映画「キネマの天地」


有森也実                        中井貴一

今回は山田洋次監督1986年製作「キネマの天地」をピックアップする。
本作は、1982年に深作欣二監督が角川映画(松竹配給)で「蒲田行進曲」を東映京都撮影所で撮り、大ヒットし(興行収入17億6,300万円)、それに奮起した松竹のスタッフが、松竹大船撮影所50周年記念作品として作られた経緯がある。

松竹が撮影所を大船に移転する直前の1934年頃の松竹蒲田撮影所(城戸四郎所長)を舞台に、若き日の斎藤寅次郎、島津保次郎、小津安二郎、清水宏ら気鋭の監督たちが腕を競い、田中絹代(本作のモデル)がスターへの階段を上りかけた映画黄金期(サイレントからトーキー)時代を背景にしている。

今とは違い、映画会社がキャスト(俳優部)、スタッフ(演出部、脚本部、撮影部、照明部、録音部、美術部、編集部など)を抱え、一丸となって映画創りに勤しんでいた時代である。

本作に出てくるサイレント映画キャメラのクランクによる手動スプリング駆動は、実機を用いて撮られているが、同時録音シーンのNCミッチェルのプリンプは、ハリボテではないかと思う。

サイレント映画キャメラのクランクによる手動スプリング駆動は、ジャイロが付いているとはいえ、3コマ落ちると1ステップ、8コマ落ちると1ストップの露光オーバーになる。手動で定速コマ数を維持するのは職人技である。ちなみにトーキーは今日でも24コマ/秒であるが、サイレントは16コマ/秒であった。

蒲田撮影所時代を経験し小津安二郎監督作品の撮影技師である厚田雄春氏は、「蒲田行進曲」「キネマの天地」のどちらも蒲田撮影所の当時の雰囲気が出ておらず、それは無理もないとしながらも、やっぱり物足りないと評している。

私はCF作品で有森也実さんを撮影した事がある。その現場の印象は、大作の主演女優を果たした側面は一切見せず、真摯にテーマである商品を引き立てる芝居に懸命だったと記憶する。
中井貴一さんは、私が撮影チーフ助手最後の作品でフランスロケに行った時にご一緒させて戴いた事があるが、気さくな方であった。

※「蒲田行進曲」は時代劇全盛の東映京都撮影所が舞台。
※大船撮影所については「太陽の墓場」で記述してます。
※本作でサイレント映画のキャメラはミッチェルスタンダード、シンクレア等が使われている。

松竹蒲田撮影所 1920年6月~1936年1月15日 閉鎖
日本映画黎明期をリードする撮影所として一時代を築いた。小津安二郎や成瀬巳喜男、田中絹代、高峰秀子等の映画人を輩出し、国産初の本格的トーキー映画を生み出したのも同撮影所である。

松竹大船撮影所 1936年1月15日~2000年6月30日 閉鎖
それまで松竹は東京市蒲田区(現・東京都大田区)の蒲田撮影所で撮影をしていたが、町工場の多い蒲田では騒音がトーキーの撮影に差し障るという理由から神奈川県鎌倉市大船に移転した。


渥美清、前田吟、倍賞千恵子                油井昌由樹、すまけい、中井貴一

【ストリー】
浅草の活動小屋で売り子をしていた田中小春(有森也実)が、松竹キネマの小倉監督(すまけい)に見出され、蒲田撮影所の大部屋に入ったのは昭和8年の春だった。小春は大震災で母親を失い、若い頃旅回り一座の人気者だったという病弱の父・喜八(渥美清)と長屋でのふたり暮らしだ。蒲田撮影所での体験は何もかもが新鮮だった。ある日、守衛(桜井センリ)に案内されて小倉組の撮影見学をしていた小春はエキストラとして映画出演することになった。だが素人の小春にうまく演じられる訳がなく、小倉に怒鳴られた小春は泣き泣き家に帰り、女優になることをあきらめた。長屋に戻って近所の奥さんにことのいきさつを話している小春を、小倉組の助監督島田健二郎(中井貴一)が迎えにきた。「女優になりたがる娘はいっぱいいるけど、女優にしたい娘はそんなにいるもんじゃない」。健二郎の言葉で、小春は再び女優への道を歩み始めた。やがて健二郎と小春はひと眼を盗んでデートする間柄になった。小春は幸福だった。しかし時がたつにつれ、映画のことにしか興味をしめさない健二郎に少しずつ物足りなさを覚えるようになった。小春の長屋の住人たちは不況下の失業にあえいでいた。そんな中で、唯一の希望はスクリーンに登場する小春だった。夏もすぎ秋になって、小春はプレイボーイとして有名な二枚目スター、井川時彦(田中健)と親しくつき合うようになった。師走に入って、健二郎は、労働運動で警察から追われている大学時代の先輩(平田満)をかくまったとして、留置所に入れられてしまう。その留置所生活で得たのは、かつてなかった映画作りに対する情熱だった。年が明けて、小春が大作の主演に大抜擢された。主演のトップスター川島澄江(松坂慶子)が愛の失踪事件を起こしたため、その代打に起用されたのだ。しかしその大作「浮草」で演技の壁にぶつかって、小春は苦悩した。その小春を、喜八はかつて旅回り一座の看板女優だった母と一座の二枚目俳優のロマンスを語り励ました。実は小春の本当の父親はその二枚目であることも--。「浮草」は成功した。人があふれる浅草の映画館でゆきと「浮草」を見に行った喜八は、映画を見ながら静かに息をひきとった。


松本幸四郎                         田中健

題名:キネマの天地
監督:山田洋次
製作総指揮:奥山融
製作:野村芳太郎、杉崎重美、升本喜年、島津清
脚本:井上ひさし、山田太一、朝間義隆、山田洋次
撮影:高羽哲夫
照明:青木好文
録音:鈴木功
調音:松本隆司
美術:出川三男
装置:小島勝男
装飾:町田武
美粧:宮沢兼子、吉野桂子
床山:八木かつら
衣裳:松竹衣装
編集:石井巌
音楽:山本直純
現像:イマジカ
撮影機材:パナビジョン
製作主任:新井重美
製作進行:副田稔、玉生久宗
助監督:五十嵐敬司
プロダクション・コーディネーター:内藤誠、田中康義
風俗考証:林美一、結城一朗
スチール:赤井博且
出演:中井貴一、有森也実、渥美清、松坂慶子、倍賞千恵子、美保純、笠智衆、桃井かおり、田中健、すまけい、岸部一徳、堺正章、柄本明、油井昌由樹、山本晋也、なべおさみ、大和田伸也、広岡瞬、レオナルド熊、石倉三郎、山城新伍、木の実ナナ、下條正巳、三崎千恵子、平田満、財津一郎、ハナ肇、桜井センリ、佐藤蛾次郎、人見明、関敬六、前田吟、吉岡秀隆、笹野高史、藤山寛美、松本幸四郎(9代目)
1986年日本・松竹/ビスタサイズ・カラー135分35mmフィルム
キネマの天地 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


笹野高史、渥美清                     有森也実

映画「男はつらいよ・寅次郎の縁談」


松坂慶子、渥美清                城山美佳子、吉岡秀隆

今回は山田洋次監督1993年製作「男はつらいよ・寅次郎の縁談」をピックアップする。
第46作となる本作のロケ地は、香川県仲多度郡琴平町、三豊市志々島(塩飽諸島)、仲多度郡多度津町高見島(塩飽諸島)、栃木県那須郡烏山町(現那須烏山市)などで行われ、封切り時の観客動員は216万2,000人、配給収入は15億7,000万円だったそうだ。当時のロードショー入場料金は1,800円、併映は「釣りバカ日誌6(監督:栗山富夫 出演:西田敏行、石田えり、三國連太郎、久野綾希子、谷啓)」であった。マドンナ役の松坂慶子さんは「浪花の恋の寅次郎(第27作/1981年)」編にも出演している。(別キャラクター)


松坂慶子、島田正吾               渥美清、松坂慶子

笹野高史、桜井センリ

【ストリー】
来年大学を卒業し、就職しなければならない満男(吉岡秀隆)は、不況の追い風を受けて採用試験に苦戦していた。さくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)は苛立つ満男をハラハラしながら見守るだけ。そのうち、自分自身にも嫌気がさした満男は旅に出てしまうのだった。ひさしぶりに葛飾に帰った寅(渥美清)は、事情を聞いて満男を連れ戻すことを安請け合い。さっそく、瀬戸内海の小島・琴島へ出掛けた。満男を見つけ出し、説教してみたものの、当の本人は看護婦の亜矢(城山美佳子)に恋してしまい、帰る気がないらしい。寅はその晩、とりあえず、満男の居候先に泊まった。そこに年老いた当主(島田正吾)とその娘、洋子(松坂慶子)がいた。洋子は絶世の美女で、神戸では料理屋もやっていたという。しかし、不況のために借金を作ってしまい、それを返すために働き過ぎて体を壊し、この島に帰って来たのだった。疲れ切った様子の洋子を、寅は一生懸命勇気づける。洋子は寅の優しさに次第に惹かれていった。ある日、洋子は満男に寅への気持ちを伝えた。満男自身もまた亜矢から告白され、尻ごみしてしまう。そして明け方、寅は洋子に置き手紙を残し、満男も就職するために東京へ帰るのだった。


下條正巳、倍賞千恵子、前田吟、太宰久雄 渥美清、前田吟、三崎千恵子、倍賞千恵子、下條正巳

題名:男はつらいよ・寅次郎の縁談
監督:山田洋次
企画:小林俊一
製作総指揮:櫻井洋三
製作丸山富之、島津清
原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
撮影監督:高羽哲夫
撮影:池谷秀行
照明:野田正博
録音:鈴木功
調音:松本隆司
美術:出川三男、横山豊
編集:石井巌
音楽:山本直純 主題歌・唄:渥美清
撮影機材:パナビジョン
フィルム:富士フィルム
現像:東京現像所
製作主任:峰順一
製作進行:副田稔
助監督:阿部勉
撮影助手:近森真史
スチール:金田正
出演:渥美清、松坂慶子、城山美佳子、光本幸子、倍賞千恵子、前田吟、三崎千恵子、太宰久雄、佐藤蛾次郎、下條正巳、吉岡秀隆、島田正吾、関敬六、すまけい、笹野高史、桜井センリ、松金よね子、人見明、西田敏行(友情出演)
1993年日本・松竹/シネスコサイズ・カラー110分35mmフィルム
公式サイト
男はつらいよ・寅次郎の縁談 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


光本幸子                      西田敏行(友情出演)

第1作でマドンナ役を務めた光本幸子さんが、御前様の娘役という同じキャラクターで配され「釣りバカ日誌」の”ハマちゃん”役の西田敏行さんが、役柄そのままに”くるまや”の前の通りを横切る当時の松竹2大人気シリーズ間のサービスカットがある。(上画像右)


城山美佳子                    吉岡秀隆、渥美清

映画「男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日」


渥美清                     三田佳子(マドンナ役)

今回は山田洋次監督1988年製作「男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日」をピックアップする。
第40作となる本作のロケ地は、長野県小諸市、松本市、長崎県島原市などで行われ、封切り時の観客動員は182万2,000人、配給収入は12億5,000万円だったそうだ。当時のロードショー入場料金は1,500円、併映は「釣りバカ日誌(監督:栗山富夫 出演:西田敏行、石田えり、三國連太郎、谷啓、アパッチけん)」であった。本作より屋号が「くるま菓子舗」と改められた。


鈴木光枝、三田佳子                   吉岡秀隆、渥美清、前田吟、三崎千恵子、倍賞千恵子

【ストリー】
初秋の信州、寅(渥美清)は中込キクエ(鈴木光枝)という老婆の家で一晩世話になった。翌朝、原田真知子(三田佳子)という美しい女医が迎えにきた。老婆は体が悪く、寅の説得もあって入院することになった。寅は真知子の家で彼女の姪・由紀(三田寛子)と共に夕食をご馳走になった。由紀は早稲田の学生で短歌を趣味にしていた。寅は真知子に一目惚れ、真知子も寅に好意をもったが、夕食が終わると帰って行った。東京に戻った寅は真知子を忘れられずに早大へ由紀を訪ねた。教室に紛れ込んだ寅は由紀と再会するが、たまたま真知子も東京に遊びに来ているという。数日後、真知子は由紀を連れて「とらや」を訪ねてきた。さくら(倍賞千恵子)やおばちゃん(三崎千恵子)が暖かく迎えてくれ、寅も真知子も楽しい一日を過ごした。しばらくして由紀から連絡が入った。信州のお婆ちゃんが危篤だという。寅はすぐ車で信州に向かった。残念ながら寅は臨終には間に合わなかった。病院をやめたいという真知子を励まし、寅は由紀にそっと別れを告げたのだった。


倍賞千恵子、下條正巳、吉岡秀隆、渥美清、前田吟            三田寛子、渥美清

題名:男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日
監督:山田洋次
企画:小林俊一
製作:島津清
原作:山田洋次、俵万智
脚本:山田洋次、朝間義隆
撮影:高羽哲夫
照明:青木好文
録音:鈴木功
調音:松本隆司
美術:出川三男
編集:石井巌
音楽:山本直純 主題歌・唄:渥美清
撮影機材:パナビジョン
フィルム:富士フィルム
現像:東京現像所
製作主任:峰順一
製作進行:副田稔
助監督:五十嵐敬司
スチール:長谷川宗平
出演:渥美清、三田佳子、倍賞千恵子、前田吟、三崎千恵子、太宰久雄、笠智衆、佐藤蛾次郎、下條正巳、吉岡秀隆、尾美としのり、三田寛子、鈴木光枝、三国一朗、奈良岡朋子、笹野高史、関敬六
1988年日本・松竹/シネスコサイズ・カラー100分35mmフィルム
公式サイト
男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


奈良岡朋子、三田佳子                三田佳子、渥美清

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