映画「ニュージーランドの若大将」

ニュージーランドの若大将ニュージーランドの若大将
ジェシカ・ピータース、加山雄三              酒井和歌子

今回は福田純監督1969年製作「ニュージーランドの若大将」をピックアップする。
本作は、若大将シリーズの第14作(社会人編の第2作)で、前作「フレッシュマン若大将」からは半年後の公開だったが、加山雄三さんの実年齢に近づけるために2年間の海外赴任をしていたという設定で、ニュージーランドとオーストラリアで長期ロケが敢行されたそうだ。

ニュージーランドの若大将ニュージーランドの若大将
田中邦衛                   江原達怡、飯田蝶子、中真千子

【ストリー】
田沼雄一(加山雄三)は2年間のオーストラリアの駐在生活を出勤前にシドニー湾でクルージングするなどエンジョイしていたが、急遽本社の日東自動車からの命令で帰国することになる。帰国早々の空港でライバル会社が出迎えた外国人を追おうとして偶然にニュージーランド産業振興会に勤める森川節子(酒井和歌子)と同じタクシーに乗り合う。節子から当の外国人がニュージーランドの実業家オハラ氏であることを知る。宣伝課に配属された雄一は、藤原課長(藤岡琢也)のもと同期入社の小山(小鹿敦)や大島昌子(岡田可愛)と会社に出入りする大学時代からの悪友で旅行代理店・世界航空社長の青大将こと石山(田中邦衛)らと楽しく再会を祝うのだった。雄一が再び出逢った節子に目をつけた青大将は猛烈にアタックをし始め、雄一にはモデルの朝吹マリ(中山麻里)が言い寄る始末。一方、実家の鋤焼き屋・田能久でも父親(有島一郎)が支店をおろそかにして女性にのめりこんでいることにおばあちゃん(飯田蝶子)や妹と大学時代からの親友の江口の夫婦(中真千子、江原達怡)らは怒り心頭である。そんな折、ニュージーランドでのライバル会社の攻勢に対抗するため雄一は、肉の買い付けのために同行する江口とともにニュージーランドに飛ぶことになった。そんな雄一を追って節子も、また節子について青大将もニュージーランドに赴くのだった。

ニュージーランドの若大将ニュージーランドの若大将
有島一郎、加山雄三                 藤岡琢也、加山雄三

題名:ニュージーランドの若大将
監督:福田純
製作:藤本真澄、大森幹彦
脚本:田波靖男
撮影:宇野晋作
照明:佐藤幸次郎
録音:田中信行
整音:下永尚
美術:育野重一
大道具:高橋昭治
小道具:杉本茂、田代昭男、高津幸一
装置:蜷川修治
電飾:山口清
衣裳:田辺城三
結髪:上田美穂子
記録:小林孝子
編集:岩下広一
音楽:広瀬健次郎 主題歌:加山雄三「ニュージーランド若大将」「氷河の上を」
現像:東京現像所
製作担当:橋本利明
製作進行:西川紀之
演技事務:衣川一夫
監督助手:大森健次郎
監督助手:橋本幸治、今村一平
撮影助手:伊地智昭亘、五十畑幸勇、中尾成雄、関口芳則
照明助手:荒井定邦、村上修一、兼田晴雄、山口正春、斉藤進、増田勲、三上鴻平、山崎惣一郎
録音助手:大庭弘、金田清俊、川島洋次、里埜厚郎
美術助手:小方一男、本田清方、櫻木晶
宣伝:中須英男
協力:パンアメリカン航空、日産自動車
スチール:橋山直己
出演:加山雄三、酒井和歌子、田中邦衛、有島一郎、江原達怡、佐野周二、藤岡琢也、岡田可愛、小鹿敦、中山麻理、飯田蝶子、中真千子、うつみみどり、なべおさみ、ジェシカ・ピーターズ、コロンビア・トップ・ライト
1969年日本・東宝/東宝スコープ(シネスコサイズ)・カラー85分35mmフィルム
ニュージーランドの若大将 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

ニュージーランドの若大将ニュージーランドの若大将
酒井和歌子                     酒井和歌子、加山雄三

映画「黒部の太陽」


「黒部の太陽」三船敏郎

三船敏郎                                                   石原裕次郎

今回は熊井啓監督1968年公開「黒部の太陽」をピックアップする。
本作は、1962年に日活から独立し石原プロモーションを設立した石原裕次郎さんと1964年に東宝から独立し三船プロダクションを設立した三船敏郎さんの独立プロ二社の共同制作と劇団民藝の全面協力を得て1年以上の撮影期間を経て作られた。
電力会社やその下請け・関連企業に大量のチケットを購入して貰い観客動員に成功し、1968年の日本映画配給収入第1位(約16億円)、観客動員数は約730万人を獲得したそうだ。また本作の版権は石原プロモーションが所有し、石原裕次郎さんの遺言「映画館の大迫力の画面・音声で見て欲しい」で永らくビデオ化されていなかった。
(石原プロモーション創立50周年の2013年3月にDVD、Blu-ray版が発売)


「黒部の太陽」石原裕次郎

樫山文枝                                                                高峰三枝子

三船敏郎、日色ともゑ                                           宇野重吉、寺尾聰

【ストリー】
関西電力は黒部川上流に第四発電所を建設するため、太田垣社長(滝沢修)総指揮のもとに社運をかけて黒四ダム工事に当たることになった。間組の国木田(加藤武)と熊谷組の下請会社の岩岡源三(辰巳柳太郎)は、ともに現場責任者の北川(三船敏郎)を訪れ、ダム工事の難しさを知らされた。源三の息子剛(石原裕次郎)は、トンネル掘りのためにどんな犠牲も省りみない源三に反抗し、家を出て設計技師として図面をひいていた。国木田はそんな剛と、北川の長女由紀(樫山文枝)と見合いさせようと提案して、源三を驚かした。昭和31年8月、世紀の大工事といわれた黒四工事は、大自然との闘いの火蓋を切った。9月に入って剛は偶然、由紀と会い、親しさを増していったが、彼女が父の北川の身を心配するのを見て、源三の様子を見に黒部に向った。源三はめっきりと体が弱くなっていた。北川の黒四にかける熱意にほだされた剛は父に代ってトンネル掘りの指揮をとることになった。こうして工事が始って半年、犠牲者はすでに16人を数え、難工事であることが現場の人たちに不安を抱かせ始めた。翌年の4月、北川たちが恐れていた事態が起った。軟弱な花岡岩帯にぶつかったのだ。5月に入ってすぐ、山崩れと大量の水がトンネルを襲った。この危機を切り抜けるため、色々な技術プランが検討されたが、工事は一向に進まなかった。そんな折りも折り、北川は次女の牧子(日色ともゑ)が白血病にかかって入院し、生命はあと一年と知らされたが、大仕事をかかえているので、娘のそばについているわけにはいかなかった。現場は労務者が一人、二人と去っていく状態で、彼らの士気は上らなかった。一方、太田垣はあらゆる手を尽して危機を乗り切るため莫大な金を投入、技術陣の科学的な処置と、北川や源三たちの努力が実を結び、その年の12月、ついに難所を突破。翌年11月、剛は由紀と結婚した。そして2月、北アルプスを抜いてトンネルが開通した。その瞬間を躍り上って喜ぶ労務者たちの中で、北川は牧子の死を知らせる電報に接し、激しく慟哭した。昭和38年3月、黒四ダムは多数の犠牲を出して完成した。その日はちょうど北川の停年退職の日であったが、北川や剛たちはダムの偉容に、無限の感動を覚えていた。


黒部の太陽

トンネル工事のシーンは、愛知県豊川市の熊谷組の工場内に再現セットが作られた。出水を再現する420トンの水タンクがあり、切羽(トンネル掘削の最先端箇所)の奥から、多量の水が噴出するシーン(上画像)では水槽のゲートが開かれると、10秒で420トンの水が流れ出し、俳優もスタッフも本気で逃げたそうだ。


辰巳柳太郎、武藤章生                                                佐野周二

題名:黒部の太陽
監督:熊井啓
企画:中井景
製作:三船敏郎、石原裕次郎
原作:木本正次「黒部の太陽」
脚本:井手雅人、熊井啓
撮影:金宇満司
照明:平田光治
録音:安田哲男、紅谷愃一
音効:杉崎友治郎
美術:平川透徹、山崎正夫、小林正義
編集:丹治睦夫
音楽:黛敏郎
現像:東洋現像所
製作補佐:銭谷功、小林正彦
製作担当:知久秀男
助監督:片桐直樹
色彩計測:宮崎秀雄
特別技術指導:熊谷組、笹島建設
協力:関西電力、間組、鹿島建設、熊谷組、大成建設、佐藤工業
スチール:飯高鋼
出演:三船敏郎、石原裕次郎、辰巳柳太郎、滝沢修、宇野重吉、寺尾聰、樫山文枝、日色ともゑ、川口晶、高峰三枝子、北林谷栄、二谷英明、山内明、志村喬、加藤武、大滝秀治、佐野周二、芦田伸介、岡田英次、鈴木瑞穂、下川辰平、下條正巳、佐野浅夫、清水将夫、武藤章生
1968年日本・三船プロダクション+石原プロモーション/シネスコサイズ・カラー196分35mmフィルム
黒部の太陽 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


黒部ダム

映画「悲愁物語」


原田芳雄                             白木葉子

今回は鈴木清順監督1977年製作「悲愁物語」をピックアップする。
鈴木清順監督が日活との訴訟の為に10年ぶりに制作した本作は、梶原一騎氏の原作を大和屋竺氏が脚色した。
2018年10月に惜しくも急逝した江波杏子さんの怪演が素晴らしい作品である。

【三協映画】
「巨人の星」「あしたのジョー」に代表されるスポ根漫画の原作者として知られる梶原一騎氏は映画『愛と誠(1976年)』の成功によって自身の興行的または文芸的欲望を満たすものとして映画製作会社を設立する。テレビアニメ黎明期より東京ムービーを立ち上げ、梶原一騎原作漫画の「巨人の星」や「あしたのジョー」といったアニメを手がけた藤岡豊氏。そして日活から石原プロモーションの映画のプロデューサーとなり、TV版「愛と誠」を手掛けた川野泰彦氏。異なる三つの世界の製作者が”三人で協力する”ものして命名されたのが”三協映画”であり、映画については、1976年公開の「愛と誠・完結篇」から「紅蓮華」1981年公開の「リトルチャンピオン」までに11作品を制作した。
(ウィキペディア参照)


「悲愁物語」江波杏子

岡田眞澄                                佐野周二

【ストリー】
女子体操競技で世界中を熱狂させたチェブルスカをライバル社の極東レーヨンにさらわれた日栄レーヨン社長の井上(仲谷昇)は、対抗馬のタレント発見を急ぐよう命令する。企画室長の森(玉川伊佐男)や広告代理店の田所(岡田眞澄)は、若くてプロポーション抜群のプロゴルファー・桜庭れい子(白木葉子)の起用を決定。れい子をまずなんと言っても、女子プロゴルフ界のチャンピオンにしなければと、雑誌「パワーゴルフ」の編集長でれい子の恋人でもある三宅(原田芳雄)に特訓をたのむ。れい子のハード・トレーニングが昼夜続き、れい子はその特訓に耐え、全日本女子プロゴルフ選手権に優勝。れい子の人気は、爆発し、日栄レーヨンのポスターは店頭からまたたくまになくなった。れい子は、日栄レーヨンと専属タレント契約を結び、3,000万円を手にする。れい子は、弟・純(水野哲)といっしょに郊外に大邸宅を構え、テレビのホステスにも起用された。しかし、れい子の家の近所の主婦たちの憧れは、しだいにドス黒い嫉妬へと変っていった。多忙なれい子の唯一の心のやすらぎは、三宅の胸に抱かれている時だけであった。そんなある日、三宅とれい子の乗った車に近所の主婦、仙波加世(江波杏子)ははねられてしまった。実は、れい子に嫉妬した加世が自分から車に飛び込んだのだが、二人はそうとは知らずその場を逃げてしまった。罪の意識におののくれい子の前に加世が現れ、彼女は大スターであるれい子の弱味をにぎったせいか、それ以来、れい子をメイドのように酷使した。あろうことかそのうえ、加世はれい子に自分の亭主(小池朝雄)に抱かれることを命じた。それを知ったれい子の弟・純の怒りが爆発した。純のナイフが、加世の背中から胸を貫いた。そして、寝室にとびこんだ純は、血まみれのナイフをれい子の乳房に突き刺した。れい子の美しい死顔には、何故かやすらぎが漂っていた。


「悲愁物語」白木葉子

「悲愁物語」白木葉子

江波杏子、左時枝、千代恵            原田芳雄、小池朝雄

宍戸錠                          仲谷昇

野呂圭介                        江波杏子

題名:悲愁物語
監督:鈴木清順
製作:梶原一騎、藤岡豊、川野泰彦、浅田健三、野村芳樹
原案:梶原一騎
脚本:大和屋竺
撮影:森勝
照明:小林秀之
録音:大橋鉄矢
美術:菊川芳江
配役:西岡昭
記録:津田のり子
編集:鈴木晄
音楽:三保敬太郎、主題歌:とみたいちろう「戻っておくれ」
フィルム:イーストマンコダック
現像:東映化学
製作補佐:島田十九八
製作担当:秋田一郎
製作宣伝:東京プランニング
助監督:斉藤信幸
色彩計測:田村輝行
スチール:大輪真之
出演:原田芳雄、白木葉子、江波杏子、佐野周二、岡田眞澄、和田浩治、仲谷昇、小池朝雄、玉川伊佐男、左時枝、千代恵、葦原邦子、野呂圭介、水野哲、石井くに子、宍戸錠
1977年日本・三協映画+松竹/シネスコサイズ・カラー93分35mmフィルム
悲愁物語 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


江波杏子、原田芳雄                         悲愁物語

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