映画「太平洋の地獄」


太平洋の地獄(HELL IN THE PACIFIC)

三船敏郎                           リー・マービン

今回はジョン・ブアマン監督1968年製作「太平洋の地獄(HELL IN THE PACIFIC)」をピックアップする。
本作は太平洋戦争を背景に、三船敏郎さん演じる日本軍人と、リー・マーヴィンさん演じるアメリカ軍人の2人だけの出演という特異な作品である。撮影はミクロネシアのパラオ島で行われ、三船プロダクションが撮影場所の人的資源、設備、資金の多くを拠出したそうだ。


太平洋の地獄(HELL IN THE PACIFIC)

【ストリー】
第2次世界大戦の末期。南太平洋のカロリン諸島の小島に1人の日本海軍大尉(三船敏郎)が漂着し、飢えと孤独の中で生きる道を求めていた。ある暴風雨の夜、その島にアメリカ海軍少佐(リー・マーヴィン)が救命ボートでたどり着いた。(ここで2人を仮に、その皮膚の色で、ブラウン、アメリカ人をレッドと呼ぶ)2人は、豪雨の中で会った。が互いに、その正体がわからぬまま、ただ不安がつのるばかりだった。翌朝、ブラウンは、救命ボートを発見、昨夜の化物の正体がアメリカ兵であることを知った。灼熱の太陽はレッドの喉を灼いた。そしてついにブラウンが水を貯めてある貯水布に近づいた。ブラウンは眠ったふりをしてレッドをつかまえようとしたが逃げてしまった。そこで、ブラウンは煙でレッドを森からいぶり出すことにした。が、レッドは出てこなかった。翌日、水をめぐって2人の闘いは続いた。そして遂にその翌朝、レッドはブラウンの捕虜となった。しかし、この特殊な環境の中で勝者と敗者にどれほどの違いがあろうか。2人の間には無益な疲労感が残るだけで、ブラウンもレッドを捕虜扱いしている無意味さに気がついた。2人はこの疎外感を救うにはほかの世界へ脱出するしかないという気持ちに到達、筏をくんで外海に出た。そして数日後、ついに第2の島へ着いた。その島にも人影はなかった。が、そこは旧日本軍の陣地であったらしく、建物、軍服、酒、缶詰などが見つかった。生きられたという気持ちがゆとりとなったのか、2人は初めて友情を感じ、酒をのみながら、言葉もわからないままに身の上話を始め、徹夜で騒いだ。そうしているうちに、ブラウンはふと手にしたライフ誌の中に日本兵の死体の写真を見た。ブラウンの心にレッドは敵だという意識がわいた。だが、2人はお互いに闘いの空しさを知っていた。今日もまた島は、南海特有の美しい朝をむかえた。互いに正装し、2人は、敬礼を交わし、それぞれの方に去っていった。


リー・マービン                              三船敏郎

題名:HELL IN THE PACIFIC
邦題:太平洋の地獄
監督:ジョン・ブアマン
製作総指揮:ヘンリー・G・サバースタイン、セリッグ・J・セリッグマン
製作:ルーベン・バーコヴィッチ
脚本:ルーベン・バーコヴィッチ
脚色:アレクサンダー・ジェイコブス、エリック・ベルコビッチ
撮影:コンラッド・ホール
録音:ゴードン・ソーヤー
編集:トーマス・スタンフォード
音楽:ラロ・シフリン
撮影機材:パナビジョン
現像:テクニカラー
協力:三船プロダクション
出演:三船敏郎、リー・マービン
1968年アメリカ/シネスコサイズ・カラー104分70mmフィルム
太平洋の地獄 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


太平洋の地獄(HELL IN THE PACIFIC)

映画「黒部の太陽」


「黒部の太陽」三船敏郎

三船敏郎                                                   石原裕次郎

今回は熊井啓監督1968年公開「黒部の太陽」をピックアップする。
本作は、1962年に日活から独立し石原プロモーションを設立した石原裕次郎さんと1964年に東宝から独立し三船プロダクションを設立した三船敏郎さんの独立プロ二社の共同制作と劇団民藝の全面協力を得て1年以上の撮影期間を経て作られた。
電力会社やその下請け・関連企業に大量のチケットを購入して貰い観客動員に成功し、1968年の日本映画配給収入第1位(約16億円)、観客動員数は約730万人を獲得したそうだ。また本作の版権は石原プロモーションが所有し、石原裕次郎さんの遺言「映画館の大迫力の画面・音声で見て欲しい」で永らくビデオ化されていなかった。
(石原プロモーション創立50周年の2013年3月にDVD、Blu-ray版が発売)


「黒部の太陽」石原裕次郎

樫山文枝                                                                高峰三枝子

三船敏郎、日色ともゑ                                           宇野重吉、寺尾聰

【ストリー】
関西電力は黒部川上流に第四発電所を建設するため、太田垣社長(滝沢修)総指揮のもとに社運をかけて黒四ダム工事に当たることになった。間組の国木田(加藤武)と熊谷組の下請会社の岩岡源三(辰巳柳太郎)は、ともに現場責任者の北川(三船敏郎)を訪れ、ダム工事の難しさを知らされた。源三の息子剛(石原裕次郎)は、トンネル掘りのためにどんな犠牲も省りみない源三に反抗し、家を出て設計技師として図面をひいていた。国木田はそんな剛と、北川の長女由紀(樫山文枝)と見合いさせようと提案して、源三を驚かした。昭和31年8月、世紀の大工事といわれた黒四工事は、大自然との闘いの火蓋を切った。9月に入って剛は偶然、由紀と会い、親しさを増していったが、彼女が父の北川の身を心配するのを見て、源三の様子を見に黒部に向った。源三はめっきりと体が弱くなっていた。北川の黒四にかける熱意にほだされた剛は父に代ってトンネル掘りの指揮をとることになった。こうして工事が始って半年、犠牲者はすでに16人を数え、難工事であることが現場の人たちに不安を抱かせ始めた。翌年の4月、北川たちが恐れていた事態が起った。軟弱な花岡岩帯にぶつかったのだ。5月に入ってすぐ、山崩れと大量の水がトンネルを襲った。この危機を切り抜けるため、色々な技術プランが検討されたが、工事は一向に進まなかった。そんな折りも折り、北川は次女の牧子(日色ともゑ)が白血病にかかって入院し、生命はあと一年と知らされたが、大仕事をかかえているので、娘のそばについているわけにはいかなかった。現場は労務者が一人、二人と去っていく状態で、彼らの士気は上らなかった。一方、太田垣はあらゆる手を尽して危機を乗り切るため莫大な金を投入、技術陣の科学的な処置と、北川や源三たちの努力が実を結び、その年の12月、ついに難所を突破。翌年11月、剛は由紀と結婚した。そして2月、北アルプスを抜いてトンネルが開通した。その瞬間を躍り上って喜ぶ労務者たちの中で、北川は牧子の死を知らせる電報に接し、激しく慟哭した。昭和38年3月、黒四ダムは多数の犠牲を出して完成した。その日はちょうど北川の停年退職の日であったが、北川や剛たちはダムの偉容に、無限の感動を覚えていた。


黒部の太陽

トンネル工事のシーンは、愛知県豊川市の熊谷組の工場内に再現セットが作られた。出水を再現する420トンの水タンクがあり、切羽(トンネル掘削の最先端箇所)の奥から、多量の水が噴出するシーン(上画像)では水槽のゲートが開かれると、10秒で420トンの水が流れ出し、俳優もスタッフも本気で逃げたそうだ。


辰巳柳太郎、武藤章生                                                佐野周二

題名:黒部の太陽
監督:熊井啓
企画:中井景
製作:三船敏郎、石原裕次郎
原作:木本正次「黒部の太陽」
脚本:井手雅人、熊井啓
撮影:金宇満司
照明:平田光治
録音:安田哲男、紅谷愃一
音効:杉崎友治郎
美術:平川透徹、山崎正夫、小林正義
編集:丹治睦夫
音楽:黛敏郎
現像:東洋現像所
製作補佐:銭谷功、小林正彦
製作担当:知久秀男
助監督:片桐直樹
色彩計測:宮崎秀雄
特別技術指導:熊谷組、笹島建設
協力:関西電力、間組、鹿島建設、熊谷組、大成建設、佐藤工業
スチール:飯高鋼
出演:三船敏郎、石原裕次郎、辰巳柳太郎、滝沢修、宇野重吉、寺尾聰、樫山文枝、日色ともゑ、川口晶、高峰三枝子、北林谷栄、二谷英明、山内明、志村喬、加藤武、大滝秀治、佐野周二、芦田伸介、岡田英次、鈴木瑞穂、下川辰平、下條正巳、佐野浅夫、清水将夫、武藤章生
1968年日本・三船プロダクション+石原プロモーション/シネスコサイズ・カラー196分35mmフィルム
黒部の太陽 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


黒部ダム

映画「静かなる決闘」


三船敏郎                              三条美紀

今回は黒澤明監督1949年製作「静かなる決闘」をピックアップする。
本作は、東宝が第3次東宝争議によって映画撮影が困難だった時期に、黒澤監督は、山本嘉次郎、谷口千吉、本木荘二郎らと映画芸術協会を設立して東宝を脱退し、大映で制作した作品。前作「酔いどれ天使(東宝制作)」に続いて三船敏郎さんと志村喬さんが共演し、志村喬さんは同じ医師役である。本作を見終わって、黒澤明監督のテーマの選び方と先見性の凄さに驚かされる。


三船敏郎、志村喬                    千石規子、三船敏郎

【ストリー】
藤崎恭二(三船敏郎)は軍医であった。前線の野戦病院、次から次に運び込まれる負傷兵、患者、恭二は休む暇もなく手術台の側に立ち続けねばならなかった。陸軍上等兵中田龍夫(植村謙二郎)は下腹部盲腸で一命危ないところを、恭二の心魂こめた手術が成功してとりとめた。ところが中田は相当悪性の梅毒で、恭二はちょっとした不注意のため小指にキズを作り、それから病毒に感染した。敗戦後、恭二は父親(志村喬)の病院で献身的に働いていた。が、薬品のない戦地で、恭二の病気は相当にこじれていた。父にも打ち明けず、彼は深夜ひそかにサルバルサンの注射を打ち続けていた。思わしい効果は現れて来なかった。彼には許婚者松木美佐緒(三条美紀)という優しい女性があった。彼女にも無論病気の事は話してなかった。復員後すっかり変わってしまった恭二に美佐緒は何としても納得しかねる気持ちがあった。6年間も待ちつづけた恋しい人だったのに。まるで結婚の事は考えていない様子の恭二、隠している事があるに違いないのだ。彼女は根ほり葉ほり聞きだそうとしているが、一ツの線からは一歩も踏み込ませようとしない。間に入って困る父親、そして遂に何もかも判る時が来た。


三条美紀、三船敏郎                三船敏郎、町田博子、中北千枝子

題名:静かなる決闘
監督:黒澤明
企画:本木荘二郎、市川久夫
原作:菊田一夫「堕胎医」
脚本:黒澤明、谷口千吉
撮影:相坂操一
照明:柴田恒吉
録音:長谷川光雄
音効:花岡勝次郎
美術:今井高一
装置:石崎喜一
小道具:神田一郎
背景:西牧恭平
園芸:坂根喜次郎
電飾:横手三四郎
技髪:牧野正雄
結髪:田中つねえ
衣裳:藤木しげ
移動:大久保松雄
編集:辻井正則
記録:古川八千恵
音楽:伊福部昭
製作主任:川本武夫
俳優事務:相川好子
出演:三船敏郎、志村喬、三条美紀、千石規子、植村謙二郎、中北千枝子、宮崎準之助、山口勇、松本茂
1949年日本・大映東京撮影所/スタンダードサイズ・モノクロ94分
静かなる決闘 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


三船敏郎、植村謙二郎                      三船敏郎

静かなる決闘

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