映画「讃歌」


河原崎次郎、渡辺督子                  乙羽信子 

今回は新藤兼人監督1972年製作「讃歌」をピックアップする。
本作は谷崎潤一郎氏原作の「春琴抄」を映画化したもので、新藤監督自身が鴫沢てる(乙羽信子)にインタビューするところから始まる文芸作品である。新宿のアートシアターで観た記憶がある作品だ。従えようとする少女と、従おうとする少年との“掠奪”と“献身”のすさまじい葛藤、それはやがて常識の域をふみこえた美的恍惚の世界へと向かうという内容である。


原田大二郎                       渡辺督子、河原崎次郎

【ストリー】
春琴(渡辺督子)と佐助(河原崎次郎)の墓は同じ場所にあったが、佐助の墓は春琴の半分くらいで、あたかも主人に仕えるごとくひっそりと立っていた。この墓に詣でた作者は鴫沢てる(乙羽信子)という78歳の老姿を知った。やがて、その老姿は春琴と佐助の物語を話し始めた--。春琴の家は代々鵙屋安左衛門と称し、薬種問屋の中でも名の聞えた老舗であった。そこの二女お琴は、9歳で失明したが、琴三弦を弾かせては並ぶ者のいない程の実力であった。その上、生まれつきの美貌と、我ままいっぱいの環境が彼女を驕慢にしていた。お琴は使用人の左助だけに身の回りを見させていた。その佐助が、知らず知らずに三味線を覚え、お琴に本格的に教示してもらうようになったが、お琴の指導は過酷を極めた。しかし佐助は、お琴の食事、風呂から厠の世話まで親身になってするのだった。お琴が妊娠した。しかしお琴は「一生独り身で暮すわたしには子は足手まといでございます」と涼しい顔で言い、生まれた子を里子に出した。やがて、お琴は師匠の看板を上げ、佐助と女中てると共に一戸をかまえた。それからというもの佐助は今まで以上にお琴に献身的に奉仕するのだった。弟子の中にはお琴の美しさを目あてに通う者も多かった。美濃屋九兵衛の伜利太郎(原田大二郎)きもその一人だった。ある夜。利太郎はお琴の寝室に忍び入ったが、誤って熱湯の入った鉄びんをお琴の頭上からあびせてしまった。無残な火傷をとどめたお琴の顔。「おまえにだけはこの顔を見られとうない」としつこく佐助に頼むお琴に、佐助も答えた、「お師匠さま、必ず見ないようにします」。数日後、佐助は我と我が眼を針で突いて、失明した。「佐助はお師匠さまと同じ世界へ参りました。うれしく思います」。佐助にとって見えるものは眼の底にしみついたお琴の美しい顔ばかりであった。盲目の二人の世界は、こまやかに厚く結ばれた。これこそたった二人の世界であった。


渡辺督子

題名:讃歌
監督:新藤兼人
製作:新藤兼人、葛井欣士郎、赤司学文
原作:谷崎潤一郎「春琴抄」
脚本:新藤兼人
撮影:黒田清巳
照明:岡本健一
録音:辻井一郎
音効:東洋音響
美術:渡辺竹三郎
化粧:小林重夫
衣裳:新井喜一
編集:近藤光雄
音楽:林光
現像:東京現像所
製作主任:櫻井勉
助監督:星勝二
監督助手:国上敦史、菊池昭典
撮影助手:高尾義照、金徳哲
照明助手:磯崎敏信、小山勲
美術助手:大谷和正
編集助手:近藤充雄
時代考証:高津年晴
書:貞広観山
録音所:アオイスタジオ
衣裳:京都衣裳 小道具:高津映画装飾
制作宣伝:花安静香
制作経理:吉野三保子
スチール:新関次郎
出演:乙羽信子、渡辺督子、河原崎次郎、原田大二郎、武智鉄二、殿山泰司、戸浦六宏、初井言栄、草野大吾、新藤兼人
1972年日本・近代映画協会+ATG/スタンダードサイズ・カラー102分35mmフィルム
讃歌 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


新藤兼人監督(本人役)                 乙羽信子

映画「けんかえれじい」

けんかえれじいけんかえれじい
高橋英樹                       浅野順子

今回は鈴木清順監督1966年製作「けんかえれじい」をピックアップする。
本作は、昭和10年頃の旧制中学において”バンカラ”と呼ばれた少年たちが喧嘩に明け暮れる日々を描いた鈴木隆氏の同名小説が原作で、新藤兼人氏(監督)が脚本を書かれた。
鈴木清順監督は、「脇役が面白くない」などの理由で脚本に大幅な改変を加え、更に原作にも脚本にもない北一輝と主人公との遭遇を追加し、撮影中にも即興演出による改変を加えたそうだ。主演の高橋英樹さんが22歳の時に撮られた作品である。

【当プログで紹介した鈴木清順監督作品】
1960年「すべてが狂ってる
1966年「東京流れ者
1966年「けんかえれじい
1966年「河内カルメン
1980年「ツィゴイネルワイゼン

【追記・訃報】
「ツィゴイネルワイゼン」「オペレッタ狸御殿」などで知られた映画監督の鈴木清順氏(すずき・せいじゅん、本名・鈴木清太郎=すずき・せいたろう)が2017年2月13日午後7時32分、慢性閉塞性肺疾患のため東京都内の病院で亡くなった。93歳。東京都出身。葬儀・告別式は故人の遺志により近親者のみで執り行われた。喪主は妻・崇子(たかこ)さん。1923年(大12)生まれ。1948年に松竹入り、54年に日活に移籍し、56年「港の乾杯 勝利をわが手に」で監督デビュー。赤木圭一郎主演の「素っ裸の年齢」、小林旭主演「関東無宿」、渡哲也主演「東京流れ者」、高橋英樹主演「けんかえれじい」など独特の色彩感覚を生かした作品で人気を集めた。のちにカルト的な人気となった1967年「殺しの烙印」を最後に「分からない映画ばかり撮る」と日活を解雇されたが、1971年に裁判の末に和解。1977年「悲恋物語」で監督業に復帰した。1980年「ツィゴイネルワイゼン」が国内外で高く評価され、ベルリン国際映画祭で審査員特別賞に輝いたほか、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞などを受賞。その後、「陽炎座」「夢二」などを発表し、第58回カンヌ国際映画祭で栄誉上映特別作品として招待された2005年の「オペレッタ狸御殿」が遺作となった。1990年紫綬褒章。スポニチアネックス 2/22(水) 14:52配

けんかえれじいけんかえれじい

【ストリー】
岡山中学の名物男南部麒六(高橋英樹)は“喧嘩キロク”として有名だ。キロクに喧嘩のコツを教えるのが、先輩のスッポン(川津祐介)。そのスッポンのすすめでキロクは、OSMS団に入団した。OSMS団とは岡山中学五年生タクアン(片岡光雄)を団長とするガリガリの硬派集団だ。そのOSMS団と関中のカッパ団とが対決した。キロクの暴れぶりは凄まじく、この喧嘩で忽ち副団長となった。だが、キロクにも悩みはあった。下宿先の娘道子(浅野順子)が大好きで、硬派の手前道子とは口もきけないからだ。反対に道子は一向に平気でキロクと口を聞き、野蛮人のケンカ・キロクには情操教育が必要とばかり、彼女の部屋にキロクを引き入れてピアノを練習させる始末だ。そのうえ、夜の散歩には必ずキロクを誘いだした。ケンカに強いが女にゃ弱い。キロクはガタガタふるえるばかり。この二人の道行きをタクアンが見つけたからおさまらない。硬派にあるまじき振舞いとばかり、キロクを殴りつけようとした。それと知ったスッポン先輩がかけつけて、その場は何とか切り抜けたが、キロクの道子病は重くなるばかり。その煩悩をたち切ろうと、学校では殊更暴れ廻り、配属将校と喧嘩したため、若松の喜多方中学校に追い出されてしまった。しかし、転校一日目にして、喧嘩キロクの名前は全校にひろまってしまった。会津中学の昭和白虎隊と名乗る三人組をやっつけたからだ。この喧嘩は大喧嘩に発展した。昭和白虎隊がキロクに宣戦布告をしたからだ。キロクには喜多方中学の硬派が続々と集り、決戦の場会津鶴ケ城でしゆうを決することになった。この大喧嘩は町中の評判となり、キロクは停学処分をうけた。下宿でポツンと一人で居るキロクのところに、珍客が現われた。はるばる岡山から道子が尋ねて来たのだ。感動の面持ちで、じっと道子をみつめるキロクに道子が思いがけないことを告げた。道子は長崎の修道院に入るというのだ。キロクは絶望のどん底にたたきこまれる思いだった。このつらさを忘れるためにも、もっともっと暴れまわらなけりゃならない、喧嘩しなければならないとキロクは思うのだった。

けんかえれじいけんかえれじい
宮城千賀子、浅野順子

題名:けんかえれじい
監督:鈴木清順
企画:大塚和
原作:鈴木隆
脚本:新藤兼人
撮影:萩原憲治
照明:熊谷秀夫
録音:秋野能伸
美術:木村威夫
凝斗:高瀬将敏
編集:丹治睦夫
音楽:山本直純
製作主任:山野井政則
助監督:葛生雅美
スチール:浅石靖
出演:高橋英樹、浅野順子、川津祐介、宮城千賀子、加藤武、浜村純、佐野浅夫、松尾嘉代、片岡光雄、野呂圭介、前田武彦、長弘、玉川伊佐男
1966年日本・日活/シネスコサイズ・モノクロ86分35mmフィルム
けんかえれじい [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

けんかえれじいけんかえれじい

映画「卍(まんじ)」

卍(まんじ)卍(まんじ)
若尾文子                     岸田今日子

今回は増村保造監督1964年製作「卍(まんじ)」をピックアップする。
本作は谷崎潤一郎氏原作の同名小説を新藤兼人氏が脚色した作品で、当時タブーとされていたレズビアンをソフトに描いている。1983年に樋口可南子さん(光子)と高瀬春奈さん(園子)で横山博人監督、1998年に真弓倫子さん(光子)と坂上香織さん(園子)で服部光則監督がリメイクしている。

卍(まんじ)卍(まんじ)
岸田今日子、川津祐介                船越英二

【ストリー】
秘かに奈良の奥山を散策する二人の女性。手をしっかりと握って、どちらともなく微笑みかけている美しい二人は、洋服のよく似合う魅惑的な徳光光子(若尾文子)。その眼は特に印象的だ。そして和服の似合うもう一人の女性は、弁護士柿内孝太郎(船越英二)の妻で、チャーミングな小悪魔を思わせる柿内園子(岸田今日子)だった。この二人は同性愛であった。先日も、園子の寝室で、その美事な裸体を披露した光子は、その美しさに興奮した園子と、激しく抱き合っていた。最初は恥かしがっていた光子も、だんだんその奇妙な魅力のとりこになっていた。すっかり光子の美しさに魅惑された園子は、光子に綿貫栄次郎(川津祐介)という情夫がいることを知って、光子に裏切られたと、涙にくれた。だが光子を食いものにする綿貫は、園子と光子の愛情のこまやかなのを心配して、光子への愛を二人で分け合おうともちかけ、光子、園子、綿貫の奇妙な三角関係が生れた。だが、この関係も長くは続かず、光子と綿貫の関係を清算させようと園子が画策するのを知った綿貫は光子を脅迫した。これに絶望した光子と園子は狂言自殺をしたが、朦朧とした園子の眼に映ったのは、自殺の知らせを聞いて、駈けつけた園子の夫孝太郎と、光子の情事であった。ここに、光子のとりことなった孝太郎と、光子、園子の新しい三角関係が成立した。ところがある日のこと、三人にとって致命的な事件が起きた。綿貫が写真に撮った誓約書を新聞にスッパ抜いたのだ。醜聞は、広まり、三人の前には、自殺でつぐなうより他に手はないように思えた。ある夜ベッドで睡眠薬を飲んだ三人は、静かに事を処理した。だが翌日、光子と孝太郎はすでに息絶え、園子だけが生き残っていた。

卍(まんじ)卍(まんじ)
卍(まんじ)」
卍(まんじ)卍(まんじ)

題名:卍(まんじ)
監督:増村保造
企画:斎藤米二郎
原作:谷崎潤一郎
脚本:新藤兼人
撮影:小林節雄
照明:泉正蔵
録音:須田武雄
美術:下河原友雄
編集:中静達治
音楽:山内正
現像:東京現像所
製作主任:渡辺俊策
助監督:崎山周
スチール:薫森良民
出演:若尾文子、岸田今日子、船越英二、川津祐介、山茶花究、三津田健
1964年日本・大映/シネスコサイズ・カラー91分35mmフィルム
卍(まんじ) [DVD]
2015年6月現在、DVDレンタルはありません。

卍(まんじ)卍(まんじ)
若尾文子

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