映画「疑惑の影」


ジョゼフ・コットン                                                      テレサ・ライト

今回はアルフレッド・ヒッチコック監督1942年製作「疑惑の影(SHADOW OF A DOUBT)」をピックアップする。
本作は、戦後始めて日本で公開されたヒッチコック作品である。主演したのは「市民ケーン」「第三の男」という映画史に残る名作に出演したしたジョゼフ・コットンである。1966年に名匠セルジオ・コルブッチ監督のマカロニ・ウエスタン「黄金の棺」でも主演している。

【ストリー】
加州サンタ・ローザの町に住むニュートン一家は平和な生活を続けていたが長女のチャーリー(テレサ・ライト)は家庭を生々としたものにしたいと思いそのためには母の弟のチャーリー叔父(ジョゼフ・コットン)に来てもらいたいと思っていた。当のチャーリー叔父はある犯罪のため身に迫る危険を知って加州へ高飛びして偶然にもニュートン一家に仮寓することになった。一家は悦んで彼を歓待した。ある日、ジャック・グラハム(マクドナルド・ケイリー)とサンダース(ウォーレス・フォード)という二人の男がニュートン家を訪れて来た。彼等は政府の調査員として米国の中流家庭の調査に来たとのふれこみだったがチャーリー叔父は彼等が探偵であることを見破り二人を避けていた。ところがうっかりしたところを写真に撮られたので怒ってフィルムを奪ったが、そのただならぬ様子に傍らにいたチャーリーは怪しんだ。その夜チャーリーはジャックから、彼等が叔父をある殺人事件の容疑者としてその確証を握りに東部の警察から派遣されて来たのだといわれ、協力を求められたが、叔父を信用しているチャーリーは、彼の申し出を固く断った。だが叔父が破り棄てた新聞の記事にも疑いを持った彼女は、早速図書館へ行き新聞の綴込みを調べると、金持ちの未亡人を次々に殺害して金を奪った犯人が西部へ逃亡した形跡があり、目下厳探中であると書かれてあった。そして最後の被害者の名前が、叔父から土産にもらった指輪の裏に刻まれている頭文と符合しているので、もはや叔父の犯罪を認めないではいられなかった。チャーリーは家族の名誉を守るために、叔父が捕縛される前に家から出そうと決心した。叔父に対して自分が総てを知っていると匂わせたり、証拠となるべき指輪を示して退去を迫ったが、叔父は平気な顔で滞在を続けるのであった。そして逆に自分の身の安全を計るために、事実を知っているチャーリーを殺そうとして、排気ガズを充満させたガレーヂに彼女を閉じこめたが幸いにも彼女は救われることが出来た。やがて叔父は自ら出発すると言い出した。彼は町で知り合った金持ちの未亡人と密かに他所へ行く予定だったのだ。出発の日叔父を見送りに列車内に入ったチャーリーの手を叔父はしっかり握り、列車が動き出しても話さず、彼女を車から突落して殺そうと計った。しかし列車に轢かれたのはチャーリー叔父だった。サンタ・ローザの教会で、彼の葬式が行なわれた時、チャーリーとジャックは二人だけが知っている事実を胸に秘めて参列していた。


題名:SHADOW OF A DOUBT
邦題:疑惑の影
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:ジャック・H・スカーボール
原作:ゴードン・マクドネル
脚本:ソーントン・ワイルダー、サリー・ベンソン、アルマ・レヴィル
撮影:ジョゼフ・ヴァレンタイン
編集:ミルトン・カルース
音楽監督:チャールズ・プレヴィン 作曲:ディミトリ・ティオムキン
出演:テレサ・ライト、ジョゼフ・コットン、マクドナルド・ケイリー、ヘンリー・トラヴァース、パトリシア・コリンジ、ヒューム・クローニン、ウォーレス・フォード、エドナ・メイ・ウォナコット
1942年アメリカ/スタンダードサイズ・モノクロ108分35mmフィルム
疑惑の影 -DVD-
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疑惑の影(SHADOW OF A DOUBT)

マカロニウエスタン傑作映画DVDコレクション「黄金の棺」

黄金の棺第三の男
ジョセフ・コットン         「第三の男」のジョセフ・コットン

朝日新聞出版より9月29日発売の「マカロニウエスタン傑作映画DVDコレクション」第13号が届いた。二作品のうち今回はセルジオ・コルブッチ監督1966年製作「黄金の棺」をピックアップする。本作は、オーソン・ウェルズの初監督作「市民ケーン(1941年)で映画デビューを果たし「第三の男(1949年)」「黒い罠(1958年)に出演したジョセフ・コットンが主演したマカロニ・ウエスタンだ。
マカロニ・ウェスタン傑作映画DVDコレクション 2016年 10/9号[分冊百科]

黄金の棺黄金の棺
ノーマ・ベンゲル、ジーノ・ペルニス        アルド・サンブレル

ジョセフ・コットンが出演した「黄金の棺」の姉妹作
「黄金の棺」をプロデュースしたアルバート・バンドは、1958年にウィル・クックが発表した小説「Guns of North Texas」の映画化権を買い取り、本作の他に「荒野の渡り者(1965年)」という映画も製作している。同じ小説が原作であることで、同作の主人公も南北戦争直後の南部の男とその子供たちなのだが、バンドはこちらの”頑固オヤジ”テンプル役にもジョセフ・コットンを指名。テンプルに娘との結婚を反対される恋人チャーリー役に、この翌年「続・荒野の用心棒」のジャンゴ役で大ブレイクを果たすこととなるフランコ・ネロを起用している。「黄金の棺」のメガホンをセルジオ・コルブッチに託したバンドは、この「荒野の渡り者」では監督も担当(マリオ・セクィとの共同監督)。その後も1983年に息子チャールズとともにエンバイア・ピクチャーズを設立し、数々のB級アクションやホラー映画を世に送り出すのであった。
(マカロニウエスタン傑作映画DVDプロダクションノートより)

黄金の棺黄金の棺

主人公が名乗った”ヘルベンダース”とは?
「黄金の棺」で、敗北した南軍の再興をもくろむジョナスは、現金輸送隊の襲撃に成功した直後、日本語字幕では省略されているが、我々”ヘルベンダース(Hellbenders)”のことを忘れている」と語る—–。
「何があっても考えを変えない」という意味の「hell-bent」に由来する「hellbender」とは、「向こう見ずな人」「強情な人」という意味のほか、アメリカ中東部の川に生息する「アメリカオオサンショウウオ(アメリカハンザキ)」を表す言葉でもあるのだ。こうしたことから、南軍再興、新政府樹立という大志を決して諦めないジョナスは、自分たちのことを「ヘルベンダース」と名乗り、デザイン化したヘルベンダーをシンボルマークとして採用。そのバッジをカーボーイハットに付けていたのである。
(マカロニウエスタン傑作DVDプロダクションノートより)

黄金の棺黄金の棺
ノーマ・ベンゲル、ジーノ・ペルニス          ジョセフ・コットン
黄金の棺黄金の棺
※上の画はクリックすると別画面で拡大されます。
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映画「黄金の棺」当ブログ2015年4月29日公開
黄金の棺黄金の棺
ジョセフ・コットン             ノーマ・ベンゲル、ジーノ・ペルニス

今回はセルジオ・コルブッチ監督1966年製作「黄金の棺(THE HELLBENDERS)」をピックアップする。主演は「第三の男」の名優ジョセフ・コットンだ。
共演は「さすらいのガンマン」のアルド・サンブレル「続・荒野の用心棒」のジーノ・ペルニスが脇を支えている。

黄金の棺黄金の棺

【ストリー】
南北戦争直後、一台の馬車が荒野を行く。そこへ北軍の輸送部隊が。馬車を臨検する北軍兵士。馬車には棺がひとつ。ナッシュビルで戦死した南軍兵士のもので、その兵士の未亡人とエスコートのガイドの男が同乗していた。同胞の棺とあって気にも留めずにそのまま進む北軍の輸送部隊。だが川原で4人の男たちに待ち伏せされてダイナマイトとライフルで襲撃されて30人の兵士たちは川の水を血で真っ赤に染めて全滅する。ジョナスは南軍兵士で、北軍の軍資金を奪い故郷へ戻って敗軍である南軍を立て直すのが目的だった。男たちは彼の息子たちで棺に隠した奪った軍資金を運ぶという筋書きだが、道中にいろいろな障害が生まれていく。まずは未亡人に化けたキティがアル中で使い物にならない。北軍のパトロールに怪しまれてばれそうになったり馬車を暴走させて、ついにジョナスの息子のジェフにナイフで惨殺される。女が居なくなったら道中が困るジョナスは代役の女を捜しに町へ入る。そしていかさまカードで騙したクレアをキティの代役に充てる。自警団の尋問やメキシコ山賊の襲撃など苦難の旅がジョナスたちの前に立ちはだかる・・・・。

黄金の棺黄金の棺
アルド・サンブレル

題名:I CRUDELI/THE HELLBENDERS/THE CRUEL ONES
邦題:黄金の棺
監督:セルジオ・コルブッチ
製作:アルバート・バンド
脚本:ルイス・ガーフィンクル、ウーゴ・リベラトーレ
撮影:エンツィオ・バルボーニ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ジョセフ・コットン、ノーマ・ベンゲル、ジーノ・ペルニス、エンジェル・アランダ、マリア・マーティン、ジュリアン・マテオス、ジーノ・ペルニス
1966年イタリア・西ドイツビスタサイズ・イーストマンカラー92分35mmフィルム[日本劇場未公開]
黄金の棺 [DVD]

黄金の棺黄金の棺
黄金の棺(THE HELLBENDERS)

映画「市民ケーン」

市民ケーン市民ケーン
オーソン・ウェルズ

今回はオーソン・ウェルズ監督1941年製作「市民ケーン(CITIZEN KANE)」高評価作品sをピックアップする。
本作は、著作権保護期間が終了したパブリックドメイン(著作権が放棄されたもしくは消滅した映画)になった作品である。当時25歳だったオーソン・ウェルズの処女作であり、自ら製作・脚本・主演を務めた。過去と現在を交錯して描くという斬新な構成や、グレッグ・トーランド氏の撮影によるパンフォーカスの使用、ワンシーン・ワンショット撮影、広角レンズ・ローアングルの多用、極端なクローズアップなど、画期的な表現技術・撮影技術が駆使され、公開当時はその技術が革新的すぎるといわれたものの、映画史上最大の傑作として現在に至るまで非常に高い評価を得ている。

市民ケーン市民ケーン
ジョゼフ・コットン

【ストリー】
荒廃した壮大な邸宅の内で、片手に雪景色の一軒家のあるガラス玉を握り、“バラのつぼみ”という最後の言葉を残し新聞王ケーン(オーソン・ウェルズ)は死んだ。死後のケーンに与えられた賛否の声は数多かったが、ニュース記者トムスンは“バラのつぼみ”の中にケーンの真の人間性を解く鍵があると信じ彼の生涯に関係のある人々に会うことになった。ケーンが幼少の頃、宿泊代のかたにとった金鉱の権利書から母親が思わぬ金持ちになった。そのために彼は財産の管理と教育のため、片田舎の両親の愛の中から無理矢理にニューヨークに押し出された。やがて青年になったケーンはかねてから興味を持っていた新聞経営にのりだした。先ず破産寸前のインクワイアラー紙を買いとり友人の劇評家リーランド(ジョセフ・コットン)とバーンステインの協力を得て完全に立ち直らせた。さらに斬新で強引な経営方針と暴露と煽動の編集方針で遂にニューヨーク一の新聞に育てあげた。読者を楽しませるが決して真実を語らぬ彼の態度を友人は諌めるが、飛ぶ鳥も落とすケーンの勢いには全く通じなかった。世界第6位という財産をバックに報道機関をことごとく掌中にし、彼の権力はもはや絶対的なものになった。一方大統領の姪エミリー(ルース・ウォリック)をしとめるに至り知事から大統領への座は目前のものとなった。しかし圧勝を予想された知事選挙の数日前に、オペラ歌手スーザン(ドロシー・カミンゴア)との情事をライバルに新聞紙上で暴露され形勢を逆転された。それと同時に妻エミリーはケーンのエゴイズムに耐え切れず去っていった。離婚、落選という初めての挫折にケーンは狂ったようにスーザンに全てを集中した。彼女の素質も考えず巨大なオペラ劇場を建て自分の新聞で大々的に宣伝をしたが、それはかえって彼女を重圧から自殺未遂へと追いやってしまい、遂には彼女も去っていった。そして1941年孤独のうちにケーンは死んだ。トムスンの努力にもかかわらず“バラのつぼみ”の意味はわからなかった。彼の死後身辺が整理されおびただしいがらくたが暖炉に投げこまれた。そのなかの1つ幼少の頃に遊んだソリが燃えあがる瞬間、ソリの腹に“バラのつぼみ”の文字が現れた。

市民ケーン市民ケーン

題名:CITIZEN KANE
邦題:市民ケーン
監督:オーソン・ウェルズ
脚本:オーソン・ウェルズ、ハーマン・J・マンキーウィッツ
撮影:グレッグ・トーランド
美術:ペリー・ファーガソン
アート・ディレクター:ヴァン・ボスト・ボルグレイス
衣裳:エドワード・スティーヴンソン
特効:ヴァーノン・L・ウォーカー
編集:ロバート・ワイズ
音楽:バーナード・ハーマン
出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、ルース・ウォリック、ドロシー・カミンゴア、アグネス・ムーアヘッド、レイ・コリンズ、ジョージ・クールリス
1941年アメリカ/スタンダードサイズ・モノクロ119分35mmフィルム
市民ケーン [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

市民ケーン市民ケーン

【解説】
1938年10月30日に、H・G・ウェルズのSF小説「宇宙戦争」を翻案したラジオドラマ「火星人襲来」を手掛けたオーソン・ウェルズは、ドラマの中でフィクションの火星人襲来のニュースを挿入して、全米をパニックにさせて話題になっていた。そのウェルズの才能に目を向けたのが、当時経営難に遭っていたRKOであった。ウェルズは10万ドルの報酬と、製作・脚本・監督・主演俳優の決定権を委ねるという破格の待遇でRKOと契約を結んだ。ウェルズは最初の監督作品としてジョセフ・コンラッド原作の『闇の奥』の映画化に取り掛かるが、全編一人称カメラで撮影するという技術が難しいという理由で製作が中止された。その次に手掛けたのが「市民ケーン」である。この作品はハーマン・J・マンキーウィッツが書いた実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした構想を採用して、マンキーウィッツが脚本を書き、ウェルズとともに改訂を繰り返してシナリオを完成させた。
ウェルズは自らが主宰する劇団・マーキュリー劇団の俳優であるジョゼフ・コットンらを主要キャストに起用。音楽はウェルズのラジオドラマでも音楽を手掛けていたバーナード・ハーマンが、撮影は「嵐が丘(1939年)」でパンフォーカスの技法を実験的に試みていたグレッグ・トーランドが担当し、編集はロバート・ワイズが務めた。ウェルズ本人は監督・脚本だけでなく製作・主演も行った。
物語はウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした新聞王・ケーンが最期に残した言葉「バラのつぼみ(ローズバッド)」の謎を探るために新聞記者がケーンの過去を知る人々を取材していくうちに、ケーンの孤独で波乱な生涯が浮かび上がっていくというものだが、ハーストはこの内容が自分と愛人であるマリオン・デイヴィスを侮辱していると考え、映画の公開を阻止するために様々な妨害を行った。まず、ハースト系の新聞が作品を批判し、やがてウェルズ本人を批判し始め、「彼の舞台やドラマは共産主義的である」などと書きたてるようになった。さらにハーストの報復を恐れたMGMの重役はRKOにネガやフィルムを焼却させることを薦めたという。批評家や劇場も買収し、これによりハーストを恐れて上映を禁止する劇場も続出してしまった。
作品は1941年5月1日に封切られ、当時は批評家から高い評価を受けるも、妨害工作の影響で興業的には大失敗してしまう。
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で年間最優秀作品賞を、第7回ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞を受賞するも、アカデミー賞では作品賞を含む9部門にノミネートされながら、脚本賞のみの受賞となり、授賞式では作品名が読み上げられただけでブーイングが起こる始末であった。
○オーソン・ウェルズ(George Orson Welles)1985年10月10日(満70歳没)
(参照:ウィキペディア)

1976年CM ニッカウヰスキー G&G 第三の男 オーソン・ウェルズ

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