映画「松川事件」

松川事件松川事件
小沢弘治                      西村晃

今回は山本薩夫監督1961年製作「松川事件」をピックアップした。
本作は1960年11月5日にクランクインし、ロケ地は仙台高等裁判所付近等行 われ、強要された虚偽の自白内容のレール外しのシーンは現在の千葉県佐倉市付近で撮影され、仙台高裁前のラストシーンは福島、宮城、東京、新潟、栃木、千 葉、神奈川各県から約2000人のエキストラが参加したそうだ。
本作は35mm版36本がプリントされて792館の劇場で上映され160万人の観客を獲得した。また16mm版は67本が縮小プリントされ1300会場1600回210万人が鑑賞したそうだ。

本作は第一審、第二審の公判記録を中心に、事実に忠実にシナリオが書かれ細部にわたって再現されている。被告と家族、弁護人の氏名、弁護士の所属団体(自由法曹団)は実名である。冤罪の問題は過去の出来事だとは言えない。つまり、警察のでっちあげによる冤罪は「足利事件(2010年3月再審無罪 判決)」「東電OL殺人事件(2011年11月再審無罪判決)」「袴田事件(2014年3月死刑執行停止-釈放-再審)」など近年でも数多く存在する。
そ の意味で半世紀以上前に作られた本作が描く「いかにして犯人に仕立てられ死刑判決が高裁で出るまで」はリアリティにはんぱない

【松川事件とは】
1949年(昭和24年)8月17日午前3時9分頃 、福島県信夫郡金谷川村の日本国有鉄道(国鉄)東北本線[青森発上野行き上り412旅客列車(C51形蒸気機関車牽引)]で起きた列車往来妨害事件で、下 山事件、三鷹事件と並び国鉄三大ミステリー事件とされており、警察によるでっちあげで容疑者が逮捕されたもののその後の裁判で全員が無罪となり未解決事件 となった。捜査当局はこの事件を、当時の大量人員整理に反対し、東芝松川工場(現北芝電機)労働組合と国鉄労働組合(国労)構成員の共同謀議による犯行との見込みを 付けて捜査を行った。事件発生から24日後の9月10日、元国鉄線路工の少年が傷害罪で別件逮捕され、松川事件についての取り調べを受けた。少年は逮捕後 9日目に松川事件の犯行を自供、その自供に基づいて共犯者が検挙された。9月22日、国労員5名及び東芝労組員2名が逮捕され、10月4日には東芝労組員 5名、8日に東芝労組員1名、17日に東芝労組員2名、21日に国労員4名と、合計20名が逮捕者の自白に基づいて芋づる式に逮捕、起訴された。1950 年(昭和25年)12月6日の福島地裁による一審判決では、被告20人全員が有罪(うち死刑5人)、1953年(昭和28年)12月22日の仙台高裁によ る二審判決では17人が有罪(うち死刑4人)、3人が無罪となったが、裁判が進むにつれ被告らの無実が明らかになり、作家の広津和郎が中央公論で無罪論を 展開した。また宇野浩二、吉川英治、川端康成、志賀直哉、武者小路実篤、松本清張、佐多稲子、壷井栄ら作家・知識人の支援運動が起こり、世論の関心も高 まった。1959年(昭和34年)8月10日、最高裁は二審判決を破棄し、仙台高裁に差し戻した。検察側の隠していた「諏訪メモ」(労使交渉の出席者の発 言に関するメモ。被告達のアリバイを証明していた。使用者側の記録者の名から)の存在と、検察が犯行に使われたと主張した「自在スパナ」(松川駅の線路班 倉庫に1丁あった)ではボルトを緩められないことが判明した。1961年(昭和36年)8月8日、仙台高裁での差し戻し審で被告全員に無罪判決。
1963年(昭和38年)9月12日、最高裁は検察側による再上告を棄却、被告全員の無罪が確定した。判決当日、NHKは最高裁前からテレビ中継を行い、 報道特別番組『松川事件最高裁判決』として全国に放送した。無罪判決確定後に真犯人追及の捜査が継続された形跡はなく、1964年8月17日午前零時、汽 車転覆等及び同致死罪の公訴時効を迎えた。
被告たちは一連の刑事裁判について国家賠償請求を行い、1970年8月に裁判所は判決で国に賠償責任を認める判 断を下した。この事件は、「日本共産党支持層であった東芝社員らの労働運動を弾圧するためにGHQや警察が仕組んだ謀略である」とする説が事件直後からさ さやかれた。事故直前に現場を通過する予定であった貨物列車の運休、警察が余りにも早く現場に到着した点や、事件後に現場付近で不審人物を目撃したという 男性の不審死などの不可解な部分があると言われており、これらを元に謀略説の可能性が指摘されている。事件から20年経った1970年(昭和45年)7 月、中島辰次郎が『アサヒ芸能』上で事件の真犯人であると告白、国会でも取り上げられたことがある。中島はキャノン機関のメンバーと共にレールを外した工 作の経緯を詳細に語ったが、信憑性を疑う見方も多く真偽は不明である。
(参照:ウィキペディア)

松川事件松川事件
宇野重吉                      多々良純

【ストリー】
福島の街はまだ眠りに包まれていた。二つの影が冷くいかめしい地区警察署に吸いこまれていった。一人は本間刑事、一人は十九歳のチンピラ青年赤間勝美。東 北本線金谷川駅と松川駅間で上り旅客列車の脱線転覆事件があってから一カ月近くたった昭和二十四年九月十日のことである。その日から、激しい赤間取調べが 始まった。否認を続ける赤間に、組合幹部への憎しみと恐怖心をあおりたてる果てしない拷問。赤間の瞳は次第に焦点を失っていった。警察官、検察官によって あらかじめ用意されたウソの供述書を筋書通りに作らされた。この“赤間自白”をもとに、国鉄労組から十名、東芝労組から十名が次々と逮捕された。その年の 十二月五日、福島地方裁判所で第一回公判が開かれた。
赤間は冒頭から警察での自白をひるがえし、無実を主張した。公判は回を重ねるにつれ、この事件をめぐる警察、検査側の陰謀を明らかにしていった。昭和二十 五年十二月六日、死刑五名、無期懲役五名、残る十名に長期刑という判決。裁判は被告たちの考えたほど甘いものではなかった。昭和二十八年十二月二十二日、 仙台高等裁判所における第二審判決の日がきた。三名をのぞいて全員有罪。
判決文というより、検事の最終論告そのものだった。裁告たち、弁護人団は怒りにふるえた。佐藤一被告がトラックの上に立ち、被告団声明を読みあげた。
拍手が起り、「真実の勝利のために」の歌声が起った。

松川事件松川事件
宇野重吉、宇津井健

題名:松川事件
監督:山本薩夫
製作:伊藤武郎、糸屋寿雄
脚本:新藤兼人、山形雄策
撮影:佐藤昌道
照明:鈴賀隆夫
録音:安恵重遠
美術:久保一雄
編集:河野秋和
音楽:林光
出演:宇野重吉、宇津井健、小沢弘治、北林谷栄、沢村貞子、永井智雄、下元勉、西村晃、多々良純、加藤嘉、名古屋章、殿山泰司、井上昭文
1961年日本・新日本映画社/スタンダードサイズ・モノクロ162分35mmフィルム
松川事件 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

松川事件松川事件

映画「復讐するは我にあり」

復讐するは我にあり復讐するは我にあり
緒形拳

今回は今村昌平監督1979年製作「復讐するは我にあり」をピックアップする。
「にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活」から9年ぶりの本作は、1970年に直木賞を受賞した佐木隆三氏の同名の原作を映画化したもので緒形拳の鋭い演技が冴え渡る作品だ。共演の三國連太郎、倍賞美津子、小川真由美が作品に厚みを持たせている。また映画化権を巡り、黒木和雄、深作欣二、藤田敏八と映画化権利取得を争った経緯があった。本作は3/2がロケーション撮影され残りが浜松でロケセット撮影、弁護士殺害シーンは実際の殺害事件の現場であるアパートで撮影されたそうだ。

復讐するは我にあり復讐するは我にあり
三國連太郎                   倍賞美津子

【ストリー】
日豊本線築橋駅近くで専売公社のタバコ集金に回っていた柴田種次郎、馬場大八の惨殺死体が発見され、現金41万円余が奪われていた。かつてタバコ配給に従 事した運転手榎津厳が容疑者として浮かんだ。榎津は駅裏のバー「麻里」のママ千代子を強姦、アパートに連れこんで関係を強要し続けるなど、捜査員の聞き込 んだ評判も悪い。二ヵ月前までは、ヌードダンサー上りで「金比羅食堂」をやっていた吉里幸子と同棲、母子家庭をガタガタにもした。数日後、宇高連絡船甲板 に幸子と両親宛ての榎津の遺書と、一足のクツが見つかり、投身自殺の形跡があった。偽装と疑った警官が別府市・鉄論で旅館を営む榎津の実家を訪れると、老 父鎮雄、病身の母かよ、妻加津子は泣きながら捜査の協力を誓う。一家は熱心なカトリック信者だが、戦争中、厳は網元をしていた父が軍人に殴られ、無理矢理 舟を軍に供出させられた屈辱の現場を目撃して、神と父への信仰を失い、預けられた神学校で盗みを働き、少年刑務所へ送られた。その後も犯罪と服役を繰り返 し、その間に加津子と結婚した。結婚後、加津子も入信したが、榎津に愛想をつかし離婚、その後、尊敬する義父の懇望に従い再入籍。榎津は出所する度に父と 加津子との仲を疑い、父に斧を振り上げるなど、一家の地獄は続いた。浜松に現われた榎津は貸席「あさの」に腰をすえ、大学教授と称して静岡大などに出没、 警察をあざ笑うような行為を重ねる。千葉に飛んだ榎津は裁判所、弁護士会館を舞台に老婆から息子の保釈金をだまし取り、知り合った河島老弁護士を殺して金 品を奪った。この頃になると警察史上、最大といわれる捜査網が張り張り巡らされていた。浜松に戻った榎津の素姓に「あさの」の女主人ハルやその母、ひさ乃 も気づき始めた。しかし、榎津に抱かれるハルは「あんたの子を生みたい!」とその関係に溺れ、元殺人犯で競艇狂いのひさ乃も榎津を逃そうとする。だが、そ んな母娘を榎津は絞め殺し、「あさの」の家財を売り飛ばし、電話まで入質して逃亡資金を貯え、七十八日後、九州で捕まるまで詐欺と女関係を繰り返した。絞 首台に上がる直前、最後の面会に来た父に榎津は「おやじ……加津子を抱いてやれ……。
人殺しをするならあんたを殺すべきだった」と毒づく。残された一家に も重い葛藤があった。死の床にある母は「私も女じゃけえ、お父さんを加津子に渡しとうなか」と言い続けた。父も地獄のような家を守ってきた嫁が心底かわい く、信仰とのはざまに悩みぬく。そんな義父を加津子は無性に好きだった。榎津の処刑後、別府湾を望む丘に、骨壷から、榎津の骨片を空に向って投げる、鎮雄 と加津子の姿があった。

復讐するは我にあり復讐するは我にあり
倍賞美津子、三國連太郎               白川和子

題名:復讐するは我にあり
監督:今村昌平
製作:井上和男
原作:佐木隆三
脚本:馬場当
撮影:姫田真佐久
照明:岩木保夫
美術:佐谷晃能
録音:吉田庄太郎
記録:八巻慶子
編集:浦岡敬一
現像:東洋現像所
音楽:池辺晋一郎
助監督:新城卓
監督助手:北西洋一、森安建雄、中田信一郎
撮影助手:門倉祐一、丸池納、原一男、鈴木悟
スチール:石黒健治
出演:緒形拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子、小川真由美、清川虹子、殿山泰司、絵沢萠子、白川和子
1979年日本・松竹+今村プロダクション/ビスタサイズ・カラー140分35mmフィルム
復讐するは我にあり デジタルリマスター版 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

復讐するは我にあり復讐するは我にあり
復讐するは我にあり

映画「豚と軍艦」


長門裕之

今回は今村昌平監督1961年製作「豚と軍艦」をピックアップする。
本作は、朝鮮戦争前後の日本を背景に、米軍基地の町(横須賀)を舞台に軍から排出される残飯で豚を飼育して荒稼ぎするヤクザが自滅するまでをシニカルに描いた内容だ。
今村昌平氏が言う重喜劇性が顕著に表現された作品になっている。


吉村実子                    吉村実子 ・ 山内明

撮影は日活の名匠姫田真佐久氏。当時新人だった吉村実子さんを囲む俳優陣が凄い。長門裕之・南田洋子、小沢昭一、中原早苗、丹波哲郎、加藤武、西村晃、殿山泰司、三島雅夫、各氏の演技はその後の日本映画を支えた事は言うまでもない。
今村昌平監督は、本作後に「にっぽん昆虫記(1963年)」「赤い殺意(1964年)」と佳作が続き、1975年に横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)を開校する。私の知り合いにも卒業生は多い。「ゼブラーマン(2004年)「SUKIYAKI WESTERN ジャンゴ(2007年)」の三池崇史監督、「踊る大捜査線(1997年)」の本広克行 監督も卒業生だそうだ。


山内明 ・ 殿山泰司

その後、今村昌平監督の主な作品は「復讐するは我にあり(1979年)」「ええじゃないか(1981年)」「楢山節考(1983年)カンヌ映画祭パ ルムドール賞を受賞」 「黒い雨(1989年)」「うなぎ(997年)」そして2002年「11’09”01/セプテンバー11 日本編」を最後に2006年5月に79歳で亡くなられている。
また本作の助監督としてタイトルされている浦山桐朗氏は、大竹しのぶさんのデビュー作「青春の門(1975年)」「青春の門・自立篇(1976年)」、吉永小百合さん主演「夢千代日記(1985年)」で有名な監督だったが、1985年10月に他界されている。


丹波哲郎

【ストリー】
米海軍基地。遂に軍艦が入ると、水兵相手のキャバレーが立ちならぶ町の中心地ドブ板通りは俄然活気を呈してくる。ところが、そんな鼻息をよそに青息吐息の 一群があった。当局の取締りで根こそぎやられてしまったモグリ売春ハウスの連中、日森一家だ。ゆきづまった日森一家は、豚肉の払底から大量の豚の飼育を考 えついた。ハワイからきた崎山が基地の残飯を提供するという耳よりな話もある。ゆすり、たかり、押し売りからスト破りまでやってのけて金をつくり、彼らの “日米畜産協会”もメドがつき始めた。流れやくざの春駒がタカリに来た。応待に出た幹部格で胃病もちの鉄次の目が光った。たたき起されたチンピラの欣太は 春駒の死体を沖合まで捨てにいった。
「欣太、万一の場合には代人に立つんだ。くせえ飯を食ってくりゃすぐ兄貴分だ」という星野の言葉に、単純な欣太はすぐ その気になった。彼は恋人の春子と暮したい気持でいっぱいなのだ。
春子の家は、姉の弘美のオンリー生活で左うちわだったが、彼女はこの町のみにくさを憎悪 し、欣太には地道に生きようと言って喧嘩した。ある夜、豚を食った一家の連中は、春駒の死体をその豚に食わせたと聞き、口をおさえてとび出した。鉄次は血 まで吐いた。鉄次の入院で日森一家の屋台骨はグラグラになった。

会計係の星野が有金をさらってドロンし、崎山も残飯代を前金でしぼり取るとハワイに逃げて しまった。鉄次の見立ての結果は、ひどい胃癌で三日ももたないという。鉄次は殺し屋の王に殺してくれとすがりついた。欣太とはげしく口喧嘩をした春子は町 にとび出し、酔った水兵になぶりものにされた。日森一家は組長の日森と、軍治・大八とに分裂してしまった。両者とも勝手に豚を売りとばそうと企み、軍治た ちは夜にまぎれての運搬を欣太に命じた。鉄次の診断はあやまりで、単なる胃潰瘍だったが、それを知る前に王に殺されるのを知って血を吐いて倒れた。欣太は 豚をつみこむ寸前に先まわりした日森らにつかまってしまった。
豚をのせ走り出す日森のトラック群。それを追う軍治らのトラック。六分四分で手を打とうとい う日森だったが、欣太はもうだまされないと小型機関銃をぶっ放した。ドブ板通りには何百頭という豚の大群があれ狂った。誰もかも、豚の暴走にまきこまれ、 踏みつぶされた。
・・・数日後、一人になった春子は家出した。基地の町では、相変らず水兵と女と客引きがごったがえしていた。

題名:豚と軍艦
監督:今村昌平
脚本:山内久
撮影:姫田真佐久
照明:岩木保夫
美術:中村公彦
録音:橋本文雄
編集:丹治睦夫
音楽:黛敏郎
助監督:浦山桐朗
出演:長門裕之、吉村実子、三島雅夫、小沢昭一、中原早苗、丹波哲郎、山内明、加藤武、殿山泰司、西村晃、南田洋子
1961年ブルーリボン賞・作品賞受賞作品
1961年日本・日活/シネスコサイズ・モノクロ108分35mmフィルム
豚と軍艦 HDリマスター版 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

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