映画「八甲田山」


「八甲田山」高倉健

高倉健                          北大路欣也

今回は森谷司郎監督1977年製作「八甲田山」をピックアップする。
本作は、実際に真冬の八甲田山でロケを敢行し、日本映画史上類を見ない過酷なロケとして有名になった。遭難現場は八甲田山北東斜面だが、ロケは八甲田山北西の寒水沢、酸ヶ湯温泉付近や岩城山の長平、奥入瀬などでも行われたそうだ。徳島大尉が案内人たちに「八甲田で見たことは一切口外してはならん」と言うシーンは、劇場版「八甲田山(169分)」ではカットされたが、それを追加した「八甲田山完全版(171分)」は、映画の公開から5年後に再編集された。


三國連太郎                        緒形拳

【デジタル修復について】
2018年に東京現像所が4K解像度によるデジタル修復を行った。木村大作氏が監修を務め、スキャニングによる高解像度マスターの取得、デジタル補修として傷の消去、光量の補正や空撮シーンの揺れをスタビライザーによる抑制などの改善が行われた。東京現像所によると「35mmフィルムには6K程度の情報量が眠っていると言われ、もともとネガフィルムに記録された情報量が多い為にその情報を十分に発揮出来る」との事だ。昭和52年(1977年)の公開当時、大ヒットした事で、各地の映画館に送るフィルムを何度も焼き付けた為、オリジナルネガに傷も多かった。その傷を物理的に修復した後、各コマを約24万枚のデジタルデータに変換した。


小林桂樹、神山繁                    秋吉久美子

【ストリー】
「冬の八甲田山を歩いてみたいと思わないか」と友田旅団長(島田正吾)から声をかけられた二人の大尉、青森第五連隊の神田(北大路欣也)と弘前第三十一連隊の徳島(高倉健)は全身を硬直させた。日露戦争開戦を目前にした明治34年末。第四旅団指令部での会議で、露軍と戦うためには、雪、寒さについて寒地訓練が必要であると決り、冬の八甲田山がその場所に選ばれた。二人の大尉は責任の重さに慄然とした。雪中行軍は、双方が青森と弘前から出発、八甲田山ですれ違うという大筋で決った。年が明けて1月20日。徳島隊は、わずか27名の編成部隊で弘前を出発。行軍計画は、徳島の意見が全面的に採用され隊員はみな雪になれている者が選ばれた。出発の日、徳島は神田に手紙を書いた。それは、我が隊が危険な状態な場合はぜひ援助を……というものであった。一方、神田大尉も小数精鋭部隊の編成をもうし出たが、大隊長山田少佐(三國連太郎)に拒否され210名という大部隊で青森を出発。神田の用意した案内人を山田がことわり、いつのまにか随行のはずの山田に隊の実権は移っていた。神田の部隊は、低気圧に襲われ、磁石が用をなさなくなり、白い闇の中に方向を失い、次第に隊列は乱れ、狂死するものさえではじめた。一方徳島の部隊は、女案内人を先頭に風のリズムに合わせ、八甲田山に向って快調に進んでいた。体力があるうちに八甲田山へと先をいそいだ神田隊。耐寒訓練をしつつ八甲田山へ向った徳島隊。狂暴な自然を征服しようとする210名、自然と折り合いをつけながら進む27名。しかし八甲田山はそのどちらも拒否するかのように思われた。神田隊は次第にその人数が減りだし、辛うじて命を保った者は50名でしかなかった。しかし、この残った者に対しても雪はとどめなく襲った。神田は、薄れゆく意識の中で徳島に逢いたいと思った。27日、徳島隊はついに八甲田に入った。天と地が咆え狂う凄まじさの中で、神田大尉の従卒の遺体を発見。神田隊の遭難は疑う余地はなかった。徳島は、吹雪きの中で永遠の眠りにつく神田と再会。その唇から一筋の血。それは、気力をふりしぼって舌を噛んで果てたものと思われた。全身凍りつくような徳島隊の者もやっとのことで神田隊の救助隊に救われた。第五連隊の生存者は山田少佐以下12名。のちに山田少佐は拳銃自殺。徳島隊は全員生還。しかし、2年後の日露戦争で、全員が戦死。


栗原小巻                         八甲田山

題名:八甲田山
監督:森谷司郎
企画:吉成孝昌、佐藤正之、馬場和夫、川鍋兼男
製作:橋本忍、野村芳太郎、田中友幸
原作:新田次郎「八甲田山死の彷徨」
脚本:橋本忍
撮影:木村大作
照明:高島利雄(セット)、大澤暉男(ロケーション)
特機:三沢一義
録音:吉田庄太郎
美術:阿久根巖
装飾:滋野清美、大光寺康
大道具:西田忠光
衣裳:長島重夫
美粧:高橋勝三
記録:米山久江
編集:池田美千子、竹村重吾
音楽:芥川也寸志
現像:東洋現像所
撮影機材:パナビジョン
製作担当:小山孝和
製作進行:三島巌、久保井修
助監督:神山征二郎、橋本信吾、永井正夫、桃沢裕幸
撮影助手:加藤雄大、岸本正弘、信坂利文、野村俊祐
照明助手:小山勲
録音助手:田中進
美術助手:小方一男
編集助手:竹村重吾、糸賀美保
スチール:藤巻健二
出演:高倉健、北大路欣也、加山雄三、三國連太郎、緒形拳、丹波哲郎、栗原小巻、加賀まりこ、秋吉久美子、小林桂樹、島田正吾、大滝秀治、藤岡琢也、前田吟、神山繁、森田健作、東野英心、下絛アトム、加藤嘉、花澤徳衛、山谷初男、菅井きん、田崎潤、浜田晃、加藤健一、江幡連、高山浩平、安永憲司、樋浦勉、広瀬昌助、早田文次、吉村道夫、渡会洋幸、金尾鉄夫、古川義範、荒木貞一、芦沢洋三、山西道宏、蔵一彦、新克利、海原俊介、堀礼文、森川利一、浜田宏昭、玉川伊佐男、竜崎勝、江角英明、井上博一、佐久間宏則、伊藤敏孝、石井明人、船橋三郎、丹古母鬼馬二、青木卓、永妻旭、大竹まこと
1977年日本・橋本プロダクション+東宝映画+シナノ企画/シネスコサイズ・カラー公開版169分完全版171分35mmフィルム
八甲田山 特別愛蔵版 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


三國連太郎                        八甲田山


撮影:木村大作氏 監督:森谷司郎氏 脚本:橋本忍氏
八甲田山

映画「座頭市千両首」

座頭市千両首座頭市千両首
勝新太郎                            坪内ミキ子

今回は池広一夫監督1964年製作「座頭市千両首」をピックアップする。
本作は“座頭市”シリーズ”第6作目になる。「続・座頭市物語」から2年ぶりに勝新太郎さんと実兄である若山富三郎さんの共演作品となっている。クライマックスの馬上の仙場十四郎と座頭市の鞭を使った対決は、マカロニ・ウエスタンで見かけるシークェンスだが、1963年「赤い砂の決闘」1964年「ミネソタ無頼」「荒野の用心棒」でもインスパイアされるシーンはなく1966になって「「真昼の用心棒」で鞭を使った対決は違った形で描かれている。

座頭市シリーズ

座頭市千両首座頭市千両首
勝新太郎、城健三朗(若山富三郎)               長谷川待子

【ストリー】
市(勝新太郎)が3年前こころならずも斬った男の墓参に板倉村を訪れた所、折りしも起きた千両箱強奪事件にまきこまれた。やったのは忠治一家の者だといい、また座頭市も、その一人に数えられた。真実を確めるため忠治(島田正吾)に会った市は、樵悴した忠次や、二足わらじをはき代官の先棒をかつぐ紋次(天王寺虎之助)に自分の罪のないことを弁明するのだった。事の次第を理解した忠次だが、紋次は代官(植村謙二郎)に密告した。鳴子笛の響く中、市は見事な刀さばきできりぬけた。とある廓に来た市は紋次と代官、用心棒十四郎(城健三朗)がたくらんで忠治にぬれ衣をきせる工作と聞き、忠治の許へ急ごうとした市は、村に入って知りあった千代(坪内ミキ子)に近道だと案内された吊橋で紋次一味に出会い命を危機にさらした。それから数日後、千両箱の紛失は、二人の処刑にまで発展した。千両箱紛失の犯人と目された座頭市は、必ず千両箱をみつけて身の潔白を証明しようとした。朝靄深い宿場の入口、全身を聴嗅覚にして茶屋の屋根に身をふせた市は、千両箱を運び出そうとする紋次らに会い代官と紋次を斬り千両箱を見事とりかえすのだった。喜ぶ村人を後に、吉蔵の供養と千両箱を千代に渡すと、市は千代の前から遠ざかったが、なおもそれを追う十四郎の姿があった。

座頭市千両首座頭市千両首
島田正吾                       長谷川待子、勝新太郎

題名:座頭市千両首
監督:池広一夫
企画:浅井昭三郎
原作:子母沢寛
脚色:浅井昭三郎、太田昭和
撮影:宮川一夫
照明:中岡源権
録音:大谷巖
音効:倉島暢
美術:西岡善信
装置:木村重雄
擬斗:宮内昌平
編集:谷口孝司
音楽:斎藤一郎
現像:東洋現像所
製作主任:小沢宏
助監督:小沢宏
色彩技術:田中省三
スチール:三浦康寛
出演:勝新太郎、坪内ミキ子、長谷川待子、城健三朗(若山富三郎)、島田正吾、石黒達也、丹羽又三郎、植村謙二郎、天王寺虎之助、林寛
1964年日本・大映京都撮影所/シネスコサイズ・カラー82分35mmフィルム
座頭市千両首 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

座頭市千両首
「座頭市千両首」勝新太郎、城健三朗(若山富三郎)
座頭市千両首座頭市千両首
座頭市千両首

座頭市千両首座頭市千両首
「座頭市千両首」撮影風景            撮影:宮川一夫氏

映画「人生劇場 飛車角と吉良常」


鶴田浩二                         藤純子

今回は内田吐夢監督1968年製作「人生劇場 飛車角と吉良常」をピックアップする。
尾崎士郎氏の自伝小説「人生劇場」は尾崎本人をモデルにした青成瓢吉を主人公とした長編小説だが、長編の各所を活かし、この作品以前に7作、現在までに14作、映画会社や監督を変えて制作され続けている。本作は、内田吐夢監督が永年の念願であった「人生劇場・残侠篇」の任侠道の美しさを、東映オールスターを配してダイナミックに謳いあげた超大作任侠映画の傑作である。


松方弘樹                      藤純子、高倉健

【ストリー】
大正14年。8年ぶりに上海から故郷に戻った吉良常(辰巳柳太郎)は、亡き主人青成瓢太郎の子瓢吉(松方弘樹)を尋ね、東京に出た。瓢吉は文士になるため勉強していたが、中学時代の恩師黒馬(信欣三)と同居していた。吉良常も瓢吉の家に腰をおろすことになった。その頃、砂村の小金一家と貸元大横田の間にひと悶着が起った。飛車角が大横田(遠藤辰雄)がやっているチャブ女おとよ(富司純子)を足抜きさせ、小金一家に匿ったからである。飛車角は宮川(高倉健)や小金(若山富三郎)らと殴り込みに加わり、大横田の身内丈徳(天津敏)を斬って勝利を収めた。しかし、飛車角は兄弟分の奈良平が裏切っておとよを連れ出したことから、奈良平(名和宏)を斬った。そのため飛車角は巡査に追われ、瓢吉の家に逃げ込んだのだった。吉良常はすぐさま何が起ったかを悟り、静かに飛車角に自首を勧めた。自首する直前、飛車角はおとよに会い、小金と大横田が手打ちになったのを知った。しかし、おとよはそのまま行方をくらましたのである。4年の歳月が流れた。宮川は玉ノ井の女に惚れ、毎日通っていた。宮川の知らないことだったが、それはおとよだった。仲間はそれと知って忠告した。小金一家にとって飛車角は大恩人なのだ。しかし、おとよに惚れ込んだ宮川は二人で逃げようとしていた。一方、吉良常はおとよに、飛車角に面会に行くよう勧めた。だが、おとよの心はもう飛車角にはなかったのだ。苦悩するおとよは、瓢吉の青春の想い出となったお袖(左幸子)と共に姿をくらました。やがて飛車角が特赦で出所した。すでに小金は病気で世を去り、丈徳の跡目を継いだデカ虎に寺兼(大木実)も殺されていた。そのころ瓢吉は懸賞小説に当選し、大陸に渡ることになった。吉良常は、瓢吉が男として名を上げるまで墓は建てるな、と遺言して自殺した瓢太郎のために、今こそ墓を建てる時だと思って飛車角と共に吉良港に発った。飛車角はそこで、おとよと再会、ともに昔を偲んだのだが、時の流れに離ればなれになったお互いの気持ちを、どうすることも出来なかった。故郷に戻った吉良常は長年の疲れで病床に伏し、やがて瓢太郎かたみのピストルを銀杏の梢に向けて撃ちつづけながら、その生涯を閉じたのだった。その折り、飛車角を丈徳の仇を狙うデカ虎(山本麟一)、そのデカ虎を狙う宮川も吉良港にやってきた。宮川は単身、デカ虎が草鞋を脱いだ杉源一家に殴り込みをかけ、全身を斬りきざまれながら果てた。そのことを知った飛車角は杉源一家とデカ虎と渡りあい宮川の仇を討ったのだった。飛車角は宮川の死体をおとよに託すとただ一人、吉良港を去って行った。


左幸子、山城新伍                 藤純子、鶴田浩二

題名:人生劇 飛車角と吉良常
監督:内田吐夢
企画:俊藤浩滋、大久保忠幸、吉田達
製作:大川博
原作:尾崎士郎
脚本:棚田吾郎
撮影:仲沢半次郎
照明:梅谷茂
録音:小松忠之
美術:藤田博
装置:松野大三郎
装飾:上原光雄
殺陣:日尾孝司
記録:高津省子
編集:長沢嘉樹
音楽:佐藤勝
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
製作主任:白浜帆城
助監督:三堀篤
出演:鶴田浩二、若山富三郎、藤純子、中村竹弥、大木実、松方弘樹、左幸子、辰巳柳太郎、高倉健、島田正吾、山城新伍、八名信夫、信欣三、遠藤辰雄、天津敏、名和宏
1968年日本・東映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー109分35mmフィルム
人生劇 飛車角と吉良常 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


人生劇 飛車角と吉良常

1 2 3 4