映画「夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース」

伊勢佐木町ブルース伊勢佐木町ブルース
梅宮辰夫                        宮園純子

今回は村山新治監督1968年製作「夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース」をピックアップする。
本作は、青江三奈さんのヒット曲「伊勢佐木町ブルース」を基に作られた”夜の歌謡シリーズ”第4作である。他には森進一さんのヒット曲「命かれても(1968年/監督:鷹森立一)」「おんな(1969年/監督:鷹森立一)」青江三奈さんのヒット曲「長崎ブルース(1969年/監督:鷹森立一)」「悪党ブルース(1969年/監督:鷹森立一)」ぴんからトリオのヒット曲「女のみち(1973年/監督:山口和彦)」八代亜紀さんのヒット曲「なみだ恋(1973年/監督:斎藤武市)」などが作られた。

【追記・訃報】
映画「仁義なき戦い」シリーズなどで知られる俳優の梅宮辰夫さんが2019年12月12日午前7時40分、神奈川県内の病院で亡くなった。享年81。死因は慢性腎不全だった。

梅宮辰夫さんが言い残したこと

芸能界というのは「大衆から常に憧れる世界でならなければならない」というのが持論だった梅宮さんにとって〝平成〟という時代の芸能界は歯がゆさだけが残った。「もう〝令和〟の芸能界なんかには期待していない。俺のいた芸能界からは、もっともっと距離が離れていくだろうな」 さらに「今さら懐かしむわけじゃないけどね」としながらも「今とは比べられないほど個性的で、しかも格好のいい素敵な映画スターが多かった。そんな時代のことを語ると古いって言われるかもしれないけど、これは、やっぱり映画からテレビの時代になっちゃったのかもしれないね。ほとんどの俳優というか芸能人が、それこそテレビCMのために存在しているようになっちゃったってことだよ。みんな商品の宣伝のために出ている…それこそ薬品とか化粧品とかね、もちろん、それが悪いって言っているわけじゃないけど、宣伝ばかりやっているような、そんな連中がゴロゴロしてきちゃってね、本当、つまらない世界になっちゃったってことなんだよ、そうとは思わないか?」

伊勢佐木町ブルース伊勢佐木町ブルース
清水まゆみ                       吉田輝雄

【ストリー】
宮田(梅宮辰夫)は、バーやキャバレー新開店の諸準備を請負うオープン屋をしていた。土地成金の大倉(伴淳三郎)は、宮田に1,500万円でバー開店を依頼した。ただし、ママになる女を二号にしたいとの条件つきだった。二つ返事で引受けた宮田は伊勢佐木町裏のバーを買収し、酒場のホステスれい子(宮園純子)を強引に口説き落とした。バー「れい子」の開店日は大盛況だった。その日、大倉は希望に胸ふくらませてれい子を誘惑した。だが、二号話を聞かされていなかったれい子に、にべもなく断られてしまった。怒りを心頭に発した大倉は、愚連隊を雇い、宮田に迫った。宮田は、いつもの調子よさで、自分に熱を上げているホステスの房子(清水まゆみ)を、ホテルに待たせてある大倉に送った。その夜、宮田は、刑務所から出たばかりの竹村(吉田輝雄)がれい子と情事にふけっているのを見て愕然とした。竹村は、れい子をヒモとして、ふたたび昔の生活を始めようとしていた。宮田は、れい子が自分には欠かせぬ女であることを悟った。竹村は200万円の代償を請求した。金策に困った宮田は、女実業家笹井(山口洋子)に委託されたクラブのオープンを引受け、ママにれい子を推薦した。だが、れい子引抜きを怒った大倉が、宮田の行手に待っていた。愚連隊に襲われ、200万円を奪われた宮田の話を聞いた竹村は、大倉から金を取戻した。しかし、そこにはれい子をふたたび大倉のバーに戻すという契約がなされていた。房子からこの話を聞いた宮田は、れい子をバーテン小滝(佐々木功)に預けると竹村と対決した。この事件により竹村は刑務所に逆戻り、宮田は大倉に200万円を渡し、れい子の移籍を了承させた。宮田とれい子の間の障害は消えさった。だが、れい子は小滝との結婚を打明けるのだった。宮田を慕い、彼のために大倉に身を任せた房子の献身が、れい子に全てを諦めさせたのだ。それから間もなく、泥酔した宮田と寄添う房子の姿が波止場に消えていった。

伊勢佐木町ブルース伊勢佐木町ブルース
伴淳三郎                        青江三奈

題名:夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース
監督:村山新治
企画:園田実彦、扇沢要
脚本:舟橋和郎
撮影:星島一郎
照明:銀屋謙蔵
録音:内田陽造
美術:中村修一郎
装置:加藤勇次
装飾:佐藤善昭
記録:高津省子
編集:田中修
音楽:鏑木創 主題歌:青江三奈「伊勢佐木町ブルース」「酒場人形」
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
進行主任:阿部征司
助監督:伊藤俊也
スチール:加藤光男
出演:梅宮辰夫、宮園純子、青江三奈、清水まゆみ、吉田輝雄、伴淳三郎、佐々木功、南原宏治、高毬子、山口洋子、大泉滉、紙京子、和田みどり、伊藤慶子、小松方正、小林稔侍、相馬剛三
1968年日本・東映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー87分35mmフィルム
夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

伊勢佐木町ブルース伊勢佐木町ブルース
清水まゆみ、宮園純子                夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース
伊勢佐木町ブルース

映画「帰らざる日々」

帰らざる日々帰らざる日々
江藤潤                          水島敏行

今回は藤田敏八監督1978年製作「帰らざる日々」をピックアップする。
本作は、中岡京平氏の第三回城戸賞受賞作「夏の栄光」の映画化したもので、長期間にわたり長野県飯田市でロケーション撮影が行われた。劇中、映画を見るシーンで1971年製作の東映「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」の高倉健さんと池部良さんが出演している。一部とは言え、日活映画で東映映画を見たのは始めてだが、その作品で日活専属俳優だった松原智恵子さんを東映に貸したからだったのだろうか。ちなみに松原智恵子さんは、1971年に日活の一般映画制作中断によりフリーになっている。

帰らざる日々帰らざる日々
浅野真弓                        竹田かほり

【ストリー】
早朝の新宿駅。飯田行き急行に乗りこむ野崎辰雄(永島敏行)の姿があった。父・文雄(草薙幸二郎)の突然の死が作家を志していた辰雄に6年振りの帰郷を促したのである。1972年、夏、辰雄の母、加代(朝丘雪路)は若い女のもとに走った夫、文雄と別居し母一人子一人の生活を送っていた。高校3年だった辰雄は溜り場の喫茶店の真紀子(浅野真弓)に思いをよせていた。そんな辰雄の前に真紀子と親しげな同じ高校の隆三(江藤潤)が現われた。マラソン大会があった日、辰雄は隆三に挑んだが、デッドヒートのすえ、かわされてしまう。数日後、辰雄の気持を知った隆三は、辰雄をからかうが、隆三と真紀子がいとこ同志とも知らず、むきになる辰雄に隆三は次第に好意を持つのである。卒業後、東京に出ようと思う辰雄、学校をやめて競輪学校に入る夢を持つ隆三、そして真紀子の三人は徐々に友情を深めていく。夏休み、盆踊りのあった晩、辰雄と隆三は真紀子が中村(中尾彬)という妻のいる男と交際しており、既に子供を宿していると知らされ、裏切られた気持で夜の街を彷徨い歩くのであった。翌日、二日酔でアルバイトをしていると、隆三が足に大怪我を負ってしまった。競輪への夢も終りである……。飯田に近づくと、辰雄は見送りに来ていた螢子(根岸とし江)が列車に乗っているのを見つけた。それは彼の母に会いたい一心の行為であり結局辰雄は螢子を連れていくことに決める。飯田に着くと、父は、隆三の運転する車で轢死したことを知らされる。隆三も重傷を負っており、昏睡状態の彼を前に、辰雄は6年前の苦い思い出を噛締めるのである。父の葬儀の夜、真紀子が北海道に渡ったことを知らされる。翌朝、かつて隆三と走った道を歯を食い締って走る辰雄と、その後を自転車で追う螢子の姿があった。

帰らざる日々帰らざる日々
根岸とし江                      朝丘雪路、中村敦夫、水島敏行

題名:帰らざる日々
監督:藤田敏八
企画:佐々木志郎、進藤貴美男
製作:岡田裕
原作:中岡京平「夏の栄光」
脚本:藤田敏八、中岡京平
撮影:前田米造
照明:新川真
録音:橋本文雄
美術:渡辺平八郎
擬斗:田畑善彦
編集:井上治
音楽:石川鷹彦 主題歌:アリス「帰らざる日々」
現像:東洋現像所
製作担当:岩見良二
助監督:上垣保朗、根岸吉太郎
色彩計測:鈴木耕一
スチール:井本俊康
出演:江藤潤、水島敏行、浅野真弓、竹田かほり、朝丘雪路、根岸とし江、吉行和子、中尾彬、中村敦夫、草薙幸二郎、加山麗子、丹波義隆、阿部敏郎、矢野宣、日夏たより、小松方正、成瀬正、若杉透、深見博、高品正広、木島一郎、大平忠行、大竹智子、川島めぐ、小見山玉樹、花田圭祐、青木久夫、槙文孝
1978年日本・日活/シネスコサイズ・カラー99分35mmフィルム
帰らざる日々 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

帰らざる日々帰らざる日々
中尾彬、浅野真弓                    加山麗子

映画「最後の博徒」

最後の博徒最後の博徒
松方弘樹                 千葉真一、峰岸徹、三島ゆり子、成田三樹夫
最後の博徒最後の博徒
岡田奈々                       三島ゆり子

今回は山下耕作監督1985年製作「最後の博徒」をピックアップする。
仁義なき戦いシリーズ」開始から12年後に作られた本作の舞台も広島だが、”仁義ある任侠”もあったというノスタルジックな内容で拍子抜けした。東映任侠映画を支えて来た俳優陣が総出演するのは良いのだが、アクションやガンファイトシーンも少なく、迫力に乏しい内容だった。本作は鶴田浩二さんの遺作となった作品でもある。

最後の博徒最後の博徒
成田三樹夫                   千葉真一、松方弘樹
最後の博徒最後の博徒
鶴田浩二                        梅宮辰夫 

【ストリー】
昭和52年4月13日、北陸最大の組織で北陸の帝王と呼ばれた川名組・川名勇組長(柳田真宏)が越前三国で殺害された。福井県警はその日のうちに刺客4人を逮捕。さらに殺人教唆の黒幕として、荒谷政之(松方弘樹)を逮捕した。荒谷には懲役20年の判決が下りた。荒谷は少年時代から呉の素人賭場に出入り、石岡博(梅宮辰夫)の子分となる。そこで博徒の行儀作法を学んだ。一年後には若中に成長した彼に目をかけてくれたのは兄費分の大松義寛(江夏豊)である。昭和21年8月、大松は愚連隊を叩き潰した。その中には後の大原組組長大原勝(泉谷しげる)がおり、彼は後に呉一帯をしきる山辰信男(成田三樹夫)と親交があった。石岡は大松を怒った。朝鮮戦争勃発直前、新興の運送業者山辰は勢力を伸ばし、山辰組を拡大していく。そんな時、呉駅近くで博徒のいざこざが起り、山辰組の若い者に突然現われた加納良三(千葉真一)が助っ人をした。山辰は警察に捕まった加納を見込んで5万円の保釈金を積み子分にした。だが加納は刑務所内で大松と兄弟分の盃を交わしていた。荒谷と加納もすぐ親しくなった。昭和24年9月、加納は石岡を撃つ。だが命までは取れず刑務所入りとなった。この事件が山辰の命令と知った荒谷は単身山辰の命を狙うが、彼をかばうために出て来て命を落してしまったのは大松だった。この抗争は、山辰が加納を破門にするという条件を加え、広島の大親分清島春信(萬屋錦之介)の仲介で手打ちとなる。荒谷は山辰を狙って逮捕される。昭和27年6月、大原によって石岡が刺殺された。この仇は荒谷の若い者杉本(清水健太郎)が打ったが、山辰はのうのうと毎日を送っていた。荒谷はいつかは山辰を殺ると決心した。そんな荒谷に脅えて、山辰は刑務所内にまで刺客を送り込んできた。だが、荒谷の命はなかなか取れなかった。昭和34年2月、荒谷は出所。彼は神戸の神岡組の三代目、田城一正(丹波哲郎)の最高幹部の菅田組組長菅田猛雄(鶴田浩二)と兄弟分の盃を交わした。その頃、山辰は呉を一本化、共栄会という組織を作り、初代会長におさまっていた。昭和45年9月、加納の出所の時が来た。加納と荒谷は手を握り合い、打倒山辰をめざす。そんな二人の前に清島が現われ、山辰を引退させるから、彼から手を引いてくれと言うのだった。加納は足を洗い、荒谷は幼な馴染の道代(岡田奈々)を妻にして、大阪で一匹狼としての組を組織した。昭和50年9月、菅田組内の川名組と浅井組が戦争に突入。菅田は神岡組から絶縁状を送られてしまう。そんな時、荒谷のところに川名殺害の殺人教唆の逮捕状がきた。彼は菅田に最後の言葉を送った。菅田と神岡組三代目は和解した。昭和59年9月、最高裁は荒谷の原判決を破棄した。

最後の博徒最後の博徒
丹波哲郎                         峰岸徹
最後の博徒最後の博徒
萬屋錦之介                     松方弘樹、江夏豊

題名:最後の博徒
監督:山下耕作
企画:藤映像コーポレーション
製作総指揮:俊藤浩滋、高岩淡
製作:佐藤雅夫、厨子稔雄
原作:正延哲士「最後の博徒 波谷守之の半生」
脚本:村尾昭
撮影:鈴木達夫
照明:渡辺喜和
録音:芝氏章
整音:荒川輝彦
美術:井川徳道
装置:梶谷信男
装飾:窪田治
背景:西村三郎
衣裳:森譲、豊中健
美粧・結髪:東和美粧
擬斗:上野隆三
配役:葛原隆康
記録:石田照
編集:玉木濬夫
音楽:伊部晴美 主題歌:松下奈生「叱られた子のように」
進行主任:野口忠志
助監督:俵坂昭康
演技事務:村田五郎
和楽:中元敏生
舞踊指導:藤間紋蔵
方言指導:国一朗太、司祐介、宮川珠季
宣伝:寺西国光、小田和治、吉富三久良、佐藤一也
製作宣伝:丸国艦
スチール:飯塚文正
出演:松方弘樹、鶴田浩二、丹波哲郎、千葉真一、梅宮辰夫、萬屋錦之介、成田三樹夫、品川隆二、岡田奈々、待田京介、江夏豊、泉谷しげる、清水健太郎、木之元亮、誠直也、ガッツ石松、三島ゆり子、峰岸徹、日高澄子、森次晃嗣、苅谷俊介、岡崎二朗、丹波義隆、岩本多代、下川辰平、柳田真宏、小松方正(ナレーター)
1985年日本・東映/ビスタサイズ・カラー125分35mmフィルム
最後の博徒 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

最後の博徒最後の博徒
苅谷俊介、森次晃嗣                  最後の博徒

1 2 3 15