映画「セックス・チェック 第二の性」

セックス・チェック 第二の性
滝田裕介、緒形拳、大楠道代(安田道代)
セックス・チェック 第二の性セックス・チェック 第二の性

今回は増村保造監督1968年製作「セックス・チェック 第二の性」をピックアップする。
1968年10月開催のメキシコシティオリンピックを意識して作られた本作は、緊張感のある構図とメリハリの効いたスピーディな展開、鬼気迫る緒形拳さんの演技と色気を魅せてくれる安田道代さん、小川真由美さんにスポ根物語の域を超えた印象に残る作品になっている。

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【ストリー】
陸上百メートルのスプリンター南雲ひろ子(安田道代)は、コーチ宮路(緒形拳)のもとで毎日猛訓練をつづけていた。宮路は、ひろ子が好記録を出すためには、女の中に潜んでいる男の能力をゆり起すこと、徹底的にエゴイストになることをアドバイスしていた。その指導通り、ひろ子は毎朝、ひげ剃りを欠かさなかったし、男性になり切ろうと努めた。第一回の記録会の日、日本記録に〇秒一せまる十一秒七の好記録を出したのだ。ひろ子をメキシコ・オリンピックで優勝させようとする宮路は、この結果に喜んだ。かつては、宮路自身も百メートルの名スプリンターで、十秒〇の壁を破るためには獣になって走れ、というコーチの言葉に従って猛訓練をつづけていたのだが、戦争でオリンピック出場を断念したのだった。自分の夢をひろ子にかける宮路だったが、そのひろ子が予選会のセックス・チェックで、半陰陽と診断され、女でないと宣告されたことは大きな衝撃だった。ひろ子はそのショックで伯母の家にひきこもってしまった。しかし、宮路は諦め切れず、ひろ子を迎えに行った。砂浜で二人は口論したが、宮路はそんなひろ子を、突然抱いた。女になりたいと願うひろ子に宮路は、彼女が半陰陽ではなく、偽似半陰だと知らせた。医師の診断は誤診だったのだ。救われたおもいのひろ子は、その日から、再び、猛訓練を始めた。それは奇妙な生活だった。昼の訓練では、宮路はひろ子を少しでも男に近づけようとし、夜、ひろ子は宮路の胸の中でより女になろうとするのだった。しかし、やがて行なわれたオリンピック予選会で、ひろ子の記録は十二秒八。彼女はあまりにも女になり過ぎたのだ。もはや宮路の夢は終りだった。二人は黙って競技場を去っていった。

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小川真由美

題名:セックス・チェック 第二の性
監督:増村保造
企画:関幸輔
原作:寺内大吉
脚本:池田一朗
撮影:喜多崎晃
照明:伊藤幸夫
録音:飛田喜美雄
美術:下河原友雄
編集:中静達治
音楽:山内正
現像:東京現像所
製作主任:渡辺俊策
助監督:崎山周
スチール:薫森良民
出演:大楠道代(安田道代)、緒形拳、小川真由美、滝田裕介、内田朝雄、早川雄三、笠原玲子
1968年日本・大映東京撮影所/シネスコサイズ・カラー89分35mmフィルム
セックス・チェック 第二の性 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

セックス・チェック 第二の性セックス・チェック 第二の性

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撮影風景                  増村保造監督

映画「日本沈没」

日本沈没日本沈没

今回は森谷司郎監督1973年製作の大ヒット作「日本沈没」をピックアップする。
原作は小松左京氏の同名ベストセラー385万部のSF本だが、2006年に同じ東宝で、樋口真嗣監督(出演:草なぎ剛、柴咲コウ)によりリメイクされた。

日本沈没日本沈没

森谷司郎監督は、黒澤明監督作品「悪い奴ほどよく眠る」「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」「赤ひげ」でチーフ助監督を務め、1966年に「ゼロ・ファイター 大空戦」で監督デビューした。
主な監督作品は「弾痕(1969年)」「赤頭巾 ちゃん気をつけて(1970年)」「潮騒(1971年)」「八甲田山(1977年)」「動乱(1980年)」「小説吉田学校(1983年)」などだが、本作の製作期間は、約4ヶ月で約8,80万人の観客を動員し、配給収入は、約16億4,000万円を挙げる大ヒットを記録した。残念な事だが、1984年12月に新作準備中に過労で亡くなっている。(享年53歳)

日本沈没日本沈没

【ストリー】
地球物理学者である田所雄介博士は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出す。潜水艇操艇者の小野寺俊夫、助手の幸長 信彦助教授と共に小笠原諸島沖の日本海溝に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見する。異変を確信した田所はデータを集め続け、一つの結論に 達する。それは「日本列島は最悪の場合2年以内に、地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈没する」というものだった。最初は半信半疑だった政府も、紆余曲折の末、日本人を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動する。しかし、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度 で進行していた。各地で巨大地震が相次ぎ、休火山までが活動を始める。精鋭スタッフたちが死に物狂いでD計画を遂行し、日本人を続々と海外避難させる。一方、あえて国内に留まり日本列島と運命を共にする道を選択する者もいた。四国を皮切りに次々と列島は海中に没し、最後に北関東が水没して日本列島は完全に消滅する。

日本沈没日本沈没

題名:日本沈没
監督:森谷司郎
特撮監督:中野昭慶
製作:田中友幸、田中収
原作:小松左京
脚本:橋本忍
撮影:村井博、木村大作
照明:佐藤幸次郎
録音:伴利也
美術:村木与四郎
衣裳:百沢征一郎
操演:松本光司
編集:池田美千子
音楽:佐藤勝
現像:東洋現像所 光学撮影:宮西武史 合成:三瓶一信
製作担当:森知貴秀
助監督:橋本幸治
特技製作担当:篠田啓助
特技撮影:富岡素敬
特技照明:森本正邦
特技美術:井上泰幸
特技助監督:田淵吉男
特技スチール:田中一清
スチール:石月美徳
出演:藤岡弘、いしだあゆみ、小林桂樹、滝田裕介、二谷英明、中丸忠雄、村井国夫、夏八木勲、丹波哲郎、角ゆり子
1973年日本・東宝/シネスコイズ・カラー135分35mmフィルム
日本沈没 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

日本沈没日本沈没

当時、撮影部に入門したかった私は、半年ほど映画・TVのエキストラのアルバイトをしていた。
映画専門校などない時代に撮影現場で勉強出来る機会が欲しかったのだ。
その中の一作であり、最も思い出深い作品が本作「日本沈没」だった。

東宝撮影所の大部屋で待機していた私は、数人の人々と一緒に製作進行さんに第8ステージに呼び出された。撮影するシーンは東京のビル街で地震が発生し逃げ惑う群衆という設定だった。その中で「割れたガラスの破片が目に刺さり、のた打ち回る人」というインサートを撮ろうとした時、森谷司郎監督が私を指名して下さった。役者志望のエキスト ラさんが多い中、戸惑ったが、言われるまま監督の指示に従った。特殊効果の方が、血糊ポンプのチューブを私に装着して準備が整った。

キャメラはカメフレックスCM3、撮影は村井博氏。ダンディな森谷監督の「よーいスタート」の掛け声がかかる。初めての経験で無我夢中だった。
助監督のキッカケで血糊が噴射され、私はのた打ち回る。
「カット!」と声が掛かるまでアッっと言う間だった。結果はNGだった。

緊張と落胆が解けないまま私は、森谷監督に更なる指示を受けてから、東宝撮影所の風呂に入り血糊を落とした。再びセットに戻り同じシーンを撮影するが、またしてもNG!を出す。
演技の才能がない私は、落ち込む事もなく風呂に入り直した時に他のエキストラさんに言われた。
「役を貰って凄いね!」当時の私はその意味が分からなかった。

3度目の撮影は橋本幸治氏がメガホンを取り、今や大巨匠の木村大作氏が撮影を担当して下さった。
シロートの私に細かいキッカケを指示して下さったのは、木村大作氏だった。

カメフレックスCM3の騒々しい駆動音が鳴り「スタート!」ガラスが目に刺さり、ポンプで押し出された血糊が飛び散る!
のた打ち回る自分。結果はOKだった。

その後、数年を経て撮影部に入り、セカンド、チーフ助手として何度もこの東宝撮影所第8ステージに足を運んだ。たった数秒のシーンで東宝撮影所の風呂に三度も入った18歳冬の思い出は、今も忘れない。

余談になるがカメフレックス35CM3というキャメラは、最もフィルム装填が難しいマガジンを採用している。海外では暗室で装填するのだが、日本で はチェンジバックという袋で手探りで装填するのが主流だ。パーフォレーションが一目ズレても正しく駆動しないループを、正確に保ってフィルムを装填するのは、熟練が必要だった。

カメフレックス35CM3
カメフレックス35CM3 ※本作とは関係はありません。

 

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