映画「暗黒街の顔役 十一人のギャング」

暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
鶴田浩二                        高倉健

今回は石井輝男監督1962年製作「暗黒街の顔役 十一人のギャング」をピックアップする。
まるで新東宝の作品であるごとく、シネスコフレーム、美術セット、ハイコントラストの照明は引き継いでいると言ってよいハードボイルド映画の本作である。石井輝男監督は1942年に東宝で撮影助手として入社し、1946年に新東宝に演出部に転籍し、渡辺邦男、清水宏、成瀬巳喜男監督に師事する。1957年新東宝で「リングの王者 栄光の世界」で監督昇進し作品を量産する。新東宝倒産の1961年に東映と専属契約を結び「花と嵐とギャング(ニュー東映)」が移籍第一作、東映での7作目が本作である。1963年1月15日に公開された。

暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
鶴田浩二、江原真二郎                  杉浦直樹
暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
丹波哲郎                        木暮実千代

【ストリー】
浜松市にある東和鋼管では、給料の袋詰め作業を給料日の前日にしていた。それを狙って権藤(鶴田浩二)と別当(杉浦直樹)は綿密な計画をたてていた。別当はこの計画の手始めとして、浜松運送の定期便運転手、沢上(高倉健)に接近して24日の定期便で必ず彼が乗り込むこと、トラックが市外の東和鋼管附近で二人の男を拾うことを約束させた。一方、権藤は昔の仲間、海老名(江原真二郎)をたずねて仲間に引き入れ、山之内美和(木暮実千代)をゆすり今度の計画に必要な資金調達を果した。また権藤は、立川のバーのマスター、ジョージ(アイ・ジョージ)をたずね自動小銃と拳銃ワルサーを手に入れた。それに、襲撃現場で使う車の運転手も権藤の愛人、ユキ(瞳麗子)がやることになった。深夜、山之内美和邸で最後の作戦会議が開かれ、権藤、別当、ユキ、それに美和と彼女の情夫、芳賀(丹波哲郎)の間で周到な打合せが行われた。襲撃の日が遂にやってきた。権藤、別当、ユキ、海老名と彼の仲間の葉室(待田京介)、広岡(高英男)らは浜松に集結した。が、定期便運転手の沢上は酔っていた。が、キャバレーの女給まゆみ(三原葉子)に説得され承諾した。権藤、別当、海老名、葉室、広岡らは東和鋼管に闖入した。唖然とする課員を尻目に別当と広岡は金をダンボールに詰め込んだ。5人は無事脱出した。別当は一人待機していたユキの車に送られ、附近の松林で定期便を待った。ユキの車は引返して権藤や海老名を乗せて反対方向へ走った。沢上の運転する定期便がユキの車とすれ違ったとき、権藤は定期便に乗り移った。車はスピードアップした。そこへ浜松のギャング・黒部達(安部徹)が迫り海老名らを射殺し、車を奪い定期便の後を追った。一方、別当を拾った定期便内では、秘かに乗っていたまゆみをめぐり、別当、権藤、沢上が対立していた。が、その時、黒部達の車が近づいた。壮烈な射撃戦が展開され、数十分の後、硝煙の漂う中にギャング達は全員死んでいた。

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三原葉子                        瞳麗子
暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
待田京介                       アイ・ジョージ

題名:暗黒街の顔役 十一人のギャング
監督:石井輝男
企画:岡田茂、亀田耕司、片桐譲
脚本:石井輝男
撮影:西川庄衛
照明:元持秀雄
録音:廣上庄三
美術:森幹男
編集:鈴木寛
音楽:八木正生
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
進行主任:松田義夫
助監督:鷹森立一
スチール:山守勇
出演:鶴田浩二、高倉健、江原真二郎、梅宮辰夫、杉浦直樹、本間千代子、三原葉子、瞳麗子、木暮実千代、待田京介、高英男、吉川満子、伊沢一郎、安部徹、アイ・ジョージ、丹波哲郎、由利徹
1962年日本・東映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー85分35mmフィルム
暗黒街の顔役 十一人のギャング -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
安部徹                         本間千代子
暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
杉浦直樹、瞳麗子、鶴田浩二                江原真二郎

暗黒街の顔役 十一人のギャング(映画スチール)
暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
鶴田浩二、木暮実千代、丹波哲郎          江原真二郎、 待田京介
暗黒街の顔役 十一人のギャング暗黒街の顔役 十一人のギャング
鶴田浩二、丹波哲郎               暗黒街の顔役 十一人のギャング

映画「最後の博徒」

最後の博徒最後の博徒
松方弘樹                 千葉真一、峰岸徹、三島ゆり子、成田三樹夫
最後の博徒最後の博徒
岡田奈々                       三島ゆり子

今回は山下耕作監督1985年製作「最後の博徒」をピックアップする。
仁義なき戦いシリーズ」開始から12年後に作られた本作の舞台も広島だが、”仁義ある任侠”もあったというノスタルジックな内容で拍子抜けした。東映任侠映画を支えて来た俳優陣が総出演するのは良いのだが、アクションやガンファイトシーンも少なく、迫力に乏しい内容だった。本作は鶴田浩二さんの遺作となった作品でもある。

最後の博徒最後の博徒
成田三樹夫                   千葉真一、松方弘樹
最後の博徒最後の博徒
鶴田浩二                        梅宮辰夫 

【ストリー】
昭和52年4月13日、北陸最大の組織で北陸の帝王と呼ばれた川名組・川名勇組長(柳田真宏)が越前三国で殺害された。福井県警はその日のうちに刺客4人を逮捕。さらに殺人教唆の黒幕として、荒谷政之(松方弘樹)を逮捕した。荒谷には懲役20年の判決が下りた。荒谷は少年時代から呉の素人賭場に出入り、石岡博(梅宮辰夫)の子分となる。そこで博徒の行儀作法を学んだ。一年後には若中に成長した彼に目をかけてくれたのは兄費分の大松義寛(江夏豊)である。昭和21年8月、大松は愚連隊を叩き潰した。その中には後の大原組組長大原勝(泉谷しげる)がおり、彼は後に呉一帯をしきる山辰信男(成田三樹夫)と親交があった。石岡は大松を怒った。朝鮮戦争勃発直前、新興の運送業者山辰は勢力を伸ばし、山辰組を拡大していく。そんな時、呉駅近くで博徒のいざこざが起り、山辰組の若い者に突然現われた加納良三(千葉真一)が助っ人をした。山辰は警察に捕まった加納を見込んで5万円の保釈金を積み子分にした。だが加納は刑務所内で大松と兄弟分の盃を交わしていた。荒谷と加納もすぐ親しくなった。昭和24年9月、加納は石岡を撃つ。だが命までは取れず刑務所入りとなった。この事件が山辰の命令と知った荒谷は単身山辰の命を狙うが、彼をかばうために出て来て命を落してしまったのは大松だった。この抗争は、山辰が加納を破門にするという条件を加え、広島の大親分清島春信(萬屋錦之介)の仲介で手打ちとなる。荒谷は山辰を狙って逮捕される。昭和27年6月、大原によって石岡が刺殺された。この仇は荒谷の若い者杉本(清水健太郎)が打ったが、山辰はのうのうと毎日を送っていた。荒谷はいつかは山辰を殺ると決心した。そんな荒谷に脅えて、山辰は刑務所内にまで刺客を送り込んできた。だが、荒谷の命はなかなか取れなかった。昭和34年2月、荒谷は出所。彼は神戸の神岡組の三代目、田城一正(丹波哲郎)の最高幹部の菅田組組長菅田猛雄(鶴田浩二)と兄弟分の盃を交わした。その頃、山辰は呉を一本化、共栄会という組織を作り、初代会長におさまっていた。昭和45年9月、加納の出所の時が来た。加納と荒谷は手を握り合い、打倒山辰をめざす。そんな二人の前に清島が現われ、山辰を引退させるから、彼から手を引いてくれと言うのだった。加納は足を洗い、荒谷は幼な馴染の道代(岡田奈々)を妻にして、大阪で一匹狼としての組を組織した。昭和50年9月、菅田組内の川名組と浅井組が戦争に突入。菅田は神岡組から絶縁状を送られてしまう。そんな時、荒谷のところに川名殺害の殺人教唆の逮捕状がきた。彼は菅田に最後の言葉を送った。菅田と神岡組三代目は和解した。昭和59年9月、最高裁は荒谷の原判決を破棄した。

最後の博徒最後の博徒
丹波哲郎                         峰岸徹
最後の博徒最後の博徒
萬屋錦之介                     松方弘樹、江夏豊

題名:最後の博徒
監督:山下耕作
企画:藤映像コーポレーション
製作総指揮:俊藤浩滋、高岩淡
製作:佐藤雅夫、厨子稔雄
原作:正延哲士「最後の博徒 波谷守之の半生」
脚本:村尾昭
撮影:鈴木達夫
照明:渡辺喜和
録音:芝氏章
整音:荒川輝彦
美術:井川徳道
装置:梶谷信男
装飾:窪田治
背景:西村三郎
衣裳:森譲、豊中健
美粧・結髪:東和美粧
擬斗:上野隆三
配役:葛原隆康
記録:石田照
編集:玉木濬夫
音楽:伊部晴美 主題歌:松下奈生「叱られた子のように」
進行主任:野口忠志
助監督:俵坂昭康
演技事務:村田五郎
和楽:中元敏生
舞踊指導:藤間紋蔵
方言指導:国一朗太、司祐介、宮川珠季
宣伝:寺西国光、小田和治、吉富三久良、佐藤一也
製作宣伝:丸国艦
スチール:飯塚文正
出演:松方弘樹、鶴田浩二、丹波哲郎、千葉真一、梅宮辰夫、萬屋錦之介、成田三樹夫、品川隆二、岡田奈々、待田京介、江夏豊、泉谷しげる、清水健太郎、木之元亮、誠直也、ガッツ石松、三島ゆり子、峰岸徹、日高澄子、森次晃嗣、苅谷俊介、岡崎二朗、丹波義隆、岩本多代、下川辰平、柳田真宏、小松方正(ナレーター)
1985年日本・東映/ビスタサイズ・カラー125分35mmフィルム
最後の博徒 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

最後の博徒最後の博徒
苅谷俊介、森次晃嗣                  最後の博徒

映画「人生劇場 飛車角」


鶴田浩二                     佐久間良子

今回は沢島忠監督1963年製作「人生劇場 飛車角」をピックアップする。
人生劇場は、1936年に内田吐夢監督が日活で製作したのが始まりで、東宝、大映でも製作されているが、物語の脇役に過ぎない飛車角こと小山角太郎に着目し、スピンオフ作品として作られたのが本作である。
当時の東映社長であり製作総指揮を執った岡田茂氏が、東映京都撮影所で時代劇を中心に活躍していた沢島忠監督を東映東京撮影所に呼び寄せ製作した。描かれた義理と人情と男の悲哀、その中で生きるヤクザ者の姿が、熱狂的な支持を集め大ヒットした。これからヤクザを主体に据えた新しいジャンル「ヤクザ映画」が生まれ、仁侠映画、実録路線、女ヤクザを生んで行ったという。


高倉健                      月形龍之介

【ストリー】
横浜の遊女だったおとよ(佐久間良子)と逃げのびて来た飛車角こと小山角太郎(鶴田浩二)は、小金親分(加藤嘉)の計らいで深川の裏町に住むことになった。そんなある日、小金一家と文徳組は喧嘩になった。一宿一飯の義理を持つ飛車角は、宮川健(高倉健)と熊吉を連れて文徳一家に殴りこんだ。そこで飛車角は文徳(沢彰謙)を刺し殺し、吉良常(月形龍之介)と名のる老人に救われた。吉良常は一目みて飛車角に惚れこんだ。小金の弟分奈良平(水島道太郎)の計らいでおとよと逢った飛車角は、警察に自首、五年の刑で前橋刑務所に服することになった。飛車角の帰りを待つおとよを、奈良平は深川不動の夏祭に誘った。その二人の目の前で小金親分が何者かに殺された。奈良平の冷たい笑いにおとよは総てを察した。おとよは逃げた。そのおとよを宮川が救った。そこで二人は同じような身の上であることを知って自然に結ばれた。だが、宮川はおとよが飛車角の女と知って愕然とした。そして悩んだ。そんな頃、恩赦で飛車角が刑務所を出た。吉良常一人が出迎えに出ていて、おとよと宮川のことを飛車角につげた。飛車角は男らしくおとよをあきらめ、吉良常の勧めるまま吉良へ足を運んだ。吉良で青成瓢(梅宮辰夫)吉と知り会った飛車角は、吉良で骨を埋めようと決心するのだった。吉良常が娘のように可愛がっている料理屋よしだやの娘お千代(本間千代子)も、そうした飛車角を慕うようになった。そうした飛車角のところに宮川とおとよが詫びを入れに来た。飛車角はだまって二人を許してやるのだった。そしてまた何カ月が過ぎた。仁吉まつりの権利をめぐって吉良常は、土地のテキ屋浜勝(山本麟一)と争うことになった。飛車角は単身浜勝おとずれ、仁吉まつりには指一本ふれないという証文をとりあげた。浜勝も飛車角の男らしい態度に手も足も出なかった。
そんなところへ熊吉がやって来た。男を立てようとした宮川が、小金親分を殺したのが奈良平だと知って、単身殴り込みをかけて殺されたというのだ。飛車角はお千代の止めるのもきかず東京へ飛んだ。お千代の泣き声を背にするのはつらかったが、吉良常は分ってくれると思ったのだ。「飛車角来たる!」奈良常一家は沸いた。一家総動員で飛車角を待ちうけていた。これを知ったおとよは、必死になって飛車角を止めたが、「あの世で逢おうぜ」と飛車角はずらりと並んだ刃の中へ飛びこんでいったのだった。


村田英雄                    村田英雄、高倉健

題名:人生劇場 飛車角
監督:沢島忠
企画:岡田茂、亀田耕司、吉田達
原作:尾崎士郎
脚本:直居欽哉
撮影:藤井静
照明:川崎保之丞
録音:大谷政信
美術:進藤誠吾
殺陣:谷俊夫
編集:田中修
音楽:佐藤勝 主題歌:村田英雄「人生劇場」
現像:東映化学
製作主任:白浜汎域
助監督:田口勝彦
出演:鶴田浩二、高倉健、佐久間良子、月形龍之介、村田英雄、梅宮辰夫、本間千代子、曽根晴美、山本麟一、田中春男、加藤嘉、潮健児、水島道太郎、沢彰謙
1963年日本・東映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー94分35mmフィルム
人生劇場 飛車角 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


人生劇場 飛車角」高倉健、佐久間良子      鶴田浩二、高倉健

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