映画「海女の戦慄」


前田通子                                            前田通子、天城竜太郎

今回は志村敏夫監督1957年製作「海女の戦慄」をピックアップする。
新東宝の看板スター前田通子さんは、1956~57年の2年間で20本の作品に出演し、”戦後のグラマー女優第1号”と呼ばれ一躍スターダムへ邁進した。その後に山本富士子さん、田宮二郎さんと共に映画会社の”五社協定”の最大の犠牲者としても知られる。


前田通子、三ツ矢歌子               万里昌子、三ツ矢歌子

【ストリー】
ミス海女に選ばれたチエ(三ツ矢歌子)は、雑誌社の座談会に出席するため海女のユキ(万里昌子)と上京したのだが、一泊の予定が5日たっても帰って来ない。そんなある日、「いかり亭」に高級車が止まり、紳士姿の木島(九重京司)と人相の悪い三人連れが降り立った。それから数日後、岩礁地帯の沖合に傷だらけのユキの海女姿になった溺死体が浮上った。そこへ風来坊と称する船員風の男俊介(天城竜太郎)が「いかり亭」に投宿した。彼はユキの溺死の謎について深い関心を寄せ、チエの姉ヨシ(前田通子)にくわしい話を聞くのであった。ヨシは、無口で優しい俊介が好きになった。その頃、無人島のかげの舟上で、海女姿のチエが、木島たちに魔の海に強引に潜り込まされようとしていた。数日前、ユキはこれを拒んだために殺されたのだ。海底には駆潜艇の残骸が黒々と横たわっている。この駆潜艇には、戦時中民間から徴発したダイヤモンドが秘められているのだ。--一方、俊介は木島一味が根拠地としている洞窟を度々探っていた。彼は実は刑事だったのだ。とある日ヨシが捕えられてしまった。ヨシは、チエを人質にダイヤモンドの探索を強制され、彼女の手でその箱が舟上に揚げられると、木島たちはヨシとチエを殺そうとした。その時、洋上に巡視艇が現われ、俊介たちと木島との間に激しい拳銃戦が展開されたが、ついに木島たちは全員斃され、ヨシやチエは危く救われた。

題名:海女の戦慄
監督:志村敏夫
企画:小野沢寛
原案:志賀弘
脚本:内田弘三、坂倉英一
撮影:岡戸嘉外
照明:関川次郎
録音:片岡造
美術:朝生治男
編集:金子半三郎
音楽:レイモンド服部
製作主任:川田信義
助監督:渡辺祐介
出演:前田通子、天城竜太郎、三原葉子、吉田輝雄、三ツ矢歌子、松本朝夫、桂京子、万里昌子、林寛、有田淳子、小倉繁、長谷川恵子
1957年日本・新東宝/スタンダードサイズ・モノクロ73分35mmフィルム
海女の戦慄 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


海女の戦慄

映画「明治天皇と日露大戦争」


嵐寛寿郎

今回は渡辺邦男監督1957年製作「明治天皇と日露大戦争」をピックアップする。
本作は、2001年にアニメ映画「千と千尋の神隠し」が2,300万人の記録を打ち立てるまで 約44年間 日本映画の最大のヒット(動員数2,200万人)だった。製作に2億円を掛け、明治天皇を登場人物にするタブーに初めて踏み込み、日露戦争をテーマにした巨編で興行収入8億円を得た。
撮影はシネスコレンズを付けたキャメラと標準レンズを付けたキャメラの2台を並べて同時撮影が行われ、「シネスコ版」と「スタンダード版」の二種類が作られ、劇場に映写用シネスコレンズがない状況に対応した。またシネマスコープサイズ(1:2.35)は、フランスの”シネパノラミック方式を大シネスコ”=新東宝スコープと称した。1957年は、東映が”東映スコープ”、日活が”日活スコープ”、東宝が”東宝スコープ”、松竹が”松竹グランドスコープ”、大映が”大映スコープ”と称し、日本の映画撮影所で採用されたのである。

【ストリー】
明治37年、ロシヤの極東侵略政策に脅威を感じた日本は、日露交渉によって事態を収めようとしたが、ロシヤ側の誠意のない態度に国内は、自衛のためロシヤを討つべしとの声が高まり、それまで開戦の国民生活に与える影響を考え慎重だった明治天皇もついに開戦のご英断を下された。かくて連合艦隊に護送されたわが陸軍は仁川に上陸を敢行し、一路満洲へと進撃を開始した。一方海軍は、旅順港にある敵艦隊を封鎖し日本海の制海権を握らんとして決死隊を編成、第一次、第二次と相次ぐ閉塞決行に遂に成功したが広瀬少佐、杉野兵曹長はじめ多くの勇士が壮烈な戦死をとげた。次いで黄海大海戦での勝利。この海軍の目覚しい活躍と同様、陸軍数10万の将兵は大陸の奥深く敵を蹴散らしていたが、敵将ステッセルの守る旅順要塞は、攻撃司令官乃木将軍以下必死の攻撃にもかかわらず噂通り難攻不落を誇っていた。乃木将軍の長男もここで戦死した。第一回の総攻撃は、新兵器機関銃の出現に15,000人の犠牲者を出して失敗に終った。一方、大山元帥が率いる他の軍団は遼陽総攻撃を行い、関谷連隊長、橘少佐を失うが、これを占領した。この間旅順要塞への攻撃は休みなく続けられ、ことに11月3日天長節を迎えて乃木第三軍は要衝203高地攻撃を決行、一時は奪取したが後続部隊が続かず、遂に乃木将軍の二男保典をはじめ全員戦死した。だが激闘幾度、38年1月遂に203高地は陥落し、ステッセルは旅順を開け渡した。続く奉天の大会戦に露軍も30万の兵を動員したが、我軍必死の猛攻に、3月10日遂に奉天入城は達成された。一方、バルチック艦隊と、東郷司令官率いる連合艦隊は対馬海峡で接触、海戦史上初の180度転回作戦によって敵艦隊を全滅した。--勝利を祝う提灯行列と万歳の声を陛下は何時までも飽かずに見守っておられた。


田崎潤

題名:明治天皇と日露大戦争
監督:渡辺邦男
企画:野坂和馬
製作総指揮:大蔵貢
原作:渡辺邦男
脚本:館岡謙之助
撮影:渡邊孝(シネマスコープ版)、西本正(スタンダード版)
特殊撮影:上村貞夫、黒田武一郎
応援監督:毛利正樹
照明:佐藤快哉
録音:鈴木勇
音響:宮原是二郎
音効:橋村義雄
美術:梶由造、黒沢治安
大道具:山野由蔵
小道具:吉岡長一郎
装飾:吉岡弘司
電飾:笠原一隆
背景:村上練三郎
化粧:佐藤末雄
衣装:新井喜一
記録:菱田和子
編集:永田紳
音楽:鈴木静一
フィルム:イーストマンコダック
現像:東洋現像所
製作主任:川口倫二
演技事務:兵藤健二
撮影助手:森田守
色温度測定:小林寛
シネスコ技術:宇田五十六
照明助手:岡庭正隆
録音助手:竹口一雄
美術助手:向坂不蓋夫
スチール:西崎新
出演:嵐寛寿郎、阿部九洲男、高田稔、田崎潤、丹波哲郎、天城竜太郎、宇津井健、高島忠夫、中山昭二、小笠原竜三郎、武村新、藤田進、岬洋二、江川宇禮雄、廣瀬恒美、原文雄、信夫英一、芝田新
1957年日本・新東宝/新東宝スコープ(シネスコサイズ)・カラー113分35mmフィルム
明治天皇と日露大戦争 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


明治天皇と日露大戦争


【出演者】

明治天皇:嵐寛寿郎
伊藤博文(元老・枢府議長):阿部九洲男
山県有朋(元老・元帥後に参謀総長):高田稔
松山正義(元老):武村新
井上馨(元老):藤田進
桂首相(陸軍大将):岬洋二
山本海相(海軍大将):江川宇禮雄
寺内陸相(陸軍大将):広瀬恒美
小村外相:原文雄
曾禰蔵相:倉橋宏明
大山元帥(参謀総長、後に満州軍総司令官):信夫英一
児玉大将(参謀次長、後に満州軍総参謀長):芝田新
伊東大将(軍令部長):中村彰
伊集院中将(軍令部次長):沼田曜一
長岡少将(後に参謀次長):広瀬康治
東郷中将(連合艦隊司令長官後に大将):田崎潤
上村中将(第二艦隊司令長官):鳥羽陽之助
片岡中将(第三艦隊司令長官):小森敏
島村少将(連合艦隊参謀長後に司令官):丹波哲郎
秋山大佐(連合艦隊参謀):明智十三郎
加藤少将(後に連合艦隊参謀長):天城竜太郎
藤井大佐(第二艦隊参謀長):小笠原竜三郎
瓜生少将(第二艦隊司令官):浪野幹雄
広瀬少佐(旅順閉塞隊指揮官):宇津井健
有馬中佐(旅順閉塞総指揮官):岡竜弘
杉野一等兵(旅順閉塞隊員):有馬新二
成川大佐(信濃丸艦長):加藤章
三笠の参謀A:若月輝夫
三笠の参謀B:沢井三郎
三笠の測定員:千葉徹
三笠の観測員:国方伝
三笠の砲手:高村洋三
三笠の分隊長:菊地双三郎
乃木大将(第三軍司令官):林寛
乃木保典(乃木大将次男):高島忠夫
伊知地少将(第三軍参謀長):中山昭二
山岡少佐(第三軍参謀、軍使):江見渉
橘少佐(静岡連隊):若山富三郎
内田軍曹(静岡連隊):鮎川浩
関谷連隊長(静岡連隊):大谷友彦
中山少尉(静岡連隊):明日香実
吉岡少佐(第三軍高級副官):泉田洋志
大島中将(第三軍師団長):国創典
白井参謀(第三軍師団長):村山京司
砲兵隊長:白川晶雄
砲兵古兵:西一樹
砲兵大砲:舟橋元
伝令:池月正
近衛兵A:和田孝
近衛兵B:小高まさる
近衛兵C:御木本伸介
出征兵士:松本朝夫
戸水博士:龍崎一郎
小野塚博士:高松政雄
青年:杉山弘太郎
老紳士:横山運平
代議士:天知茂
岡沢侍従長:細川俊夫
日野侍従:三原純
ステッセル(旅順要塞司令官):サベル・ジャミール
ロゼストウェンスキー(バルチック艦隊提督):ジャック・アルテンバイ
川上俊彦(外務省書記官、通訳)