映画「かぶりつき人生」

かぶりつき人生かぶりつき人生
殿岡ハツエ                        丹羽志津

今回は神代辰巳監督1968年製作「かぶりつき人生」をピックアップする。
本作は田中小実昌氏の同名小説を”渡り鳥シリーズ”で長年チーフ助監督を務めた神代辰巳氏が、脚色・監督を担当した監督デビュー作である。この時、41歳であったそうだ。主演の殿岡ハツエさんは、日劇ダンシングチーム出身で本作が映画初主演である。

かぶりつき人生かぶりつき人生
かぶりつき人生

【ストリー】
洋子(殿岡ハツエ)はストリッパーの母笑子(丹羽志津)が結婚すると聞いて大阪から駆けつけた。親子水入らずで暮せると思ったが、笑子は夫の勝チン(玉村駿太郎)と共に、すぐ田舎回りに出て行った。その間、洋子は射的小屋で働き始めたが、間もなく勝チンが帰ってきた。笑子が警察に捕まったというのだった。そのため、洋子は喫茶店で働いて保釈金を作らねばならなかった。こうした笑子の生活に洋子は幻滅を感じた。その洋子がストリッパーになったのは、半分は自暴自棄からだった。しかし、洋子の舞台は、場末の小屋で踊る笑子とは違って、名古屋の一流の劇場だった。若くて身体のいい洋子は次第に客の人気を集めてきた。そして洋子が演出家の倉さん(長瀬正典)と寝たのは、さらにいい役を貰ってそこのスターになりたかったからだ。ある日洋子は、笑子と組んで温泉町の旅館を回っていた少女(新田紗子)に舗道でつき飛ばされ、車にはねられた。大した怪我ではなかったが、入院した洋子に、芸能記者の坂本(中台祥浩)が、この事件を記事にすると言った。洋子はその時、初恋の男のことも書いて欲しいと頼んだ。やがて、洋子はピンク映画の女優になり、坂本と結婚して東京に出た。洋子は売れっ子女優になったものの、坂本がヒモのような存在になっているのに嫌悪を覚えていた。笑子と勝チンの関係に似てきたからだ。洋子にとって、いやな日がつづいた。前に自分をつき飛ばしてケガをさせた少女と共演させられもした。そんな時、彼女は若いふとん屋(水木達夫)と会い、坂本との生活を精算すべく彼を殺して欲しいと頼んだのだった。ふとん屋は洋子の甘い言葉にその気になり、坂本を殺すと約束した。しかし、いざ、眠っている坂本を殺そうとして、ふとん屋の気持ちはにぶってしまった。それは、洋子も同じだった。彼女とてそんな大それたことを、本気になって考えていたわけではなかったのだ。ある日、洋子の前に若い男が現われた。坂本が週刊誌に書いた記事を読んで来た、洋子の初恋の男だった。その男は洋子の冷たい態度に怒り、短刀で洋子を刺し、暴れ回って警官に射たれた。洋子は幸い、生命に別状はなく、男と共に救急車で病院に運ばれた。その間、洋子は、この男が治ったら、一緒にバーでもやって暮らそうと考え続けていた。

かぶりつき人生かぶりつき人生
丹羽志津、玉村駿太郎                                                   殿岡ハツエ

題名:かぶりつき人生
監督:神代辰巳
企画:大塚和
原作:田中小実昌
脚本:神代辰巳
撮影:姫田真佐久
照明:岩木保夫
録音:太田六敏
美術:大鶴泰弘
編集:鈴木晄
音楽:真鍋理一郎
製作担当:長谷川朝次郎
助監督:三浦郎
スチール:浅石靖
出演:殿岡ハツエ、丹羽志津、玉村駿太郎、中台祥浩、花恵博子、名取幸政、長瀬正典、水木達夫、市村博、吉田武史、新田紗子、益田凡次、堺美紀子、和田平助
1968年日本・日活/シネスコサイズ・モノクロ94分35mmフィルム
かぶりつき人生 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

かぶりつき人生かぶりつき人生
殿岡ハツエ、水木達夫                                                    殿岡ハツエ

映画「君は恋人」

君は恋人
「君は恋人」太田雅子(梶芽衣子)、浜田光夫
君は恋人君は恋人
浜田光夫                        和泉雅子

今回は斎藤武市監督1967年製作「君は恋人」をピックアップする。
本作は、1966年7月に名古屋で暴漢に襲われ目を負傷した浜田光夫さんが、奇跡のカムバックを果たした再起第1作になる。
友情出演に当時の日活専属俳優総動員の他、GSブームで人気絶頂だったザ・スパイダースと歌謡界のヒット歌手が参加している。内容は、全快した浜田光夫さんが東京調布の日活撮影所に戻り、本作の映画撮影を再開するところから始まる。シナリオライターが渡哲也さん、映画監督が石原裕次郎さんという顔ぶれだ。虚実入り混じった劇中劇だが、豪華俳優陣が一堂に会するのは壮観だ。

君は恋人君は恋人
林家こん平、山内賢                     清川虹子、浜田光夫
君は恋人君は恋人
和泉雅子、ジャニーズ                  蕃ユミ

【ストリー】
浜田光夫は1年4ケ月ぶりに、「君は恋人」の主役でカメラの前に立った。石崎監督(石原裕次郎)や、スタッフの人たちは温かく彼を迎えてくれた。撮影も半ばを過ぎたある日、浜田は仲の良いスパイダースと会い、クライマックス・シーンの筋を話すと、スパイダースは話が暗い、と反対、みんなで脚本家の赤井(渡哲也)の所に押しかけ、「なおせ、なおせ」と夜通しコーラス攻勢をかけ、とうとう台本を書直させてしまった。その物語とは……工員の光夫は貧乏暮しを嫌い、母のさち(清川虹子)にも相談せず、やくざの仲間に入った。彼の夢は、宍戸組の幹部になり、どこにいるか分らない初恋の百合(吉永小百合)と一緒になることなのである。そんな光夫を、とんかつ屋の雅子(和泉雅子)が温かく見守っていた。ある日、宍戸組の仇敵の深江組親分(深江章喜)が出所することになり、宍戸組の大幹部の大野(戸田皓久)は、光夫に深江暗殺を命じた。出世の機会と勇んだ光夫だったが、ドタン場で尻込み、大野が深江を殺した。ともかくも事を達成した光夫は組の中堅に出世したが、さちや雅子は心を痛めていた。折りも折り、宍戸組の暴力に抗し立ち上がった流しの仲間の指導者で7人組のひとり井上(克美しげる)を、光夫は命令で刺した。だがそのため、光夫は用済みの存在となり、仲間に狙われ始めた。この時、初めて、光夫はやくざの卑劣さに気づき、目を覚ましたのだった。井上を見舞った光夫は彼が、快方に向っていると知って安心し、昔の工員仲間を連れ出して、宍戸組に殴り込みをかけ、大野たちに思うさま鉄拳制裁を加えたのだった。一方、光夫を不起訴にすると決めた井上は、彼の更生のためにレコード・ディレクターの須藤(小林旭)と葉川(葉山良二)に頼み、歌手としてデビューさせることになった。間もなく、立ち直った光夫は、百合が結婚していると知ってがっかりしたが、雅子の愛に包まれて、新しい道を歩き出して行った。

君は恋人君は恋人
石原裕次郎                        渡哲也 
君は恋人君は恋人
克美しげる、小林旭                   吉永小百合
君は恋人君は恋人
川地民夫、松原智恵子                  浅丘ルリ子
君は恋人君は恋人
芦川いづみ                         山本陽子
君は恋人君は恋人
宍戸錠                          和田浩治
君は恋人君は恋人
葉山良二                      二谷英明
君は恋人君は恋人
岡田眞澄                      舟木一夫
君は恋人君は恋人
田辺昭知とザ・スパイダース、浜田光夫(中央)   井上順、堺正章(ザ・スパイダース)
君は恋人君は恋人
荒木一郎                       黛ジュン
君は恋人君は恋人
坂本九、浜田光夫                  君は恋人

題名:君は恋人
監督:斎藤武市
企画:水の江滝子
脚本:若井基成
撮影:山崎善弘
照明:大西美津男
録音:高橋三郎
美術:坂口武玄
擬斗:高瀬将敏
振付:浦辺日佐夫
記録:白鳥あかね
編集:近藤光雄
音楽:中村八大、小野寺孝輔 主題歌:浜田光夫「君は恋人」「旅に出るなら」
挿入歌:舟木一夫「愛につつまれて」ジャニーズ「いつか何処かで」克美しげる「さすらい」「愛すればこそ君に」
荒木一郎「君に捧げん」「いとしのマックス」ザ・スパイダース「アヒルの行進」「バン・バン」黛 ジュン「恋のハレルヤ」
現像:東洋現像所
製作担当:長谷川朝次郎
助監督:樋口頴一
色彩計測:畠中照夫
スチール:荻野昇
出演:浜田光夫、和泉雅子、克美しげる、林家こん平、山内賢、戸田皓久、近藤宏、南寿美子、蕃ユミ、清川虹子、深江章喜、戸田皓久
友情出演:舟木一夫、田辺昭知とザ・スパイダース、荒木一郎、ジャニーズ、吉永小百合、宍戸錠、黛ジュン、殿岡ハツエ、スタジオNo1ダンサーズ、岡田眞澄、中村八大、坂本九、石原裕次郎、小林旭、浅丘ルリ子、芦川いづみ、高橋英樹、渡哲也、松原智恵子、山本陽子、和田浩治、川地民夫、二谷英明、葉山良二、太田雅子(梶芽衣子)
1967年日本・日活/シネスコサイズ・カラー94分35mmフィルム
君は恋人 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

君は恋人
「君は恋人」和泉雅子
君は恋人
「君は恋人」吉永小百合
君は恋人
「君は恋人」川地民夫、松原智恵子

君は恋人
「君は恋人」林家こん平、浜田光夫

新宿歌舞伎町のシーンで、右上に「嵐を呼ぶプロファイター(WHY GO ON KILLIGE?)」という映画看板がある。
これは1967年9月16日に公開されたアンソニー・ステファンが主演するマカロニ・ウエスタンである事から、撮影はそれ以降に行われた様だ。世界的ヒット作「夕陽のガンマン(FOR A FEW DOLLARS MORE)」は、1967年1月に日本で劇場公開された。父に連れられ観た強烈な記憶がある。残念ながら当時の映画興行収入は、低迷する邦画よりマカロニ・ウエスタンの方が圧倒的に勝っていたと記憶する。


アンソニー・ステファン         嵐を呼ぶプロファイター(WHY GO ON KILLIGE?)