映画「男はつらいよ・寅次郎の縁談」


松坂慶子、渥美清                城山美佳子、吉岡秀隆

今回は山田洋次監督1993年製作「男はつらいよ・寅次郎の縁談」をピックアップする。
第46作となる本作のロケ地は、香川県仲多度郡琴平町、三豊市志々島(塩飽諸島)、仲多度郡多度津町高見島(塩飽諸島)、栃木県那須郡烏山町(現那須烏山市)などで行われ、封切り時の観客動員は216万2,000人、配給収入は15億7,000万円だったそうだ。当時のロードショー入場料金は1,800円、併映は「釣りバカ日誌6(監督:栗山富夫 出演:西田敏行、石田えり、三國連太郎、久野綾希子、谷啓)」であった。マドンナ役の松坂慶子さんは「浪花の恋の寅次郎(第27作/1981年)」編にも出演している。(別キャラクター)


松坂慶子、島田正吾               渥美清、松坂慶子

笹野高史、桜井センリ

【ストリー】
来年大学を卒業し、就職しなければならない満男(吉岡秀隆)は、不況の追い風を受けて採用試験に苦戦していた。さくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)は苛立つ満男をハラハラしながら見守るだけ。そのうち、自分自身にも嫌気がさした満男は旅に出てしまうのだった。ひさしぶりに葛飾に帰った寅(渥美清)は、事情を聞いて満男を連れ戻すことを安請け合い。さっそく、瀬戸内海の小島・琴島へ出掛けた。満男を見つけ出し、説教してみたものの、当の本人は看護婦の亜矢(城山美佳子)に恋してしまい、帰る気がないらしい。寅はその晩、とりあえず、満男の居候先に泊まった。そこに年老いた当主(島田正吾)とその娘、洋子(松坂慶子)がいた。洋子は絶世の美女で、神戸では料理屋もやっていたという。しかし、不況のために借金を作ってしまい、それを返すために働き過ぎて体を壊し、この島に帰って来たのだった。疲れ切った様子の洋子を、寅は一生懸命勇気づける。洋子は寅の優しさに次第に惹かれていった。ある日、洋子は満男に寅への気持ちを伝えた。満男自身もまた亜矢から告白され、尻ごみしてしまう。そして明け方、寅は洋子に置き手紙を残し、満男も就職するために東京へ帰るのだった。


下條正巳、倍賞千恵子、前田吟、太宰久雄 渥美清、前田吟、三崎千恵子、倍賞千恵子、下條正巳

題名:男はつらいよ・寅次郎の縁談
監督:山田洋次
企画:小林俊一
製作総指揮:櫻井洋三
製作丸山富之、島津清
原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
撮影監督:高羽哲夫
撮影:池谷秀行
照明:野田正博
録音:鈴木功
調音:松本隆司
美術:出川三男、横山豊
編集:石井巌
音楽:山本直純 主題歌・唄:渥美清
撮影機材:パナビジョン
フィルム:富士フィルム
現像:東京現像所
製作主任:峰順一
製作進行:副田稔
助監督:阿部勉
撮影助手:近森真史
スチール:金田正
出演:渥美清、松坂慶子、城山美佳子、光本幸子、倍賞千恵子、前田吟、三崎千恵子、太宰久雄、佐藤蛾次郎、下條正巳、吉岡秀隆、島田正吾、関敬六、すまけい、笹野高史、桜井センリ、松金よね子、人見明、西田敏行(友情出演)
1993年日本・松竹/シネスコサイズ・カラー110分35mmフィルム
公式サイト
男はつらいよ・寅次郎の縁談 -DVD-
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光本幸子                      西田敏行(友情出演)

第1作でマドンナ役を務めた光本幸子さんが、御前様の娘役という同じキャラクターで配され「釣りバカ日誌」の”ハマちゃん”役の西田敏行さんが、役柄そのままに”くるまや”の前の通りを横切る当時の松竹2大人気シリーズ間のサービスカットがある。(上画像右)


城山美佳子                    吉岡秀隆、渥美清

映画「日本のいちばん長い日」

日本のいちばん長い日日本のいちばん長い日
三船敏郎

今回は岡本喜八監督1967年製作「日本のいちばん長い日」をピックアップする。
本作は、東宝創立35周年記念作品の一つとして映画化され”東宝8.15シリーズ”として「海軍特別年少兵(1972年/今井正監督)」まで6本の映画が製作された。「日本のいちばん長い日」は2015年に原田眞人監督がリメイクしている。

日本のいちばん長い日日本のいちばん長い日
高橋悦史、黒沢年雄

【ストリー】
戦局が次第に不利になってきた日本に無条件降伏を求める米、英、中のポツダム宣言が、海外放送で傍受されたのは昭和20年7月26日午前6時である。直ちに翌27日、鈴木総理大臣官邸で緊急閣議が開かれた。その後、8月6日広島に原爆が投下され、8日にはソ連が参戦、日本の敗北は決定的な様相を呈していたのであった。第一回御前会議において天皇陛下が戦争終結を望まれ8月10日、政府は天皇の大権に変更がないことを条件にポツダム宣言を受諾する旨、中立国のスイス、スウェーデンの日本公使に通知した。12日、連合国側からの回答があったが、天皇の地位に関しての条項にSubject toとあるのが隷属か制限の意味かで、政府首脳の間に大論争が行なわれ、阿南陸相はこの文章ではポツダム宣言は受諾出来ないと反対した。しかし、8月14日の特別御前会議で、天皇は終戦を決意され、ここに正式にポツダム宣言受諾が決ったのであった。この間、終戦反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を練っていたが、阿南陸相は御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。一方、終戦処理のために14日午後1時、閣議が開かれ、陛下の終戦詔書を宮内省で録音し8月15日正午、全国にラジオ放送することが決った。午後11時50分、天皇陛下の録音は宮内省二階の御政務室で行われた。同じ頃、クーデター計画を押し進めている畑中少佐は近衛師団長森中将を説得していた。一方厚木302航空隊の司令小薗海軍大佐は徹底抗戦を部下に命令し、また東京警備軍横浜警備隊長佐々木大尉も一個大隊を動かして首相や重臣を襲って降伏を阻止しようと計画していた。降伏に反対するグループは、バラバラに動いていた。そんな騒ぎの中で8月15日午前0時、房総沖の敵機動部隊に攻撃を加えた中野少将は、少しも終戦を知らなかった。その頃、畑中少佐は蹶起に反対した森師団長を射殺、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと捜査を開始し、宮城の占領と東京放送の占拠を企てたのである。しかし東部軍司令官田中大将は、このクーデターの鎮圧にあたり、畑中の意図を挫いたのであった。玉音放送の録音盤は徳川侍従の手によって皇后官事務官の軽金庫に納められていた。午前4時半、佐々木大尉の率いる一隊は首相官邸、平沼枢密院議長邸を襲って放火し、5時半には阿南陸相が遺書を残して壮烈な自刃を遂げるなど、終戦を迎えた日本は、歴史の転換に伴う数々の出来事の渦中にあったのである。そして、日本の敗戦を告げる玉音放送の予告が電波に乗ったのは、8月15日午前7時21分のことであった。

日本のいちばん長い日日本のいちばん長い日
笠智衆                        志村喬

題名:日本のいちばん長い日
監督:岡本喜八
製作:田中友幸、藤本真澄
原作:大宅壮一
脚本:橋本忍
撮影:村井博
照明:西川鶴三
録音:渡会伸
整音:下永尚
美術:阿久根巖
記録:森淑子
編集:黒岩義民
音楽:佐藤勝
現像:キヌタ・ラボラトリー
製作担当:鈴木政雄
助監督:渡辺邦彦
監督助手:山本迪夫
スチール:吉崎松雄
出演:三船敏郎、黒沢年雄、高橋悦史、島田正吾、土屋嘉男、中谷一郎、山村聰、笠智衆、志村喬、加山雄三、戸浦六宏、中丸忠雄、加藤武、ナレーター:仲代達矢
1967年日本・東宝/シネスコサイズ・モノクロ157分35mmフィルム
日本のいちばん長い日 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

日本のいちばん長い日日本のいちばん長い日
山村聰

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