映画「最後の博徒」

最後の博徒最後の博徒
松方弘樹                 千葉真一、峰岸徹、三島ゆり子、成田三樹夫
最後の博徒最後の博徒
岡田奈々                       三島ゆり子

今回は山下耕作監督1985年製作「最後の博徒」をピックアップする。
仁義なき戦いシリーズ」開始から12年後に作られた本作の舞台も広島だが、”仁義ある任侠”もあったというノスタルジックな内容で拍子抜けした。東映任侠映画を支えて来た俳優陣が総出演するのは良いのだが、アクションやガンファイトシーンも少なく、迫力に乏しい内容だった。本作は鶴田浩二さんの遺作となった作品でもある。

最後の博徒最後の博徒
成田三樹夫                   千葉真一、松方弘樹
最後の博徒最後の博徒
鶴田浩二                        梅宮辰夫 

【ストリー】
昭和52年4月13日、北陸最大の組織で北陸の帝王と呼ばれた川名組・川名勇組長(柳田真宏)が越前三国で殺害された。福井県警はその日のうちに刺客4人を逮捕。さらに殺人教唆の黒幕として、荒谷政之(松方弘樹)を逮捕した。荒谷には懲役20年の判決が下りた。荒谷は少年時代から呉の素人賭場に出入り、石岡博(梅宮辰夫)の子分となる。そこで博徒の行儀作法を学んだ。一年後には若中に成長した彼に目をかけてくれたのは兄費分の大松義寛(江夏豊)である。昭和21年8月、大松は愚連隊を叩き潰した。その中には後の大原組組長大原勝(泉谷しげる)がおり、彼は後に呉一帯をしきる山辰信男(成田三樹夫)と親交があった。石岡は大松を怒った。朝鮮戦争勃発直前、新興の運送業者山辰は勢力を伸ばし、山辰組を拡大していく。そんな時、呉駅近くで博徒のいざこざが起り、山辰組の若い者に突然現われた加納良三(千葉真一)が助っ人をした。山辰は警察に捕まった加納を見込んで5万円の保釈金を積み子分にした。だが加納は刑務所内で大松と兄弟分の盃を交わしていた。荒谷と加納もすぐ親しくなった。昭和24年9月、加納は石岡を撃つ。だが命までは取れず刑務所入りとなった。この事件が山辰の命令と知った荒谷は単身山辰の命を狙うが、彼をかばうために出て来て命を落してしまったのは大松だった。この抗争は、山辰が加納を破門にするという条件を加え、広島の大親分清島春信(萬屋錦之介)の仲介で手打ちとなる。荒谷は山辰を狙って逮捕される。昭和27年6月、大原によって石岡が刺殺された。この仇は荒谷の若い者杉本(清水健太郎)が打ったが、山辰はのうのうと毎日を送っていた。荒谷はいつかは山辰を殺ると決心した。そんな荒谷に脅えて、山辰は刑務所内にまで刺客を送り込んできた。だが、荒谷の命はなかなか取れなかった。昭和34年2月、荒谷は出所。彼は神戸の神岡組の三代目、田城一正(丹波哲郎)の最高幹部の菅田組組長菅田猛雄(鶴田浩二)と兄弟分の盃を交わした。その頃、山辰は呉を一本化、共栄会という組織を作り、初代会長におさまっていた。昭和45年9月、加納の出所の時が来た。加納と荒谷は手を握り合い、打倒山辰をめざす。そんな二人の前に清島が現われ、山辰を引退させるから、彼から手を引いてくれと言うのだった。加納は足を洗い、荒谷は幼な馴染の道代(岡田奈々)を妻にして、大阪で一匹狼としての組を組織した。昭和50年9月、菅田組内の川名組と浅井組が戦争に突入。菅田は神岡組から絶縁状を送られてしまう。そんな時、荒谷のところに川名殺害の殺人教唆の逮捕状がきた。彼は菅田に最後の言葉を送った。菅田と神岡組三代目は和解した。昭和59年9月、最高裁は荒谷の原判決を破棄した。

最後の博徒最後の博徒
丹波哲郎                         峰岸徹
最後の博徒最後の博徒
萬屋錦之介                     松方弘樹、江夏豊

題名:最後の博徒
監督:山下耕作
企画:藤映像コーポレーション
製作総指揮:俊藤浩滋、高岩淡
製作:佐藤雅夫、厨子稔雄
原作:正延哲士「最後の博徒 波谷守之の半生」
脚本:村尾昭
撮影:鈴木達夫
照明:渡辺喜和
録音:芝氏章
整音:荒川輝彦
美術:井川徳道
装置:梶谷信男
装飾:窪田治
背景:西村三郎
衣裳:森譲、豊中健
美粧・結髪:東和美粧
擬斗:上野隆三
配役:葛原隆康
記録:石田照
編集:玉木濬夫
音楽:伊部晴美 主題歌:松下奈生「叱られた子のように」
進行主任:野口忠志
助監督:俵坂昭康
演技事務:村田五郎
和楽:中元敏生
舞踊指導:藤間紋蔵
方言指導:国一朗太、司祐介、宮川珠季
宣伝:寺西国光、小田和治、吉富三久良、佐藤一也
製作宣伝:丸国艦
スチール:飯塚文正
出演:松方弘樹、鶴田浩二、丹波哲郎、千葉真一、梅宮辰夫、萬屋錦之介、成田三樹夫、品川隆二、岡田奈々、待田京介、江夏豊、泉谷しげる、清水健太郎、木之元亮、誠直也、ガッツ石松、三島ゆり子、峰岸徹、日高澄子、森次晃嗣、苅谷俊介、岡崎二朗、丹波義隆、岩本多代、下川辰平、柳田真宏、小松方正(ナレーター)
1985年日本・東映/ビスタサイズ・カラー125分35mmフィルム
最後の博徒 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

最後の博徒最後の博徒
苅谷俊介、森次晃嗣                  最後の博徒

映画「修羅の群れ」


松方弘樹                       菅原文太

今回は山下耕作監督1984年製作「修羅の群れ」をピックアップする。
主演に松方弘樹さんを迎え、鶴田浩二さん、若山富三郎さん、菅原文太さん、丹波哲郎さん、北島三郎さん、北大路欣也さん等、東映の任侠映画路線を築き上げたベテラン俳優陣が重厚さを加えている。そして、東映初出演の酒井和歌子さんが華を添え元プロ野球選手の張本勲さんと小林繁さんも出演する。

【追記・訃報】
本作の主演をした松方弘樹さんが、2017年1月21日に死去した。享年74歳だった。


酒井和歌子                     北大路欣也

北島三郎                      鶴田浩二

【ストリー】
昭和8年の冬、雪の舞う横浜浅間町の柔道の吉岡道場を、横浜四親分の一人、加東伝三郎(丹波哲郎)が訪ねてきた。そこで柔道を習う稲原龍二(松方弘樹)は加東の勧めもあって、彼の若い衆になることに決めた。インテリでありながら博奕で身を滅ぼした父の仇をとるには、この道で男をあげるしかないと思ったのだ。龍二はよく働き、そんな彼に加東一家の兄貴分横山(鶴田浩二)が仁侠道のイロハを教えた。ある日、売り出し中の龍二は海岸でチンピラにからまれている娘を助ける。娘の名は中田雪子(酒井和歌子)、後の稲原夫人である。日本が太平洋戦争に突入した昭和15年、二人は結婚した。19年、勤労奉仕で御殿場の山北へ出かけた龍二は、伝三郎の兄弟分、横浜笹岡一家の桐原銀一郎とことを起こしてしまう。しかも、横浜四天王の一人、鶴岡政次郎(若山富三郎)の目前でだ。しかし、鶴岡は、弱い人間をかばって喧嘩した龍二を見込んで、身柄をあずかるといってくれた。戦後の混乱期の湯河原。賭場で無法をはたらいた海軍復員兵の長谷部(木之元亮)と森谷(清水健太郎)が龍二の貫禄に圧倒され、若い衆になった。更に、モロッコの辰、井沢輝一(菅原文太)というグレン隊あがりの暴れ者たちも次次と舎弟分となった。そして昭和24年春、熱海の山崎一家石井光之助親分の跡目を継ぎ、稲原組がうぶ声をあげた。僅か10年の間に稲原組は熱海を制覇するや、小田原、横浜、静岡へと進攻し、組員も増えた。龍二の人種差別しない心に感動した韓国人の山村修道(張本勲)、田上圭(小林繁)、五、六百人の若い衆をかかえる石河(北大路欣也)も、稲原に惚れ身内となった。組織が大きくなればなるほど上下の意志の疎通は欠けるようになり、井沢の独断専行が目にあまるようになった。横山は、彼を破門せよと迫り、龍二は断腸の思いでこれに従った。さらに不幸は襲った。龍二が親と仰いだ横山が死んだのだ。龍二は、横山のために建てた墓前で、更なる前進を誓うのだった。


若山富三郎                      丹波哲郎

題名:修羅の群れ
監督:山下耕作
製作総指揮:俊藤浩滋、高石淡
製作:佐藤雅夫、斎藤一重
原作:大下英治
脚本:村尾昭
撮影:赤塚滋
照明:海地栄
録音:平井清重
美術:井川徳道
装置:稲田源兵衛
装飾:渡辺源三
背景:西村三郎
衣装:豊中健
技斗:上野隆三
記録:石田照
編集:市田勇
音楽:木下忠司 主題歌:北島三郎「神奈川水滸伝」
製作主任:野口忠志
助監督:俵坂昭康
スチール:中山健司
主演:松方弘樹、鶴田浩二、菅原文太、北大路欣也、酒井和歌子、北島三郎、若山富三郎、丹波哲郎、小林繁、張本勲、品川隆二、小野さやか、目黒大樹、待田京介、木之元亮
1984年日本・東映/ビスタサイズ・カラー123分35mmフィルム
修羅の群れ -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


松方弘樹

映画「まむしの兄弟 刑務所暮し四年半」


川地民夫、菅原文太                    浜木綿子

今回は山下耕作監督1973年製作「まむしの兄弟 刑務所暮し四年半」をピックアップする。
“まむしの兄弟シリース”は、東映京都撮影所で1971年から1975年にかけて9作品が、菅原文太さんと川地民夫さん主演で制作された。本作はシリーズ第5作になる。同時上映は「不良姐御伝 猪の鹿お蝶」であった。

【まむしの兄弟シリース】
1971年「懲役太郎 まむしの兄弟」監督:中島貞夫
1971年「まむしの兄弟 お礼参り」監督:本田達男
1972年「まむしの兄弟 懲役十三回」監督:中島貞夫
1972年「まむしの兄弟 傷害恐喝十八犯」監督:中島貞夫
1973年「まむしの兄弟 刑務所暮し四年半」監督:山下耕作
1973年「まむしの兄弟 恐喝三億円」監督:鈴木則文
1974年「まむしの兄弟 二人合わせて30犯」監督:工藤栄一
1974年「極道VSまむし」監督:中島貞夫 主演:若山富三郎 ※コラボ作品
1975年「まむしと青大将」監督:中島貞夫
※各作品のリンクは、予約投稿で表示しないページがありますが、後日表示されます。


渡瀬恒彦                         ひし美ゆり子

【ストリー】
刑務所を釈放されたばかりの、まむしのゴロ政(菅原文太)は弟分の不死身の勝次(川地民夫)と神戸へ繰り込んだ。ところがバー“ユキコ”のママ、倉石優子(浜木綿子)にひと目惚れし、優子の4歳になる娘を、名古屋で水上生活を送るおばあちゃんのたか(三益愛子)が、預ったまま返してくれないと聞いた政と勝は名古屋へと向かった。名古屋へ着いた二人は、早速、暴力バーやインチキソープランドに引っかかり、大暴れしたものの、痛めつけられ放り出された。その二人を助けてくれたのが、たかだった。翌日、政と勝次は先日の暴力バーのマスター真吉(渡瀬恒彦)がたかの息子だと知る。そして、その真吉に芝江組が狙いをつけ、ショバ代を捲き上げようと責めたてていた。そんなある日、神戸から優子自らユキコ(鎌田知佐)を引きとりに来たが、たかは、赤ん坊を捨ててとび出した女には可愛いい孫を渡せぬ、と頑強に拒否。思いあまった優子はユキコの父親、芝江組々長の多三郎(小松方正)に会うが、冷たく突っぱねられ、挙句の果てに、組員たちに凌辱されてしまった。ぼろ布のようになって帰って来た優子を見たたかは「私が悪かった」と詫びるのだった。怒った政と勝次は、持ち前のしつこさで、何度も何度も芝江組に殴り込むうちに政が警察に掴ってしまった。一方、芝江組の脅迫を受けて、優子、ユキコ、たか、真吉らは神戸へ逃げ出そうとしたが、追って来た子分に真吉が殺されてしまった。やがて、出所した政と勝次は、盗んだパトカーで芝江の邸宅へ突っ込み、奪った猟銃や拳銃で大暴れ、真吉の仇を討つのだった。


三益愛子                     曽根晴美、渡瀬恒彦

小松方正                              川地民夫、菅原文太、女屋実和子、三島ゆり子、浜木綿子

題名:まむしの兄弟 刑務所暮し四年半
監督:山下耕作
企画:俊藤浩滋、橋本慶一、武久芳三
原案:斯波道男
脚本:野上龍雄
撮影:山岸長樹
照明:井上孝二
録音:野津裕男
美術:富田治郎
装置:稲田源兵衛
装飾:西田忠男
美粧・結髪:東和美粧
衣裳:高安彦司
擬斗:上野隆三
記録:石田照
編集:堀池幸三
音楽:広瀬健次郎
フィルム:富士フィルム
進行主任:植田正直
助監督:俵坂昭康
演技事務:西秋節生
スチール:諸角義雄
出演:菅原文太、川地民夫、渡瀬恒彦、三益愛子、浜木綿子、三島ゆり子、女屋実和子、ひし美ゆり子、遠藤辰雄、小松方正、南利明、曽根晴美、大泉滉、鎌田知佐
1973年日本・東映京都撮影所/シネスコサイズ・カラー90分35mmフィルム
まむしの兄弟 刑務所暮し四年半 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


渡瀬恒彦、ひし美ゆり子               菅原文太、菅原文太

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