映画「真空地帯」

真空地帯真空地帯
木村功                      木村功、三島雅夫

今回は山本薩夫監督1952年製作「真空地帯」をピックアップする。
本作は、旧日本軍の軍隊生活を本格的にリアリズムに徹して見事に描き出している。
撮影は、終戦後も残されていた佐倉連隊の元兵舎(千葉県佐倉市)が使用されたそうだ。
当時、新星映画社のプロデューサーであった岩崎昶氏は「日本の悲劇」「真空地帯」「ここに泉あり」を製作し、日本映画の良心を守り続け、映画評論家としも著名な方だ。
本作は私の生まれる前の作品だが、1974年頃に先生とお会いする事が出来た。先生は、若き映画少年の戯言に耳を傾けて下さり、土本典昭監督、成島東一郎撮影監督を紹介して下さり、大変お世話になった。その後、私は紹介先のプロダクションで製作見習いを半年程させて戴き、撮影部見習いを始める事になった。1981年9月16日にお亡くなりになり、後日お仏壇に手を合わさせて戴いたのを思い出す。

真空地帯真空地帯

【ストリー】
週番士官の金入れを盗んだというかどで、二年間服役していた木谷一等兵は、敗戦の前年の冬に大坂の原隊に帰っていた。彼は入隊後二年目にすぐ入獄したのですでに四年兵だったが、中隊には同年兵は全くおらず、出むかえに来た立澤准尉も班長の吉田、大住軍曹も全く見覚えのない人々であった。部隊の様子はすっかり変わってた。木谷に対する班内の反応はさまざまであった。彼は名目上病院帰りとなっていたが、何もせず寝台の上に坐ったきりの彼は古年兵達の反感と疑惑をつのらせた。木谷が金入れをとったのは偶然であった。しかし被害者の林中尉は当時反対派の中堀中尉と経理委員の地位を争って居り、木谷は中堀派と思いこまれた事から林中尉の策動によって事件は拡大され、木谷の愛人山海樓の娼妓花枝のもとから押収された木谷の手紙の一寸した事も反軍的なものとして、一方的に審理は進められたのだった。兵隊達が唯一の楽しみにしている外出の日、外出の出来なかった木谷は班内でただ一人彼に好意をもっている曾田一等兵に軍隊のこうした出鱈目さを語るのだった。班内にはさまざまな人間がうごめいている。地野上等兵の獣性、補充兵達の猥褻な自慰、安西初年兵のエゴイズム。事務室要員の曾田は軍隊を「真空地帯」と呼んでいた。ここでは人間は強い圧力で人間らしさをふるいとられて一個の兵隊--真空管となるからだ。或日、野戦行十五名を出せという命令が出た。木谷は選外にあったが、曾田は陣営具倉庫で、金子班千葉県有為が隣室でしつこく木谷を野戦行きに廻す様に准尉に頼んでいるのを聞き驚いた。金子班長はあの事件の時中堀派の一人として木谷の面倒をみたのだが、今は木谷との関わり合いがうるさかったのだ。木谷が監獄帰りと聞こえがしに云う上等兵達の言葉に木谷は猛然と踊りかかっていった。木谷を監獄帰りにさせた真空地帯をぶちこわそうとする憎しみに燃えた鉄拳が彼等の頬に飛んだそれから木谷は最後の力をふりしぼって林中尉を探しまわった。彼に不利な証言をした林中尉に野戦行きの前に会わねば死んでも死にきれなかった。ついに二中隊の舎前で彼を発見した。彼の必死の弁解に対し木谷の拳骨は頬にとんだ。やがて、転属者が戦地に行く日が来た。花枝の写真を懐に抱いて船上の人となった木谷に、ようやく自分をきりきり舞いをさせた軍隊の機構、その実態のいくらかがわかりかけてきた。見知らぬ死の戦場へとおもむく乗組員達の捨てばちな野卑な歌声が隣から流れてくる。しかし木谷の眼からはもはや涙も流れなかった。

真空地帯真空地帯
岡田英次

題名:真空地帯
監督:山本薩夫
製作:岩崎昶、嵯峨善兵
原作:野間宏
脚本:山形雄策
撮影:前田實
照明:伊藤一男
録音:空閑昌敏
美術:川島泰三、平川透徹
音楽:団伊玖磨
出演:木村功、加藤嘉、西村晃一、岡田英次、利根はる恵、沼田曜一、川島雄夫、三島雅夫、佐野浅夫、下元勉
1952年日本・新星映画社/スタンダードサイズ・モノクロ129分35mmフィルム
真空地帯 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

真空地帯真空地帯
利根はる恵

映画「晩春」

晩春晩春
笠智衆                       原節子

今回は巨匠小津安二郎監督1949年製作「晩春」をピックアップする。
敗戦(1945年)から4年後に作られた本作は、北鎌倉、銀座、京都など舞台にしているが、一見して「こんなに復興していたのか!」と思う。やや冗長に感じたのは、公開から半世紀以上が経ち、時代の変化と共に結婚に対する考え方も大きく変わったからだろう。
しかし父娘の純真は美しかった。私も「汚らしい不潔よ」と原節子さんに笑顔で言われたい。本作と「麦秋(1951年)」「東京物語(1953年)」で原節子さんが演じたヒロインは、”紀子”という名前であり、この3作品を”紀子三部作”と呼ばれるそうだ。

作品リスト

【追記・訃報】
女優の原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが2015年9月5日に肺炎のため神奈川県内の病院で死去した。1935年に日活多摩川撮影所に入社し「ためらふ勿れ若人よ」でデビュー。役名「節子」をそのまま芸名にし「原節子」となったと言う。その後東宝へ移籍し、黒澤明監督の戦後初の作品「わが青春に悔なし」に出演、1947年にフリーとなる。1949年に初めて小津安二郎監督と組んだ「晩春」に出演。1961年の「小早川家の秋」まで小津作品に計6本出演した。

晩春晩春
杉村春子、原節子                    月丘夢路

【ストリー】
曽宮周吉は大学教授をしながら鎌倉に娘の紀子と二人で住んでいた。周吉は早くから妻を亡くし、その上戦争中に無理した娘の紀子が身体を害したため長い間父と娘は、どうしても離れられなかった。そのために二七歳の年を今でも父につくし、父は娘の面倒を何にくれとなくみてやっていた。周吉の実妹、田口まさも曽宮家に出入りして彼等の不自由な生活の一部に気をくばっていた。このごろでは紀子も元気になり、同級生であり友達でもある北川アヤと行来していた。アヤは一たん結婚したが、夫の悪どい仕打ちに会い今では出もどりという処。また周吉の助手をしている服部昌一も近々結婚するという。気が気でないまさは、何んとかして紀子を結婚させようとするが、紀子は首を縦にふらなかった。一度は助手の服部と紀子を結ばせようと考えていた周吉とまさは、服部にはすでに許婚があると聞いて思い直し、新に候補者をすすめるのであった。一方周吉と昔から親友である小野寺は、京都の大学教授をやっていた。たまたま上京した際、紀子に後妻をもらったと言って、不潔であると言われた。紀子はそれから父の動きをそれとなく伺っていた。叔母のまさは茶会で知った三輪秋子という美しい未亡人を心の中で兄の周吉にと考えていた、それを紀子に、彼女の結婚を進めながら話してみたが、紀子は自分の結婚よりも父の再婚に気をとられていた。紀子はそれからというものはなんとなく変っていった。北川アヤには結婚しなさいと言われても、気がますますいらだってくる。ある日紀子は父に再婚の意志を聞き正してみた。父は再婚するという返事たっだ。紀子はこのまま父と二人で暮したかったが、自分の気持がだんだん弱くなって行くのを知った。叔母のまさに承諾を与えた紀子は、最後の旅行を父と共に京都に赴いた。京都では小野寺一家の暖い家庭のフンイ気につつまれて、紀子がいつか小野寺の叔父に言った「不潔」と言う言葉を取り消した。京都から帰った紀子はすぐ結婚式をあげた。周吉は娘の紀子を新婚旅行に送ったあと、北川アヤに再婚するのと聞かれ、「ああでも言わなければ紀子は結婚せんからね」と答えるのであった。彼は一人五十六歳の身を今はさびしい鎌倉の吾が家にがっかりした様にいつまでも身を横たえていた。

晩春晩春
晩春晩春

題名:晩春
監督:小津安二郎
製作:山本武、渡辺大
原作:広津和郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
照明:磯野春雄
録音:佐々木秀
整音:妹尾芳三郎
美術:浜田辰雄
装置:山本金太郎
装飾:小牧基胤
結髪:佐久間とく
床山:吉沢金太郎、柿沢久栄
編集:浜村義康
音楽:伊藤宣二
現像:林龍次 焼付:中村興一
監督助手:山本浩三、塚本粧吉、田代幸蔵、斎藤武市
撮影助手:井上晴二、川又昂、老川元薫、舎川芳次、松田武生
出演:笠智衆、原節子、月丘夢路、杉村春子、青木放屁、三宅邦子、三島雅夫、宇佐美淳、桂木洋子、坪内美子
1949年日本・松竹/スタンダードサイズ・モノクロ108分35mmフィルム
晩春 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

晩春晩春
笠智衆、月丘夢路

映画「雁の寺」

雁の寺雁の寺
若尾文子                       高見國一

今回は川島雄三監督1962年製作「雁の寺」をピックアップする。
本作は「「しとやかな獣」「女は二度生れる」と川島監督が大映で撮った三本のひとつだ。他の作品とティストが違うアプローチで、懐の広さを見せてくれる。原作は水上勉氏の直木賞受賞作、撮影は名匠村井博氏、間違いなく名作である。

作品リスト

雁の寺雁の寺
三島雅夫、若尾文子                木村功、三島雅夫

【ストリー】
洛北は衣笠山の麓、灯全寺派の孤峯庵は京都画壇の重鎮岸本南嶽の雁の襖絵で名高く、雁の寺ともよばれていた。ある日、喪服姿の桐原里子が山門を潜った。南嶽の妾だが、彼の死後、遺言により孤峯庵の住職慈海を訪れたのである。慈海は里子のやわ肌に戒律を忘れた。そのまま慈海の世話をうける身となった里子の眼にとまったのは、小坊主慈念だった。若狭の貧しい寺大工の倅として育った慈念は、口べらしのためこの寺に預けられ、宗門の中学校へ通っていた。同じく貧しい家庭に生れた里子は、いつしか慈念に同情をよせるようになった。ある夜、狂おしげにいどみかかる慈海との情事に耽溺していた里子は、障子に人影の走るのを見た。慈念に覗かれていると知って、里子は愕然とした。勉強がきらいな慈念の無断欠席をする日が多くなった。宇田先生からそれを聞いた慈海は慈念を叱った。里子が庇うと、慈海は同情は禁物だといった。若狭西安寺の住職から慈念の生い立ちを聞いた里子は、身をもって慰めようと彼の部屋に忍び入り、惜しげもなく体を与えた。翌朝、慟哭する慈念の瞳が、何事かを決するように妖しく光った。夜更けに酩酊して帰った慈海は、何者かに襲われてばったり倒れた。その夜明け壇家の平吉が兄の葬式を頼みに駆け込んだ。里子は慈念を碁仇の源光寺に走らせたが、慈海はいない。源光寺の雪州は慈念の宰配で葬儀を出してやった。慈念は里子に和尚は雲水に出たらしいと告げた。棺桶の重さに不審を抱いた入人も、慈念の態度に気圧されたかたらで葬式は終った。慈海の失踪を知った本山では、宇田竺道を孤峯庵に入れることにきめた。慈念も里子も慈海のいない寺にいることはできず、身の回りを整理して寺を出ようとした。「和尚のいるところへ旅します」という慈念の言葉に、ハッとなった里子は方丈に駆け入った。南嶽の描いた子雁に餌を与える母雁の襖絵が、無残にも剥ぎとられていた。里子にはおぼろげながら、慈海が殺されたことが判った。

雁の寺雁の寺

題名:雁の寺
監督:川島雄三
企画:久保寺生郎、三熊将暉
製作:永田雅一
原作:水上勉
脚本:川島雄三、舟橋和郎
撮影:村井博
照明:岡本健一
録音:大角正夫
美術:西岡善信
編集:宮田味津三
音楽:池野成
助監督:西沢鋭治、湯浅憲明
スチール:西地正満
出演:若尾文子、高見國一、三島雅夫、木村功、中村雁治郎(ニ代目)、山茶花究、西村晃、菅井きん
1962年日本・大映/シネスコサイズ・パートカラー98分35mmフィルム
雁の寺 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

雁の寺雁の寺
三島雅夫、菅井きん

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