映画「トブルク戦線」

ロック・ハドソン                  ナイジェル・グリーン

今回はアーサー・ヒラー監督1966年製作「トブルク戦線(TOBRUK)」をピックアップする。
撮影はスペインとアメリカで行われたが、当時多くの戦争映画がロケされたスペインでは軍が全面協力し、ドイツ軍戦車役としてアメリカ製M41ウォーカーブルドッグ軽戦車やM48パットン戦車が多数登場する。特に無数のM48パットンがトブルクに集結したシーンは大迫力である。そしてアメリカ国内でも、カリフォルニア州軍第40機甲師団に軍事アドバイザーとして協力を受けながら、アリゾナ州やカリフォルニア州の砂漠で撮影された。
クライマックスのトブルク要塞は、南カリフォルニアの塩水湖サルトン海に作られ、全長16メートル、全幅24メートルの巨大なセットとなり、撮影はカメラを高さ25メートルのクレーンに吊り下げた状態で行われたという。
(ウィキペディア参照)


ガイ・ストックウェル                トブルク戦線(TOBRUK)

【ストリー】
第2次大戦中頃、ロンメル将軍率いる北アフリカのドイツ軍はスエズ運河を目ざして進撃していた。この時イギリス軍のクレイグ少佐(ロック・ハドソン)は砂漠部隊に配属されてアフリカに来たが、ビシー政権派のフランス人に逮捕されアルジェー港から送還される破目になった。だが彼は船が出航する直前、バーグマン大尉(ジョージ・ペパード)が指揮する3人の潜水隊員によって誘拐された。彼らの服装から見るとナチに違いなかったが、実はドイツ生れのパレスチナ系ユダヤ人で組織されている特殊部隊の義勇隊員で連合軍の味方であった。クレイグはイギリス軍基地に来て、救出された理由が分かった。指揮官ハーカー大佐(ナイジェル・グリーン)がトブルクのドイツ軍要塞に潜入して、燃料貯蔵庫を爆破せよ、と彼に命令を下したからだ。ロンメル軍はトブルクから補給を受けながら進撃していたから、そこの要塞を破壊すれば大打撃を受けるのは必至であった。この計画はもともとトブルクの事情に精通しているクレイグ少佐が着想したもので、やっと実行に移されたのである。翌日将校を含む62名のイギリス軍捕虜と21名のドイツ兵に変装した特殊部隊が、ドイツ軍の標識のついたトラックに分乗して出発した。だがクレイグ少佐はトブルクの地形を知っているだけに、この作戦は自殺的だと思っていたし、指揮官ハーカー大佐もユダヤ人の特殊部隊を信頼してはいなかった。行軍は再三危機にさらされたが、何とかトブルク潜入に成功した。だがその夜、何者かがドイツ軍へ密告したという情報が流れて、部隊は最高に緊張した。事実部隊が捕虜にしていたドイツ側のスパイが動き出して殺害されたし、特殊部隊の伍長が殺されたりした。いよいよトブルク要塞攻撃が開始された。海からはイギリス艦隊が応援した。壮絶きわまる戦闘中、裏切者が判明した。それは特殊部隊のモンフェルト中尉(ガイ・ストックウェル)だった。要塞攻撃は成功したが、最初83名のこの小部隊のうち、生き残った者はわずか4名だった。


トブルク戦線(TOBRUK)・トブルク要塞

題名:TOBRUK
邦題:トブルク戦線
監督:アーサー・ヒラー
製作:ジーン・コーマン
脚本:レオ・V・ゴードン
撮影:ラッセル・ハーラン
特撮:バワード・A・アンダーソン
美術:アレクサンダー・ゴリッツエン、ヘンリー・バムスタード
編集:ロバート・C・ジョーンズ
音楽:ブロニスロー・ケイパー
現像:テクニカラー
出演:ロック・ハドソン、ジョージ・ペパード、ナイジェル・グリーン、ガイ・ストックウェル、ジャック・ワトソン、レオ・ゴードン、ノーマン・ロシントン、パーシー・ハーバート、ライアム・レッドモンド
1966年アメリカ/シネスコサイズ(テクにスコープ)・カラー107分35mmフィルム
トブルク戦線 -DVD-
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ロック・ハドソン                     トブルク戦線(TOBRUK)

映画「ティファニーで朝食を」


オードリー・ヘップバーン

オードリー・ヘップバーン          ジョージ・ペパード

今回はブレイク・エドワーズ監督1961年製作「ティファニーで朝食を(BREAKFAST AT TIFFANY’S)」をピックアップする。本作は「ティファニーで朝食を食べる身分」という例えで、ニューヨーク5番街にあるティファニーは宝石店であり、実際にはレストランはない。また原作とは異なり、主人公と語り手の作家との恋を中心に描いている。
ヘンリー・マンシーニの名曲”Moon River”を主題歌にした本作は、ニューヨークを舞台にした都会劇であり、当時の洗練された感覚で作られている。
主人公(ホリー・ゴライトリー=オードリー・ヘップバーン)が暮らしていたアパートは、New York 169 East 71st Street にある一般の住宅で、私もMPVの撮影で行った事がある。


アッパーイーストのアパート        ティファニー前のジョージ・ペパード

“Moon River” by Audrey Hepburn

ジョージ・ペパード、オードリー・ヘップバーン   パトリシア・ニール

【オードリー・ヘップバーンについて】
イギリス人(1929年生)でハリウッド黄金時代に活躍した美人女優だが、1953年に製作された「ローマの休日」でアカデミー主演女優賞を獲得し世界的にブレイクする。
その後も「麗しのサブリナ(1954年)」「尼僧物語(1959年)」「ティファニーで朝食を(1961年)」)「シャレード(1963年)」「マイ・フェア・レディ(1964年)」「暗くなるまで待って(1967年)」などの人気作、話題作に出演した。1967年にヘプバーンはハリウッドにおける15年間の輝かしい経歴に区切りをつけ、後半生のほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げた。最後の映画出演は、スティーヴン・スピルバーグ監督1989年製作「オールウェイズ」で天使の役でのカメオ出演だった。
1992年末にユニセフ親善大使としての活動に対してアメリカ合衆国における文民への最高勲章である大統領自由勲章を授与された。その一カ月後の1993年1月20日にヘプバーンはスイスの自宅で63歳の若さで病死した。その別れに対し世界中から惜しまれた。


オードリー・ヘップバーン             ジョージ・ペパード

【ストリー】
ホリー(オードリー・ヘップバーン)はニューヨークのアパートに、名前のない猫と住んでいる。鍵をなくす癖があり。階上に住む日本人の芸術写真家(ミッキー・ルーニー)に開けてもらう。ホリーの念願は“ティファニー”のようなところで暮らすことだ。ある日、ホリーのアパートにポール(ジョージ・ペパード)という青年が越してきた。作家ということだが、タイプライターにはリボンがついていない。室内装飾と称する中年女がいつも一緒にいて、夜半に帰って行く。ポールはホリーと知り合うと、さすがに作家らしく都会文化が生んだ奇形児のようなホリーの性格に興味をおぼえた。ホリーも、ポールの都会の塵にまみれながらも純真さを失っていない性格に惹かれたようだ。ある夜、ポールの部屋の窓からホリーが入ってきた。彼女は“ティファニー”のことや、入隊中の兄のことを語った。時計が4時半になると「わたしたちはただの友達よ」と断わりながら、ポールのベッドにもぐり込んだ。彼女につきまとう男が多い。テキサスから夫が迎えにきても、ホリーは素気なく追い返した。一方、ポールもパトロンの女と手を切った。そんなとき、彼の短編が50ドルで売れた。お祝いにホリーはポールを“ティファニー”に誘った。麻薬密輸にまきこまれたホリーを警察からもらい下げたものはポールだった。ブラジルへ行くといってきかないホリーも、ポールの真剣な気持ちに動かされ、彼の胸に顔を埋めるのだった。


オードリー・ヘップバー

題名:BREAKFAST AT TIFFANY’S
邦題:ティファニーで朝食を
監督:ブレイク・エドワーズ
製作:マーティン・ジュロー、リチャード・シェファード
原作:トルーマン・カポーティ
脚本:ジョージ・アクセルロッド
撮影:フランツ・プラナー、フィリップ・H・ラスロップ
美術:ローランド・アンダーソン、ハル・ペレイラ
衣裳:ユベール・ド・ジバンシィ、イーディス・ヘッド、ポーリーン・トリジェール
編集:ハワード・スミス
音楽:ヘンリー・マンシーニ 主題歌:ジョニー・マーサー
出演:オードリー・ヘップバーン、ジョージ・ペパード、パトリシア・ニール、バディ・イブセン、ミッキー・ルーニー、マーティン・バルサム、ドロシー・ホイットニー
1961年アメリカ/ビスタサイズ・テクニカラー115分35mmフィルム
ティファニーで朝食を -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


オードリー・ヘップバーン