映画「ナチュラル・ボーン・キラーズ」


ナチュラル・ボーン・キラーズ(NATURALBORNKILLERS)

ウディ・ハレルソン                ジュリエット・ルイス 

今回はオリバー・ストーン監督1994年製作「ナチュラル・ボーン・キラーズ(NATURAL BORN KILLERS)」をピックアップする。本作はクエンティン・タランティーノ監督の原作を映画化したものだが、カラーからモノクロ、16mmからのブローアップ、ペーカムSD-VTRからのキネコなどを35mmインターネガに起こし、殺人を繰り返すカップルの心情を表現しているが、ベースは35mmパナビジョンキャメラであり、フィルムはイーストマンコダックだ。この実験的映像は、今見ると斬新さは希薄だと感じたが、さぞかしクエンティン・タランティーノ監督が撮りたかったのだろうなと勝手に想像してしまう。


ナチュラル・ボーン・キラーズ(NATURALBORNKILLERS)

トミー・リー・ジョーンズ           ロバート・ダウニー・ジュニア

【ストリー】
片田舎の名もない町のハイウェイ沿いのレストラン。客もまばらな店に、ミッキー(ウディ・ハレルソン)とマロリー(ジュリエット・ルイス)の2人が立ち寄る。ジュークボックスに合わせて踊るマロリーを卑猥な仕種ではやし立てる地元の中年男たち。突如マロリーは彼らに襲いかかり、強烈なパンチを食わせ、ミッキーの銃が火を吹く。楽しむようにいあわせた者を惨殺した2人は、レジの金を掴むとただ1人だけ生かしておいた女に「ミッキーとマロリーがやったと言え」と告げる。マロリーは幼い頃から父親(ロドニー・デンジャーフィールド)に性的虐待を受け、母親(エディ・マクラーグ)は黙って見ているだけだった。ある日、マロリーは肉屋の配達人だったミッキーと出会う。互いにひと目惚れした2人は父親の車を盗んで旅立つがあえなく捕まり、ミッキーは刑務所へ。強制労働の最中に竜巻に乗じて脱走したミッキーはマロリーの家へ向かい、2人で父親の頭を金魚鉢に沈め、母親をベッドに縛って火を放つ。やっと自由を手にした2人はルート666をひた走る。傷つけた手の平を合わせて血を分かち合い、永遠の愛を誓った。道を教えてくれた警官を射殺したり、町で拾った女の子をモーテルの部屋に監禁してその前で行為に耽る2人は、いつしかマスコミによって英雄に崇められる。52人を殺した彼らに憧れる若者は後を絶たなかった。そんな彼らを、有名犯罪者を捕らえて名声を手に入れ、ベストセラーを書きたいと考える暴力刑事ジャック・スキャグネッティ(トム・サイズモア)と、2人をスターに仕立てて独占インタビューを行い、視聴率を上げようと画策するTV番組キャスターのウェイン・ゲール(ロバート・ダウニー・ジュニア)が追っていた。道に迷ったミッキーとマロリーはインディアンの呪術師の老人の小屋に泊めてもらうが、悪夢にうなされたミッキーは誤って老人を撃ち殺す。初めて後悔した2人は逃げる時にガラガラ蛇に噛まれ、町のドラッグストアに駆け込むが、スキャグネッティら警察に包囲され、ついに逮捕される。2人が別々の独房に入れられた刑務所は、嗜虐的な所長ドワイト・マクラスキ-(トミー・リー・ジョーンズ)によって日夜、囚人たちへの虐待が行われていた。2人の逮捕から1年後、所長と本人の許可によりゲイルによるミッキーのインタビューが監獄内からの独占生中継で行われることになった。「殺人こそが純粋な行為だ」とうそぶくミッキーは、メディアへの痛烈な批判を語る。一方、所内にいあわせたスキャグネッティはマロリーの独房を訪れ、彼女に性行為を強要する。TV中継は所内の娯楽室でも流れており、見ていた囚人たちの興奮が高まった末に暴動へと発展。ミッキーは隙を見て警備員の銃を奪うと、マロリーの元へ急ぎ、スキチャグネッティを殺す。再会した2人は、愛を確かめ合った。暴動で所内は大混乱となり、ミッキーとマロリーは殺戮を開始する。人質のはずのゲールもこれに加わった。脱出した2人は惨めに命乞いするゲールを殺し、いずこともなく消えた。

題名:NATURAL BORN KILLERS
邦題:ナチュラル・ボーン・キラーズ
監督:オリバー・ストーン
製作総指揮:アーノン・ミルチャン、トム・マウント
製作:ジェーン・ハムシャー、ドン・マーフィー、クレイトン・タウンゼント
共同製作:ランド・ヴォスラー
原作:クエンティン・タランティーノ
脚本:デイヴィッド・ヴェローズ、リチャード・ルトウスキー、オリヴァー・ストーン
撮影:ロバート・リチャードソン
録音:ロン・ベンダー、トム・フライシュマン、ゲイリー・A・ヘッカー、ワイリー・ステイトマン、マイケル・ミンクラー
美術:ヴィクター・ケンプスター
衣装:リチャード・ホーナング
特殊メイク:マシュー・W・マングル、ゴードン・J・スミス
配役:リサ・ブラモン・ガルシア
編集:ハンク・コーウィン、ブライアン・バーダン
音楽:トレント・レズナー
助監督:ハーブ・ゲインズ
撮影機材:パナビジョン
現像:テクニカラー
出演:ウディ・ハレルソン、ジュリエット・ルイス、ロバート・ダウニー・Jr、トミー・リー・ジョーンズ、トム・サイズモア、ロドニー・デンジャーフィールド、エディ・マクラーグ
1994年アメリカ/ビスタサイズ・パートカラー119分35mmフィルム
ナチュラル・ボーン・キラーズ -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


ナチュラル・ボーン・キラーズ(NATURALBORNKILLERS)

ナチュラル・ボーン・キラーズ(NATURALBORNKILLERS)

映画「7月4日に生まれて」

7月4日に生まれて7月4日に生まれて
トム・クルーズ

今回はオリバー・ストーン監督1989年製作「7月4日に生まれて(BORN ON THE FOURTH OF JULY)」をピックアップした。
本作はロン・コーヴィックの同名の自伝的小説を映画化した作品で$161万の予算で作られた。ベトナム戦争を描いた作品は多数あるが本作は戦闘場面は少ない。一人の愛国青年が反共のもと国家に騙されるという事実をニュース映像を巧みに織り交ぜながら歴史の真実を迫ったと言える内容だ。オリバー・ストーン監督は実に丁寧に7月4日(独立記念日)に生まれた青年を通して語りかけている。

7月4日に生まれて7月4日に生まれて

【ストリー】
1946年7月4日、アメリカの独立記念日に生をうけたロン・コーヴィックは、ロングアイランド州マサピークアでその少年時代を送っていた。ケネディ大統 領の、自由の存続と繁栄についての演説の中、7歳のロン(ブライアン・ラーキン)は、野球に夢中になる一方、戦争ごっこにその愛国心を芽生えさせていた。 すっかりスポーツマンに成長した高校時代のロン(トム・クルーズ)は、ある日学校にやってきた海兵隊の特務曹長(トム・ベレンジャー)の言葉に感銘をう け、プロムの夜、憧れていたドナ(キーラ・セジウィック)とのダンスの思い出を胸に、64年9月、子供の頃からの夢であった海兵隊に入隊した。そして13 週間の訓練を経て、ロンはヴェトナムの戦場に身を投じるのだった。1967年10月、軍曹になったロンは、激しい銃撃戦の後、部下を率いて偵察に出かけ、誤まってヴェトナムの農民を惨殺してしまったことを発見し、ショッ クをうける。そしてこの混乱に乗じて襲いかかかってきたヴェトコンの姿にパニック状態に陥ったロンは、部下のウィルソン伍長(マイクル・コンポターロ)を 射殺してしまう。罪の意識にさいなまされるロンに、上官は口外を禁じるのだった。そして1968年1月、激しい攻防のさ中、ロンはヴェトコンの銃弾の前に倒れ、下半身不随の重傷を負ってしまう。ブロンクス海兵病院に運び込まれたロンは、怪我をしても人間らしい扱いをしてもらえないここでの苛酷な現実に、ただ絶望感を募らせるだけだった。1969年、故郷のマサピークアに戻って来たロンは家族に温かく迎えられるが、ヴェトナム戦争を批判し、反戦デモを繰り広げている世間の様相に大きな ショックをうけるのだった。この年の独立記念日に、在郷軍人会主催の集会の壇上に立ったロンは、戦場のトラウマが蘇りスピーチを続けることができなかっ た。シュラキース大学にロンはドナを訪ねるが、彼女も反戦運動に加わっていた。世間の冷たい風当たりに、ロンは次第に酒に溺れ、両親(レイモンド・J・バ リー)(キャロライン・カヴァ)の前でも乱れ続けるのだった。苦しみから逃れるように、1970年にメキシコに渡ったロンは酒と女で孤独を紛らわせる。し かしここで知りあったチャーリー(ウィレム・デフォー)の厳しい言葉に目が覚めたロンは、自堕落な生活と訣別し、ウィルソンの両親を訪ね罪を詫びるが、 返ってきたのは優しい慰めの言葉だった。1972年、苦しみの中で人生の意味を誰よりも強く知ったロンは、反戦運動の先頭に立ち、マイアミのニクソンを支 持する共和党大会に乗り込み、戦争の悲惨さを訴えた。そして1976年、自らの戦争体験を綴った『7月4日に生まれて』という本を出版し、大反響を呼び、その年の民主党大会で彼は演説をするため、その壇上に立つのだった。

7月4日に生まれて7月4日に生まれて

題名:BORN ON THE FOURTH OF JULY
邦題:7月4日に生まれて
監督:オリバー・ストーン
製作:A・キットマン・ホー、オリバー・ストーン
原作:ロン・コビック
脚本:ロン・コビック、オリバー・ストーン
撮影:ロバート・リチャードソン
美術:ブルーノ・ルベオ
編集:デイヴィッド・ブレナー
音楽:ジョン・ウィリアムス
撮影機材:パナビジョン
現像:テクニカラー
出演:トム・クルーズ、ブライアン・ラーキン、レイモンド・J・バリー、キャロライン・カヴァ、キーラ・セジウィック、フランク・ホェーリー、ウィレム・デフォー、トム・ベレンジャー、ジョシュ・エバンス、スティーヴン・ボールドウィン
1989年 アカデミー賞【監督賞】オリヴァー・ストーン【編集賞】David Brenner 1989年 ゴールデン・グローブ【作品賞(ドラマ)】【男優賞(ドラマ)】 トム・クルーズ【監督賞】オリヴァー・ストーン【脚本賞】オリヴァー・ストーン【脚本賞】ロン・コヴィック
1989年アメリカ/シネスコサイズ・カラー144分35mmフィルム
7月4日に生まれて [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

7月4日に生まれて7月4日に生まれて

映画「コマンダンテ」

COMANDANTECOMANDANTE
フィデル・カストロ

今回はオリバー・ストーン監督2003年製作のドキュメンタリービデオ映画「コマンダンテ(COMANDANTE)」をピックアップした。本作は反カストロを唱える在米キューバ人が上映反対の圧力をかけた為にアメリカで公開されていない
チェ・ゲバラと共にキューバ革命を成功させ、アメリカのすぐ足下で社会主義国家を築いてしまった生ける伝説的政治家フィデル・カストロをオリヴァー・ス トーン監督が2002年に3日間にわたるインタビューを敢行し歴史的なエピソードの裏側に迫ると共に、その素顔を明らかにしていくドキュメンタリーだ。療養中のカストロが、病に倒れる前に撮影された貴重なドキュメンタリーでもある。

【追記・訃報】
1959年にキューバ革命を成し遂げ、反米勢力の精神的支柱として国内外に強い影響力を与えたフィデル・カストロ前国家評議会議長が2016年11月25日、死去した。90歳だった。死因は明らかにされていない。実弟のラウル・カストロ議長が国営テレビを通じて「キューバ革命の最高司令官が今夜(25日夜)午後10時29分、死去した」と発表した。遺体はフィデル氏の生前の意向で火葬され、9日間の服喪期間を経て12月4日に埋葬される。
(時事通信)

COMANDANTECOMANDANTE
フィデル・カストロ、オリバー・ストーン

【解説】
ハリウッド屈指の「社会派監督」オリバー・ストーンが、伝説のキューバ最高指導者フィデル・カストロに監督自身が3日間にわたるインタビューを行い30時 間以上の撮影を決行。フィデル・カストロは、1926年8月13日、キューバのオリエンテ州にて、スペイン移民で裕福な農場主の父の下に生まれ、少年時代 の多くを私立高校コレヒオ・ベレンなどイエズス会の寄宿学校で過す。ハバナ大学法学部に入学し政治活動に参加、革命反乱者同盟(UIR)に加入する。 1950年から1952年の間には弁護士として貧困者のために活動。その後、武装勢力を組織しチェ・ゲバラやラウル・カストロなどと、当時アメリカの事実 上言いなりであったフルヘンシオ・バティスタ政権打倒のためゲリラ戦を開始し、多くの民衆の支持を獲得したカストロはキューバ革命を成功に導き、キューバ の首相に就任する。1962年13日間続いた米ソ間の冷戦による核戦争の危機を招いた国際緊張、所謂キューバ危機を経て、1976年以降はキューバ共和国 国家評議会議長兼閣僚会議議長となり国を指揮していた。穏やかだが、時には批判的な問いを投げかけるオリバー・ストーンと、カメラと大衆の前でいかにして 振舞うべきかを知り尽くしたフィデル・カストロ。密着取材は2人の間に確実な親近感を醸し出した。お茶目な面を見せつつも、ある時は真摯に質問に答え、ま たある時は本題をうまくかわすカストロ。他では語られることのなかった同志チェ・ゲバラとの悲しい別離や、一触即発の緊張が全世界に拡がったキューバ危機 の真相、そして謎に包まれていた私生活まで、20世紀最期の革命家の明晰な考えや隠された真実を引き出す。
(参照:ウィキペディア)

COMANDANTECOMANDANTE
オリバー・ストーン         フィデル・カストロ、オリバー・ストーン

題名:COMANDANTE
邦題:コマンダンテ
監督:オリバー・ストーン
製作:フェルナンド・サリシン
撮影:ロドリゴ・プリエト、カルロス・マルコヴィッチ
編集:アレックス・マルケス、エリサ・ボノーラ
音楽:アルベルト・イグレシアス、ポール・ケリー
出演:フィデル・カストロ、オリバー・ストーン
2003年アメリカ・スペイン/ビデオ・カラー100分HDビデオ
コマンダンテ COMANDANTE [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

COMANDANTECOMANDANTE
チェ・ゲバラ             フィデル・カストロ、フルッショフ

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