ち回る人」というインサートを撮ろうとした時、森谷司郎監督が私を指名して下さった。役者志望のエキスト ラさんが多い中、戸惑ったが、言われるまま監督の指示に従った。特殊効果の方が、血糊ポンプのチューブを私に装着して準備が整った。

キャメラはカメフレックスCM3、撮影は村井博氏。ダンディな森谷監督の「よーいスタート」の掛け声がかかる。初めての経験で無我夢中だった。
助監督のキッカケで血糊が噴射され、私はのた打ち回る。
「カット!」と声が掛かるまでアッっと言う間だった。結果はNGだった。

緊張と落胆が解けないまま私は、森谷監督に更なる指示を受けてから、東宝撮影所の風呂に入り血糊を落とした。再びセットに戻り同じシーンを撮影するが、またしてもNG!を出す。
演技の才能がない私は、落ち込む事もなく風呂に入り直した時に他のエキストラさんに言われた。
「役を貰って凄いね!」当時の私はその意味が分からなかった。

3度目の撮影は橋本幸治氏がメガホンを取り、今や大巨匠の木村大作氏が撮影を担当して下さった。
シロートの私に細かいキッカケを指示して下さったのは、木村大作氏だった。

カメフレックスCM3の騒々しい駆動音が鳴り「スタート!」ガラスが目に刺さり、ポンプで押し出された血糊が飛び散る!
のた打ち回る自分。結果はOKだった。

その後、数年を経て撮影部に入り、セカンド、チーフ助手として何度もこの東宝撮影所第8ステージに足を運んだ。たった数秒のシーンで東宝撮影所の風呂に三度も入った18歳冬の思い出は、今も忘れない。

余談になるがカメフレックス35CM3というキャメラは、最もフィルム装填が難しいマガジンを採用している。海外では暗室で装填するのだが、日本で はチェンジバックという袋で手探りで装填するのが主流だ。パーフォレーションが一目ズレても正しく駆動しないループを、正確に保ってフィルムを装填するのは、熟練が必要だった。

カメフレックス35CM3
カメフレックス35CM3 ※本作とは関係はありません。

 

1 2