映画「雁」


「雁」若尾文子

若尾文子                              小沢栄太郎

今回は池広一夫監督1966年製作「雁」をピックアップする。
本作は、1953年に同じ大映で豊田四郎監督が高峰秀子さん主演で製作した森鶴外の原作「雁」のリメイクになる。若尾文子さんが実に美しい。


山本学                                山岡久乃

【ストリー】
口入屋おさん(武智豊子)はお玉(若尾文子)に妾になれとしきりに勧めていた。お玉には嫌なことだったが一度男に騙されて傷物になった身だし、貧乏暮しの父親善吉(伊井友三郎)に対する孝行かもしれないと思って承知した。旦那の末造(小沢栄太郎)は大きな呉服屋の主人で女房に死なれたから、お玉は本妻同様ということだった。末造は優しくしてくれたし、善吉の面倒もよくみてくれた。無緑坂に住むようになったお玉は幸せだと思うようになった。だが長くは続かなかった。商店では妾呼ばわりされて売ってもらえないし、末造の本妻(山岡久乃)は死んではいなかったのだ。善吉は、今の良い生活を捨てたくないので騙されたのに黙っていた。お玉は自分が暗い、惨めな日陰者だということをしみじみ感じるのだった。ぼんやりと外を眺めて暮す日が多くなった。ある日、毎日同じ時刻に無緑坂を通る学生が蛇に襲われたお玉の紅雀を助けてくれた。お玉は紅雀が自分のような気がした。岡田(山本学)というその学生に明るく広い世界へ紅雀のように救い出してもらいたかった。そんな期待と共に、お玉は岡田にほのかな想いをいだきはじめた。そして何とか小鳥のお礼をいい、自分の境遇を話したかったが機会はなかった。毎日無縁坂を通る岡田を見ているばかりだった。ある日、末造が商用で家に来ないとわかった。お玉は女中(姿美千子)を帰し、いそいそと食事の仕事をして、岡田が通るのを門の前で待っていた。だがその日の岡田は友だちを連れていた。二人の話しではドイツ留学が決まったらしい。お玉は声をかけることもできないほどがっかりしてしまった。岡田はお玉の切ない気持ちがわかったがどうしようもなかった。静かな夕暮れの無線坂を岡田は去っていった。その時、不忍池から一羽の雁が飛び立った。お玉はじっと立ちつくしていた。無縁坂で会った二人は、しょせん縁の無い人間だったのだ。


「雁」若尾文子

藤原礼子、若尾文子。姿美千子、水戸光子 小沢栄太郎、武智豊子、伊井友三郎、若尾文子

題名:雁
監督:池広一夫
企画:仲野和正
原作:森鴎外
脚本:成澤昌茂
撮影:宗川信夫
照明:田熊源太郎
録音:三枝康徐
美術:仲美喜雄
編集:中静達治
音楽:池野成
製作主任:林秀樹
助監督:岡崎明
スチール:柳沢英雄
出演:若尾文子、小沢栄太郎、山本学、姿美千子、山岡久乃、水戸光子、藤原礼子、伊井友三郎、井川比佐志、石黒三郎、武智豊子、篠田三郎(デビュー作)
1966年日本・大映/シネスコサイズ・モノクロ87分35mmフィルム
雁(1966)-DVD-
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山本学、若尾文子

映画「大怪獣ガメラ」


大怪獣ガメラ

今回は大怪獣ガメラ・シリーズ第1作、湯浅憲明監督1965年製作「大怪獣ガメラ」をピックアップする。
特技監督に円谷英二氏を擁する東宝の「ゴジラ(1954年~)」 に続けと、日活は「大巨獣ガッパ(1967年/野口晴康監督)」松竹は「宇宙怪獣ギララ(1967年二本松嘉瑞監督)」東映は「怪竜大決戦(1966年/山内鉄也監督)」が追従した。そして大映が、原爆で目覚めるという “ゴジラ” そのままの設定で本作を製作した。その”ガメラ”の名付け親は、当時の大映社長・永田雅一氏だったそうだ。

製作の経緯は「宇宙人東京に現わる」「鯨神(1962年/田中徳三監督)」「秦・始皇帝(1962年/田中重雄監督)」などを大映が特撮作品を既に作っていた事から “怪獣映画” を目指し、巨大化したネズミが群れをなして東京を襲うというプロットで「大群獣ネズラ」を1963年に企画した。しかし、この作品は撮影の為に大量に集められたネズミからノミやダニなどが発生する等して深刻な衛生上の問題を引き起こした為に撮影は中断され、そのまま制作中止に至った。そして永田雅一氏の一声で、次なる怪獣映画企画としてシリーズ唯一のモノクロ作品「大怪獣ガメラ」が製作される事になり、ガメラの登場する映画は、1971年に大映が倒産するまでに7本が制作された。


山下洵一郎                                                  霧立はるみ、船越英二

【ストリー】
北極海上空で、国籍不明機が米国戦闘機によって撃墜された。落ちた飛行機は原爆を搭載していたため、恐しいキノコ雲が上空をおおった。そして、このショックで、地下で冬眠を続けていたといわれるイヌイット伝説の怪獣ガメラが眼をさまし、地上に甦えってしまった。やがて、この海ガメに似た怪獣ガメラは日本に上陸し、まず北海道の北端にある岬に姿を現し、灯台をふみ倒した。しかし、ガメラは逃げ遅れた灯台守の子俊夫(内田喜郎)をふみ殺そうとはせずそっと救けて、親のもとに帰した。それ以来動物好きの俊夫はすっかりガメラのファンになってしまった。一方地熱や石油などの炎を好むガメラは同じ北海道にある地熱発電所に向った。ガメラの侵入を防ごうとする自衛隊は、数万ボルトの高圧電流を仕かけたが、ガメラには一向に通じず、地底から吹きあげる炎をうまそうに吸いこんだガメラは、ますます勢いをまして暴れまわった。動物学者日高(船越英二)が提案した冷凍作戦も無為に終り、遂にガメラは東京にやってきて、猛威をふるった。これを知った全世界の科学者が続々と東京に集りガメラ防衛対策本部が設置された。連日会議は続き、その結果最終的結論として、Zプラン採用が決定した。Zプランは着々と実行に移され、まずガメラをZプラン遂行の唯一の場大島に導きいれるため、東京湾から大島まで長い石油の帯がしかれ点火された。炎が好物なガメラは炎をつたって大島に近づいた。が、大島に着く寸前火は強烈な風雨のため、石油がちり消えてしまった。だが無念がる日高ら世界の科学者たちの前で三原山が爆発したのだ。ガメラはまたこの火におびきよせられ遂に大島に上陸した。Zプランはただちに遂行された。炎をおとりに、ガメラを地下にすえつけたロケットの最前部におびきよせ、そのままガメラをロケット内にとじこめ、火星にむけてロケットを発射したのだ。ガメラ撃退に成功し喜び騒ぐ世界の科学者たちをよそに、俊夫はガメラを乗せたまま夜空にすいこまれていくロケットをいつまでもいつまでも見送っていた。

題名:大怪獣ガメラ
監督:湯浅憲明
企画:斎藤米二郎
ガメラデザイン:井上章、八木正夫
脚本:高橋二三
撮影:宗川信夫
特撮:築地米三郎
照明:伊藤幸夫
特撮照明:石坂守
録音:渡辺利一
美術:井上章
特撮美術:井上章
操演:関谷治雄
造形:八木正夫、八木宏
光学作画:飯塚定雄
合成:藤井和文
音楽:山内正
編集:中静達治
製作主任:上嶋博明
監督助手:阿部志馬
特撮製作主任:川村清
特撮助監督:石田潔
造形助手:村瀬継蔵、開米栄三
スチール:沓掛恒一
出演:船越英二、姿美千子、霧立はるみ、山下洵一郎 、北原義郎、内田喜郎、内田喜郎、浜村純、吉田義夫、左卜全、北城寿太郎
1965年日本・大映/シネスコサイズ・モノクロ79分35mmフィルム
大怪獣ガメラ -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


船越英二、山下洵一郎、霧立はるみ