映画「荒野のドラゴン」

荒野のドラゴン
チェン・リー(早川明心)

今回はマリオ・カイアーノ監督1973年製作「荒野のドラゴン(SHANGHAI JOE)」をピックアップした。
本作は日本人格闘家・俳優の早川明心氏が中国名チェン・リーと名乗り主演しているカンフー・マカロニウエスタンである。この主人公は銃を手にしない。空手アクションのみで銃を持った敵を西部を放浪しながら倒すという設定だ。共演に「夕陽のガンマン」「群盗荒野を裂く」のクラウス・キンスキーなど。

日本人唯一の”マカロニ・ウエスタン主演俳優” 早川明心
本作の主演を務めたチェン・リーは、早川明心という名の日本人である。1939(昭和14)年、愛知県の寺の子として生まれた明心は、幼年期より住職の父による厳しい仏教の修行を受けて育った。愛知大学に進んだ明心は、強くなりたい一心で空手部に入部。辛い練習に耐えて頭角を現し、3年生時には東海学生空手大会の個人優勝を達成。黒帯八段となった明心は、1966年、英国空手道連盟の指導員としてロンドンに渡り、英語に苦労しながらも4年間、指導員を務める事となる。当時の生徒は「文化違いに理解があり、寛大に指導してくれた。チャーミングで人生を楽しむ人だった」とコメントしている。
そして1972年、ロンドンからローマへと移動していた明心のもとに、イタリア空手道連盟経由で本作への出演依頼が届いたのである。マリオ・カイアーノ監督が「クリーニング屋で発掘してきた」と宣伝した”謎の東洋人チェン・リー”主演の本作は、予想を上回るヒットを記録。ヨーロッパ諸国で上映され、フランスでは何と、かのアラン・ドロンが上海ジョーの吹き替えを担当している。それでも明心は、渡欧の際の父との約束「寺を継いで住職になる」を守るべく、芸能界を退いて帰国したが、寺には入らず母校空手部で監督を務めていた。そして1979年、再びイギリスへ渡り、緩衝材・梱包材の生産会社を設立した明心は、約20年間かけてイギリス、ドイツ、イタリアに計5工場、従業員数250人、年商約40億円という大企業の社長となったのである。日本人で唯一、マカロニ・ウエスタンの主演を務め、実業家へと転身した明心は、2005年にこの世を去っている。
(マカロニウエスタン傑作DVDプロダクションノートより)

マカロニ・ウェスタン傑作映画DVDコレクション 45号 2017年 12/31号 [分冊百科]
※本稿は 2013年3月3日に公開した改定版です。


カーラ・ロマネリ                                           ピエロ・ルリ

“才女”カーラ・ロマネリの活躍
本作でクリスティーナを演じたカーラ・ロマネリは、1984年、映画監督ジョン・クラウザーとの結婚を機に女優業を引退。映画俳優組合の活動に尽力し、イタリア人俳優の海外窓口などを務めた事に加え「専門化、細分化、効率主義などの追及によって失われる人間の基本的価値やコミュニティをいかに再構築するか」を課題とするイタリア・アスペン研究所の設立に貢献する。またローマの語学学校で英語とロシア語をもう一度修得し直した彼女は、ブロードウェイで上演された演劇”Frankie and Johnny in the Clare de Lune”のイタリア語台本を執筆。夫が脚本を担当したドキュメンタリー映画をイタリア語に翻訳したほか、夫の経営するロサンゼルスの演劇学校でイタリア演劇史を、ローマの演劇学校ではロシア演劇史の講師として教鞭をとったのである。さらに近年は、画家としても活動している夫と共に、生まれ故郷であるイタリアのトスカーナとローマで民宿を経営、ツアーのアレンジも行っている。
(マカロニウエスタン傑作DVDプロダクションノートより)

荒野のドラゴン荒野のドラゴン
「荒野のドラゴン(SHANGHAI JOE)」

【ストリー】
凄腕の空手の名手ジョー(チェン・リー)は、テキサス行きの駅馬車にとび乗った。眼の前に開ける広大な西部の景観はジョーの心を踊らせたが、黄色い肌ゆえ に白人たちの風当りは凄まじかった。巨大な岩と砂塵、吹き荒ぶ原野をさすらうジョーが出あったのは、この地方一帯に君臨する悪徳ボス、スペンサー(ロバー ト・ハンダー)だった。一味は二十人あまりのメキシコ人を金で買い、殺しの標的にするゲームをやり始めたのだ。怒りにかられたジョーは彼らに素手で襲いか かり追い払った。ほとんど皆殺しにされていたが運よく一人の老人だけが助かった。医者を呼びにいったジョーはその帰り、スペンサーの手下に狙撃され、捕わ れの身となった。だが持前の空手技で難局を切り抜けた。スペンサーに命を狙われながら一人西部を行くジョーは一軒の廃屋に辿りついた。そこに若く美しいメ キシコ娘(カーラ・ロマネリ)が危険を告げにやってきた。娘はクリスチーナといい、ジョーが助けた老人の一人娘だった。その夜、廃屋で夜を過ごしていた ジョーとクリスチーナはスペンサーにやとわれた殺し屋に襲われたがジョーの神技ともいうべき闘術で見事倒した。さらに数日後、クリスチーナが高熱を出し、 ジョーは医者を求めて街へ出たが、ここでもスペンサー一味に命をつけ狙われた。酒場におびき寄せられたジョーは銃弾の雨を浴びたが、見事な跳躍で左右に身 をかわし、並いるガンマンたちを次々に倒した。ジョーがようやくクリスチーナのもとに帰ると、また新たな敵が待ち構えていた。数本の鋭い大型ナイフを持 ち、人を殺してはその頭髪を剥ぐという変質的な兇悪犯であるこの男はジョーの両足を射ち抜き、クリスチーナの美しい髪を切ろうとしたが、ジョーは強力な両 腕の技でこの変質漢を地獄に送り込んだ。野宿を重ねながらジョーとクリスチーナはメキシコへの旅を続けていた。一方、街ではスペンサーが新たな殺し屋を雇 い入れていた。それは、ジョーと同門の空手の名手ミクリヤ(ミクリヤ・カツトシ)で、かつて二人だけが師匠から免許を許されて以来宿命のライバルだったのだ。ジョーとミクリヤは村の中央にある広場で対決、互いに一歩もゆずらぬ鋭い技でしのぎをけずった。いずれが勝つか紙一重の息ずまった闘争は果てしなく続 いたが、ついにジョーはミクリヤを倒した。

荒野のドラゴン荒野のドラゴン
クラウス・キンスキー

題名:SHANGHAI JOE
邦題:荒野のドラゴン
監督:マリオ・カイアーノ
製作:レナート・アンジョリーニ、ロベルト・ベッシ
脚本:カルロ・アルベルト・アルフェリ、マリオ カイアーノ、ファブリツィオ・トリフォーネ・トレッカ
撮影:グリエルモ・マンコーリ
音楽:ブルーノ・ニコライ
出演:チェン・リー(早川明心)、クラウス・キンスキー、ミクリヤ・カツトシ、ピエロ・ルリ、カーラ・ロマネリ、ロバート・ハンダー、ゴードン・ミッチェル、ジョージ・ワン
1972年イタリア/テクニスコープ・テクニカラー89分35mmフィルム
荒野のドラゴン [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


「荒野のドラゴン(SHANGHAI JOE)」ミクリヤ・カツトシ、早川明心
※マカロニ・ウエスタンで唯一の日本人俳優同士の決闘シーン


「荒野のドラゴン(SHANGHAI JOE)」

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映画「荒野の復讐鬼」


ロバート・ハンダー                                         ジャン・ルイス

今回はマウリツィオ・プラドー監督1966年製作「荒野の復讐鬼(RAMON IL MESSICANO)」をピックアップする。
本作は1971年に日本語吹き替えで劇場公開された。出演は本作でデビューしたジャン・ルイス、「荒野のドラゴン」「復讐の用心棒」のロバート・ハンダーなど。


「荒野の復讐鬼」ウィル・リンダマー

「荒野の復讐鬼」ウィル・リンダマー

ブーム以前の欧州西部劇に登場したロバート・ハンダー
本作でラモン・モラレスを演じたロバート・ハンダーは、イタリアのシチリア島で生まれ、小学校に入学する頃には弁護士を志す様になったという。しかし、10代後半で演劇に魅せられてローマに移住。22歳を迎える1957年、本名のクラウディオ・ウンダリで史劇スベクタクル「大進軍」に出演し、俳優としてのキャリアを重ねていった。その後、アラン・ドロン主演の仏伊合作映画「生きる歓び(1960年)」からアメリカ人風の変名ロバート・ハンダーを名乗る様になった彼は、後に世界的プロデューサーとなるアルベルト・グリマルディに見出され、彼が創設した製作会社PEA(Produzioni Europee Associati)の作品に出演。セルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒(1964年)」に先駆けて同社が製作した「墓標には墓標を(1963年)」といったマカロニ・ウエスタン最初期の作品で、197センチの長身を生かしたニヒルなガンマンを演じ、人気を博したのである。以降、数々の西部劇で存在感を示したハンダーは、ブームが去った1970年代にはカンフー映画やSF映画などに出演。2001年の伊仏合作映画「ナイト・オブ・ゴッド」を遺作として2008年に73歳で死去している。
(マカロニウエスタン傑作映画DVDプロダクションノートより)


「荒野の復讐鬼(RAMON IL MESSICANO)」

【ストリー】
バクスター牧場の次男坊であるスリム・バクスター(ジャン・ルイス)が、恋人のエスメラルダ(ウィル・リンダマー)を暴行した男を射殺した。その男が、町を支配するラモン・モラレス(ロバート・ハンダー)の弟だった事から、報復を恐れた父(ウーゴ・サッソ)の指示でスリムは山に身を隠す。その後にバクスター家に押し掛けたラモン一味は、スリムの父を撃ち殺し、エスメラルダを拉致する。その事を情報屋のホセリート(フランコ・グラ)から知らされる。父を殺されたスリムは、町を牛耳るラモン一味と対決した。しかし力及ばず、スリムは半殺しの目に合う。スリムの姿が消えると、ラモンはスリムの恋人エスメラルダにも手を出し始めた。エスメラルダは、脅迫されて結婚することに同意するが……。

題名:RAMON IL MESSICANO
英題:RAMON THE MEXICAN
邦題:荒野の復讐鬼
監督:マウリツィオ・プラドー
製作:マリーノ・カルパノ
脚本:マウリツィオ・プラドー
撮影:オベルダン・トロイアーニ
音楽:フェリチェ・ディ・ステファーノ
出演:ロバート・ハンダー、ジャン・ルイス、ウィル・リンダマー、フランコ・グラ(レナト・トットトロ)、アルド・ベルディ、フェルッチオ・ヴィオッティ(トマス・クレイ)、ウーゴ・サッソ(ヒューゴ・ハーデン)、ホセ・トーレス
1966年イタリア/シネスコサイズ・カラー89分35mmフィルム
マカロニ・ウェスタン傑作映画DVDコレクション 38号 2017年 9/24号 [分冊百科]
2017年9月現在、DVDレンタルはありません。


「荒野の復讐鬼(RAMON IL MESSICANO)」

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映画「カリフォルニア(ジェンマの復讐の用心棒)」

カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒
ジュリアーノ・ジェンマ

今回はミケーレ・ルーポ監督1977年製作「カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒(CALIFORNIA/LO CHIAMAVANO CALIFORNIA)」をピックアップする。
本作は「新・さすらいの用心棒」でガンプレイが希少でコメディ要素を入れたハリウッドウエスタンに近づいたスタイルを作った同監督の日本未公開作品だ。

カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒
ジュリアーノ・ジェンマ

「血斗のジャンゴ(FACCIA A FACCIA/セルジオ・ソリーマ監督/1968年)」「野獣暁に死す」「西部悪人伝」のウィリアム・バーガー、「さすらいのガンマン」のアルド・サンブレルが共演するマカロニウエスタン終焉期の作品である。

カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒
ウィリアム・バーガー            アルド・サンブレル

【ストーリー】
南北戦争が終結し、凄腕ガンマンだった南軍兵士カリフォルニア(ジュリアーノ・ジェンマ)は、1週間以内に仕事を確保するか州外退去かを迫られる。南軍に対する風当たりは厳しく、彼は州外へ退去。その道中、若者ウィリーと出会うが、彼は南軍敗残兵を狙う賞金稼ぎに殺されてしまう。カリフォルニアはウィリーの遺品を届けた先で、彼の姉ヘレンと心を通わすが、彼女は悪党にさらわれてしまい、カリフォルニアはヘレンを取り戻すため一味に潜入する・・・。

カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒

題名:CALIFORNIA/LO CHIAMAVANO CALIFORNIA
邦題:カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒
監督:ミケーレ・ルーポ
製作:マノロ・ボロニーニ
脚本:フランコ・ブッチェリ
撮影:アレハンドロ・ウロア
音楽:ジャンニ・フェリオ
出演:ジュリアーノ・ジェンマ、ウィリアム・バーガー、ライムンド・ハームストロフ、パオラ・ボゼ、アルド・サンブレル、ロバート・ハンダー、マリサ・ロンゴ、ライムンド・ハルムストロフ
1977年イタリア・スペイン/シネスコサイズ・カラー98分35mmフィルム[日本劇場未公開]
カリフォルニア ?ジェンマの復讐の用心棒 スペシャル・エディション [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒