映画「人生劇場 飛車角と吉良常」


鶴田浩二                         藤純子

今回は内田吐夢監督1968年製作「人生劇場 飛車角と吉良常」をピックアップする。
尾崎士郎氏の自伝小説「人生劇場」は尾崎本人をモデルにした青成瓢吉を主人公とした長編小説だが、長編の各所を活かし、この作品以前に7作、現在までに14作、映画会社や監督を変えて制作され続けている。本作は、内田吐夢監督が永年の念願であった「人生劇場・残侠篇」の任侠道の美しさを、東映オールスターを配してダイナミックに謳いあげた超大作任侠映画の傑作である。


松方弘樹                      藤純子、高倉健

【ストリー】
大正14年。8年ぶりに上海から故郷に戻った吉良常(辰巳柳太郎)は、亡き主人青成瓢太郎の子瓢吉(松方弘樹)を尋ね、東京に出た。瓢吉は文士になるため勉強していたが、中学時代の恩師黒馬(信欣三)と同居していた。吉良常も瓢吉の家に腰をおろすことになった。その頃、砂村の小金一家と貸元大横田の間にひと悶着が起った。飛車角が大横田(遠藤辰雄)がやっているチャブ女おとよ(富司純子)を足抜きさせ、小金一家に匿ったからである。飛車角は宮川(高倉健)や小金(若山富三郎)らと殴り込みに加わり、大横田の身内丈徳(天津敏)を斬って勝利を収めた。しかし、飛車角は兄弟分の奈良平が裏切っておとよを連れ出したことから、奈良平(名和宏)を斬った。そのため飛車角は巡査に追われ、瓢吉の家に逃げ込んだのだった。吉良常はすぐさま何が起ったかを悟り、静かに飛車角に自首を勧めた。自首する直前、飛車角はおとよに会い、小金と大横田が手打ちになったのを知った。しかし、おとよはそのまま行方をくらましたのである。4年の歳月が流れた。宮川は玉ノ井の女に惚れ、毎日通っていた。宮川の知らないことだったが、それはおとよだった。仲間はそれと知って忠告した。小金一家にとって飛車角は大恩人なのだ。しかし、おとよに惚れ込んだ宮川は二人で逃げようとしていた。一方、吉良常はおとよに、飛車角に面会に行くよう勧めた。だが、おとよの心はもう飛車角にはなかったのだ。苦悩するおとよは、瓢吉の青春の想い出となったお袖(左幸子)と共に姿をくらました。やがて飛車角が特赦で出所した。すでに小金は病気で世を去り、丈徳の跡目を継いだデカ虎に寺兼(大木実)も殺されていた。そのころ瓢吉は懸賞小説に当選し、大陸に渡ることになった。吉良常は、瓢吉が男として名を上げるまで墓は建てるな、と遺言して自殺した瓢太郎のために、今こそ墓を建てる時だと思って飛車角と共に吉良港に発った。飛車角はそこで、おとよと再会、ともに昔を偲んだのだが、時の流れに離ればなれになったお互いの気持ちを、どうすることも出来なかった。故郷に戻った吉良常は長年の疲れで病床に伏し、やがて瓢太郎かたみのピストルを銀杏の梢に向けて撃ちつづけながら、その生涯を閉じたのだった。その折り、飛車角を丈徳の仇を狙うデカ虎(山本麟一)、そのデカ虎を狙う宮川も吉良港にやってきた。宮川は単身、デカ虎が草鞋を脱いだ杉源一家に殴り込みをかけ、全身を斬りきざまれながら果てた。そのことを知った飛車角は杉源一家とデカ虎と渡りあい宮川の仇を討ったのだった。飛車角は宮川の死体をおとよに託すとただ一人、吉良港を去って行った。


左幸子、山城新伍                 藤純子、鶴田浩二

題名:人生劇 飛車角と吉良常
監督:内田吐夢
企画:俊藤浩滋、大久保忠幸、吉田達
製作:大川博
原作:尾崎士郎
脚本:棚田吾郎
撮影:仲沢半次郎
照明:梅谷茂
録音:小松忠之
美術:藤田博
装置:松野大三郎
装飾:上原光雄
殺陣:日尾孝司
記録:高津省子
編集:長沢嘉樹
音楽:佐藤勝
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
製作主任:白浜帆城
助監督:三堀篤
出演:鶴田浩二、若山富三郎、藤純子、中村竹弥、大木実、松方弘樹、左幸子、辰巳柳太郎、高倉健、島田正吾、山城新伍、八名信夫、信欣三、遠藤辰雄、天津敏、名和宏
1968年日本・東映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー109分35mmフィルム
人生劇 飛車角と吉良常 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


人生劇 飛車角と吉良常

映画「誘惑」

誘惑誘惑
千田是也、芦川いづみ                 左幸子

今回は中平康監督1957年製作「誘惑」をピックアップした。
本作はフランソワ・トリュフォー監督やヌーヴェルヴァーグの作家たちに「孤高のニッポン・モダニス ト」と称された中平康監督が純愛をコミカルでモダンに描いた作品だ。
現代のアイドル顔負けの女優・芦川いづみさんは、出番は少ないもののドラマの核となる重要な役柄を清楚に演じ、そのラストシーンは素晴らしく凛としていた。また画伯の岡本太郎氏、東郷青児氏、大徳寺公英氏がカメオ出演しているのと1957年7月6日より営業運転を開始した初代小田急ロマンスカー3000形の実走シーンの歴史的価値は高い。ロケーションは、59年前の湯島天神(文京区)上野東照宮境内(台東区)麻布周辺(港区)銀座服部時計店、並木通り、築地周辺(中央区)井の頭公園(三鷹市)で行われている。

誘惑誘惑
千田是也                      葉山良二

【ストリー】
大正気質の杉本省吉(千田是也)は銀座の洋品店主。娘の秀子(左幸子)とやもめ暮しで、店の二階を画廊に改造しようと考えていた。洋品店には無愛想で化粧嫌いな竹山順子(渡辺美佐子)がいた。順子は他人の迷感も顧みない貧乏画家草平(安井昌二)にその美貌を指摘されるや、一転してお化粧に専念し、草平を恋するようになる。省吉の画廊が完成した。パーティの日に草平の画が、一流画伯の目にとまり、一躍有名となり発表会は連日盛況をきわめた。秀子は小平(葉山良二)の妹章子(芦川いづみ)のもとに草平の画が四、五点埋れているというので、それを持って章子と画廊に来た。省吉は驚いた。なぜなら、章子が初恋の人に瓜二つで、その娘だとわかったからだった・・・。

誘惑誘惑
渡辺美佐子                                                   安井昌二、渡辺美佐子

題名:誘惑
監督:中平康
製作:高木雅行
原作:伊藤整
脚本:大橋参吉
撮影:山崎善弘
照明:岩木保夫
録音:神谷正和
美術:松山崇
記録:堀北昌子
編集:辻井正則
音楽:黛敏郎
製作主任:山下昭
助監督:松尾昭典
出演:左幸子、芦川いづみ、葉山良二、轟夕起子、安井昌二、千田是也、渡辺美佐子、中原早苗、高友子、殿山泰司、二谷英明、宍戸錠、小沢昭一、初井言栄、天本英世、浜村純、岡本太郎、東郷青児、大徳寺公英
1957年日本・日活/スタンダードサイズ・モノクロ91分35mmフィルム
誘惑 [DVD]
2016年8月現在、DVDレンタルはありません。

誘惑誘惑
カメオ出演:岡本太郎、東郷青児         千田是也、芦川いづみ

麗しの芦川いづみさん


誘惑誘惑
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【当ブログで紹介した芦川いずみさん出演作品】
1956年川島雄三監督「風船
1956年川島雄三監督「洲崎パラダイス 赤信号
1957年川島雄三監督「幕末太陽傳
1957年中平康監督「誘惑
1962年蔵原惟繕監督「硝子のジョニー 野獣のように見えて
1962年西河克己監督「青い山脈
1964年森永健次郎監督「若草物語
1965年熊井啓監督「日本列島

【芦川いずみさんプロフィール】
東京市滝野川区田端町(現・北区田端)に生まれる。1952年法政大学潤光女子高校(現・法政大学女子高等学校)を中退し、松竹歌劇団付属松竹音楽舞踊学校に入学する。同期に野添ひとみ、姫ゆり子、山鳩くるみ(小林夕岐子の母とは別人)らがいた。この時、芸名を「芦川いづみ」とする。1953年、ファッション・ショーに出演中、偶然いあわせた松竹の川島雄三監督に認められ、川島監督の「東京マダムと大阪夫人」に、月丘夢路の妹役でデビューする。その後、1955年、日活に移った川島監督の推薦で松竹歌劇団を退団し日活に入社する。
その後、「幕末太陽傳」などの川島監督の作品をはじめ、様々な役に挑戦し、松竹から移ってきていた北原三とともに日活の中心的な存在となった。また、1956年には、田坂具隆監督の「乳母車」で石原裕次郎と初共演する。裕次郎はこの作品の演技で、新しい魅力を遺憾なく発揮し代表作の一つとしたが、芦川もさわやかな演技で人気を不動のものとした。以降、北原三枝とともに裕次郎の相手役として欠かせない存在となる。若い浅丘ルリ子にその座を譲ってからも日活を代表するトップ女優として活躍した。
一時、葉山良二とのロマンスが噂されたが、1968年に藤竜也と結婚して引退。家庭の人となった。
2007年11月17日、新宿の京王プラザホテルで開催された日活出身の俳優で構成する「俳優倶楽部」とスタッフらで構成する「旧友会」の合同パーティーに、渡哲也・浅丘ルリ子・宍戸錠・川地民夫・沢本忠雄・鈴木清順監督・井上梅次監督・齋藤武市監督・舛田利雄監督らと共に出席。久々に公の場に姿を見せ、話題になった。
2009年には石原裕次郎の二十三回忌、南田洋子の死去に際して、スポーツ新聞にコメントを寄せている。
(ウィキペディア参照)

【芦川いずみさん出演映画作品】
1953年「東京マダムと大阪夫人」
1955年「青春怪談」
1956年「風船」「東京の人」「洲崎パラダイス赤信号」「乳母車」
1957年「孤獨の人」「幕末太陽傳」「嵐を呼ぶ男」
1958年「佳人」「 陽のあたる坂道」「紅の翼」
1959年「祈るひと」
1960年「青年の樹」「やくざの詩 」「霧笛が俺を呼んでいる」「喧嘩太郎」「あした晴れるか」
1961年「あいつと私」「堂堂たる人生」「アラブの嵐」
1962年「硝子のジョニー 野獣のように見えて」「しろばんば」「青年の椅子」「憎いあンちくしょう」
1963年「青い山脈」「真白き富士の嶺」「美しい暦」
1964年「鉄火場破り」「若草物語」
1965年「日本列島」「四つの恋の物語」「結婚相談」
1966年「夜のバラを消せ」「嵐を呼ぶ男」
1967年「君は恋人」
1968年「大幹部無頼」「孤島の太陽」

映画「拝啓天皇陛下様」

拝啓天皇陛下様拝啓天皇陛下様
渥美清                        長門裕之

今回は野村芳太郎監督1963年製作「拝啓天皇陛下様」をピックアップする。
本作は、今までの戦争を描いた映画の視点とは明らかに異なり、「フォレスト・ガンプ/一期一会(ロバート・ゼメキス監督1994年)」を彷彿とさせ、歴史に翻弄される人生ドラマになっている名作だ。1964年に続編が作られた。

拝啓天皇陛下様拝啓天皇陛下様
桂小金治                       加藤嘉

【ストリー】
山田正助(渥美清)はもの心もつかぬうち親に死別し世の冷たい風に晒されてきたから、三度三度のオマンマにありつける上、何がしかの俸給までもらえる軍隊は、全く天国に思えた。意地悪な二年兵(西村晃)が、彼が図体がでかく鈍重だからというだけで他の連中よりもビンタの数を多くしようと大したことではなかった。ただ人の好意と情にはからきし弱かった。入営した日に最初に口をきいてくれたからというだけで棟本(長門裕之)に甘えきったり、意地悪二年兵に仇討してやれと皆にケツを叩かれても、いざ優しい言葉をかけられるとフニャフニャになってしまう始末だった。だが、中隊長(加藤嘉)の寄せる好意には山正も少々閉口した。営倉に入れられれば一緒につきあうし、出て来れば柿内二等兵を先生にして強引に読み書きを習わせる。昭和七年大演習の折、山正は天皇の“実物”を見た。期待は全く裏切られたが、この日から山正は天皇が大好きになった。戦争が終るという噂が巷に流れ出すと、山正は天国から送り出されまいとあわてて「拝啓天皇陛下様」と、たどたどしい手紙をかこうとした。が、それは丁度通り合わせた棟本に発見され、危く不敬罪を免れた。まもなく戦況は激化、満州事変から太平洋戦争へと戦線は拡がり、山正はその度に応召し、勇躍して戦地にむかった。そして終戦、山正にはただ住みにくい娑婆が待っているだけだった。
懐しい棟本を訪れ、ヤミ屋をしたり開拓団に入ったりの生活をしていたが、同じ家に住む未亡人(高千穂ひづる)に失恋した日から山正は姿を消した。そして再び姿を見せた時、山正は女房になってくれるという女性(中村メイコ)を連れて来て棟本を喜ばせた。雪の降る朝、「酔漢トラックにはねられ即死」新聞は山正の死を伝えた。棟本はいい知れぬ悲しみに泣いた。

拝啓天皇陛下様拝啓天皇陛下様
渥美清、左幸子、長門裕之              左幸子、長門裕之

題名:拝啓天皇陛下様
監督:野村芳太郎
製作:白井昌夫
原作:棟田博
脚本:野村芳太郎、多賀祥介
撮影:川又昂
照明:三浦礼
録音:栗田周十郎
調音:松本隆司
美術:宇野耕司
衣裳:松竹衣裳
装飾:宗田八郎
編集:浜村義康
音楽:芥川也寸志
現像:東洋現像所
製作補佐:六車進
スチール:小尾健彦
出演:渥美清、長門裕之、左幸子、桂小金治、加藤嘉、高千穂ひづる、中村メイコ、山下清、藤山寛美、西村晃
1963年日本・松竹/シネスコサイズ・カラー99分35mmフィルム
拝啓天皇陛下様 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

拝啓天皇陛下様拝啓天皇陛下様
左幸子、長門裕之                 藤山寛美、渥美清

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