映画「女医の診察室」


原節子                          原節子

今回は吉村廉監督1950年製作「女医の診察室」をピックアップする。
原節子さんは、1935年に日活撮影所の専属俳優になり、1936年に来日したドイツのアーノルド・ファンク監督が、日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜擢される。そして1938年に日活からJ.Oへ移籍する。J.OはP.C.Lと吸収合併され、東宝映画株式会社となる。戦後1946年に黒澤明監督「わが青春に悔なし」に出演後、第2次東宝争議で、大河内伝次郎、長谷川一夫、黒川弥太郎、藤田進、高峰秀子、山田五十鈴、入江たか子、山根寿子、花井蘭子と共に「十人の旗の会」を結成し東宝労働組合を脱退する。
1947年に新東宝で「かけ出し時代(監督: 佐伯清)」を主演した後にフリーとなり、松竹大船、大映東京、東横映画、東宝、新東宝などの作品に出演した後に、1950年大映東京「白雪先生と子供たち(監督: 吉村廉)」に続いて新東宝で本作に主演した。

※東横映画は1951年まで存在し、東映の前身の1社。


上原謙                      原節子、上原謙

【ストリー】
国際港Y市、ここにはその設備施設を誇る“聖ペテロ施療病院”がある。ここの産婦人科部長は若く美しい田島文子医博(原節子)であった。彼女は毎日の激務の間にも前々からとりかかっている心臓病の研究だけはおろそかにしなかった。というのは心臓病が彼女の宿痾になっていたのだ。ある日、二人の新任の医博が赴任して来た。内科部長の野間亀太郎(河津清三郎)と、顧問の川村信吉(上原謙)。信吉こそは文子とかつて言い交わした仲であった。ところが信吉は成績甚だ香しからず、それ故に文子はいたく失望して、わざと彼のところから離れ、自分自身が専心医学に突入し、遂に博士号まで得て今日に至ったのである。それは結局愛する人信吉を発憤させる為だった。が、信吉は簡単に曲解し、栄子(三宅邦子)と結婚して一子信夫まで設けている今日であった。文子の考えは全くの誤算というべく、しかもそれは余りに大きな痛手であった。計らずもその信吉と顔を合わした文子の胸中は怪しくふるえるのだった。お互いに、顔を合わせる事は苦しかった。ことに信吉は文子の真意を今でも解していなかったから。文子の仕事は激しかった。次から次へと送り込まれる施療患者、手術を要する様な重患は総て文子が手掛けねばならなかったし、又彼女とすれば自己の仕事に没入する事が、胸の奥底の苦しみから一時的にでも逃れ得る僅かな機会でもあった。テキパキと片付ける彼女の鮮やかな腕の程は、助手や看護婦達の尊敬を一身に集めていた。院内一同が一泊二日のピクニックに出かけた。文子と信吉は知らず知らずの間に道を踏み迷い二人だけになってしまった。初めてお互いは総てを話合った。そして二人共、その時期の余りに遅かったのを嘆くばかりだった。次の日から又文子は部長としての仕事に没入していった。その頃彼女の病気はもはや取り返しのつかないところまで進行していた。彼女は自分の名を秘し、ひそかに北里博士を訪れて打診して貰った。後、一二ヶ月の命脈しか保ていことが明かにされた。しかし飽くまで患者に対する責任を遂行した。重なる無理は彼女自身を遂に神の手に委ねばならなかった。枕頭に立つ信吉の眼から滂沱として涙が落ちる。


河津清三郎                        千石規子

題名:女医の診察室
監督:吉村廉
製作:滝村和男
原作:常安田鶴子
脚本:小國英雄
撮影:三村明
照明:大沼正喜
合成撮影:天羽四郎
録音:村山絢二
美術:安倍輝明
編集:笠間秀敏
音楽:斎藤一郎
製作主任:服部仙太郎
助監督:小森白
出演:原節子、上原謙、津山路子、河津清三郎、風見子章、中北千枝子、村瀬幸子、三宅邦子、千石規子、生駒次信、杉寛
1950年日本・滝村プロ+新東宝/スタンダードサイズ・モノクロ86分35mmフィルム
女医の診察室 -DVD販売-
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三宅邦子                       女医の診察室

映画「秋日和」


原節子                      佐分利信

今回は小津安二郎監督1960年製作「秋日和」をピックアップする。
本作は夫を亡くした母と娘のお互いを思いやる気持ちを中心に、亡夫の友人たちが起こす騒動を安定したローアングルと50mmレンズ1本で描いている。また小津作品の撮影チーフ助手(色彩計測)を務めた川又昂氏の監修による4Kスキャニング・デジタル修復を実施したHDマスターが2013年11月23日より東京神田の神保町シアター「生誕110年・没後50年記念 映画監督 小津安二郎」にて上映された。

作品リスト


司葉子                     岡田茉莉子

【ストリー】
亡友三輪の七回忌、末亡への秋子(原節子)は相変らず美しかった。娘のアヤ子(司葉子)も美しく育ちすでに婚期を迎えていた。旧友たち、間官(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)はアヤ子にいいお婿さんを探そうと、ついお節介心を起した。が、アヤ子がまだ結婚する気がないというので、話は立ち消えた。秋子は友達の経営する服飾学院の仕事を手伝い、アヤ子は商事会社に勤めて、親子二人郊外のアパートにつつましく暮している。たまの休みに街に出て一緒に過すのが、何よりのたのしみだった。母も娘も、娘の結婚はまだまだ先のことのように思えた。或る日母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤(佐田啓二)に紹介された。後藤はアヤ子の会社に勤める杉山(渡辺文雄)と同窓だった。土曜日の午後、間宮は喫茶店で、杉山や後藤と一緒にいるアヤ子を見た。後藤とアヤ子の間に恋愛が生れたもの、と間宮は思った。ゴルフ場で田口や平山に話すとアヤ子は母親への思いやりで結婚出来ない、という結論になった。秋子の再婚ということになった。候補者はやもめの平山だった。息子まで極力賛成されてみると、平山もまんざらではない。秋子を訪ねた田口は、亡夫への追慕の情たちがたい秋子にとっても再婚の話はもち出せない。アヤ子を呼んで説得したところ、アヤ子は母は父の親友と再婚するものと早合点して、母と正面衝突した。アヤ子は親友の百合子に相談した。百合子は田口、平山、間宮を訪ねると、その独断を責め立てたので、三人もいささか降参し、アヤ子は、一時は誤解したものの、母の知らない話だと分ってみれば、和解も早い。これから先、長く一人で暮す母を思って、二人は休暇をとって、思い出の旅に出た。伊香保では三輪の兄の周吉(笠智衆)が経営する旅館があった。周吉は秋子の再婚にも、アヤ子の結婚にも賛成だった。その旅の夜、秋子は娘に自分がこれから先も亡き夫とともに生きることを語った。アヤ子と後藤の結婚式は吉日を選んで挙げられた。間宮も、田口も、平山も、ほっとした。ひとりアパートに帰った秋子は、その朝まで、そこにいたアヤ子を思うと、さすがにさびしかった。


岡田茉莉子、渡辺文雄

題名:秋日和
監督:小津安二郎
製作:山内静夫
原作:里見とん
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
照明:石渡健蔵
録音:妹尾芳三郎
美術:浜田辰雄
編集:浜村義康
音楽:斎藤高順
フィルム:アグファカラー
現像:東京現像所
色彩計測:老川元薫
デジタル修復監修:川又昂
出演:原節子、司葉子、佐分利信、岡田茉莉子、佐田啓二、桑野みゆき、三上真一郎、笠智衆、中村伸郎、三宅邦子、岩下志麻、十朱久雄、渡辺文雄、北竜二
1960年日本・松竹/スタンダードサイズ・カラー128分35mmフィルム
秋日和 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


笠智衆                    佐田啓二、司葉子

映画「麦秋」

麦秋

今回は巨匠小津安二郎監督1951年製作「麦秋」をピックアップする。
本作は、娘に早く結婚して欲しいと気を揉む家族を主なテーマにしているが、原節子さん演じるいわゆる”紀子三部作”の2作目にあたる作品である。「晩春(1949年)」「麦秋(1951年)」「東京物語(1953年)」撮影は、1951年6月から9月にかけて行われたそうだ。

作品リスト

麦秋麦秋
菅井一郎(背景は横須賀線クハ86形)           原節子

小津監督はフィックスカットを常用し、トラックアップ、パンニングなど必要最小限にキャメラが動く。全作品中で、唯一のクレーンを用いたカットが本作にある。”人生の道程”を砂丘の高低差で捉えたクレーンカットは、小津監督作品ではトリビアだ。

麦秋麦秋
笠智衆                         佐野周二

【ストリー】
間宮周吉(菅井一郎)は北鎌倉に住む老植物学者である。息子康一(笠智衆)は医者で東京の某病院に通勤、娘紀子(原節子)は丸ノ内の貿易会社の専務佐竹宗太郎の秘書である。佐竹(佐野周二)の行きつけの築地の料亭「田むら」の娘アヤ(淡島千景)は紀子と学校時代からの親友で二人共未婚であるが、安田高子(井川邦子)と高梨マリ(志賀真津子)の級友二人はすでに結婚していて、四人が顔を合せると、未婚組と既婚組とに対立する。折から間宮家へは周吉の長兄茂吉(高堂国典)が大和の本家より上京して来たが、紀子の結婚談が出る。同時に佐竹も自分の先輩の真鍋という男との縁談をすすめる。間宮家では、周吉夫婦をはじめ康一たちも佐竹からの話に乗り気になり、紀子も幾分その気になっているが、古くから間宮家の出入りである矢部たみの(杉村春子)息子で、康一と同じ病院に勤めている謙吉(二本柳寛)が、急に秋田の病院へ転勤するときまったとき、謙吉こそ自分の結婚すべき相手だったことに気がつく。謙吉には亡き妻との間に光子という三才の遺児があり、恒産もないので、間宮家では四十歳ではあるが、初婚で、善通寺の名家の出である真鍋との結婚を希望するが、紀子のたっての希望を通してやることにする。紀子は秋田へ去り、周吉夫妻も大和の本家へ引きあげて行く。その大和はちょうどさわやかな麦秋であった。

麦秋麦秋

題名:麦秋
監督:小津安二郎
製作:山本武
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
照明:高下逸男
録音:妹尾芳三郎
美術:浜田辰雄
装置:山本金太郎
装飾:橋本庄太郎
衣裳:齋藤耐三
編集:浜村義康
音楽:伊藤宣二
現像:林龍次
監督助手:山本浩三
撮影助手:川又昂
出演:原節子、菅井一郎、笠智衆、東山千栄子、淡島千景、三宅邦子、杉村春子、佐野周二、二本柳寛、高橋とよ、井川邦子、志賀真津子、高堂国典
1951年日本・松竹/スタンダードサイズ・モノクロ124分35mmフィルム
麦秋 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

麦秋麦秋
菅井一郎、東山千栄子

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