映画「新宿泥棒日記」


新宿泥棒日記 ※新宿靖国通りの都電軌道上

横尾忠則                             横山リエ

今回は大島渚監督1969年製作「新宿泥棒日記」をピックアップする。
帰って来たヨッパライ」に続き四人体制で脚本を書き上げた本作は、1968年夏の新宿や紀伊國屋書店内、花園神社に紅テントを張った状況劇場などを舞台に、激動の60年代の息吹を感じる作品である。
出演は、著名イラストレーター横尾忠則さん、紀伊国屋書店創業者の田辺茂一さん、「天使の恍惚」の横山リエさん、「犯された白衣」の唐十郎さんなど配役にも趣きがある。

作品リスト


唐十郎                         横尾忠則、田辺茂一

新宿泥棒日記 (新宿紀伊国屋書店内)

【ストリー】
真夏の新宿。蒸し蒸しする雑踏の中から、突然「泥棒だ!」という声が起った。捕った少年(唐十郎)は、追手の前で素裸になり、ひらきなおった。その有様を見ていた一の人学生(横尾忠則)が、紀伊国屋書店へ入ると、数冊の本を抜きとった。その手首をしっかりとつかんだのは厳しい表情の女店員(横山リエ)だった。紀伊国屋書店の社長田辺氏(本人)は叱りもせず学生を許し、女店員は三度目までは大目にみるのだと笑った。学生は再び、万引を宣言し、実行した。ところが田辺氏は、岡ノ上鳥男という学生を許したばかりか金まで与えた。鳥男は女店員のウメ子に、手首をつかまれた時の感覚を、まるで射精してるようだ、と語った。それから、ウメ子もネグリジェを盗んだ。そして鳥男を挑発し、鳥男は彼女を抱いた。しかし、鳥男との情事は彼女の想像とは違った空しいものだった。その夜、ウメ子はスナックで暴れ、田辺氏が彼女をもらい下げに留置所を訪れた。田辺氏は、二人を性科学の権威高橋氏(本人)のもとへ連れて行き、高橋氏は「人間の根元的な性」について語るのだった。田辺氏はつづいて新宿のバーへ二人を案内し、そこにいた俳優の佐藤氏や渡辺氏に紹介した。両氏は、二人を料亭へ連れ、友人の戸浦氏が女性を口説く様子を見せた。その料亭では、お客のためにわざと「やらずの雨」を降らせたりしていたがこの作られた性の世界に二人は失望し、ますます虚しさを覚えるのだった。その反動から、鳥男はウメ子に乱暴をした。ウメ子は、その時の有様を田辺氏に話し、輪姦された自分を買って下さい、と迫った。田辺氏は、もうこんなつまらない遊びはやめなさい、とさとした。唐十郎の状況劇場を訪れた鳥男は、唐に「別の人間にしてくれ」と頼んだ。唐は鳥男を由比正雪にしたてて舞台に立たせた。そんな鳥男に反発するウメ子は、重要な小道具正雪の生首を隠してしまった。怒る唐の前に現われた妻の李礼仙は、それを自分の責任と切腹の作法をはじめた。ウメ子は礼仙の横に座ると、自らのメンスの血で自分の下腹部に赤い横一文字を引いた。鳥男は、引寄せられるようにウメ子に近づいた。その晩、新宿には群衆と警官隊との激しい衝突があった。


「新宿泥棒日記」横尾忠則

李礼仙                               麿赤児

題名:新宿泥棒日記
監督:大島渚
製作:中島正幸
脚本:田村孟、佐々木守、足立正生、大島渚
撮影:吉岡康弘、仙元誠三
録音:西崎英雄 録音所:アオイスタジオ
音効:鈴木明
美術:戸田重昌
装飾:荒川大
編集:大島渚
現像:東洋現像所
製作補:山口卓治
助監督:小笠原清
題字:加藤郁乎
協力:紀伊國屋書店
スチール:小笠原清
出演:横尾忠則、横山リエ、田辺茂一、高橋鉄、唐十郎、李礼仙、麿赤児、大久保鷹、四谷シモン、不破万作、九頭登、藤原マキ、九頭登、山中広介、若林美宏、佐藤慶、渡辺文雄、戸浦六宏
1969年日本・創造社+ATG/スタンダードサイズ・パートカラー97分35mmフィルム
新宿泥棒日記 -DVD-
2018年11月現在、DVDレンタルはありません。


唐十郎                                  状況劇場紅テント内

横山リエ                             横尾忠則

新宿泥棒日記

【出演者】
岡ノ上鳥男と名のる青年:横尾忠則
鈴木ウメ子と呼ばれる女:横山リエ
紀伊國屋書店社長 田辺茂一氏:田辺茂一
性科学者 高橋鉄氏:高橋鉄
俳優 佐藤慶氏:佐藤慶
俳優 渡辺文雄氏:渡辺文雄
俳優 戸浦六宏氏:戸浦六宏
ウメ子の恋人らしい青年:四谷シモン
戸浦氏と情事する女性:若林美宏
唐十郎氏:唐十郎
状況劇場の人々:麿赤児
状況劇場の人々:大久保鷹
状況劇場の人々:四谷シモン
状況劇場の人々:不破万作
状況劇場の人々:九頭登
状況劇場の人々:藤原マキ
状況劇場の人々:李礼仙
状況劇場の人々:九頭登
状況劇場の人々:山中広介

映画「無理心中日本の夏」

無理心中 日本の夏

今回は大島渚監督1967年製作「無理心中 日本の夏」をピックアップする。
主演は「絞死刑(1968年)」に出演した桜井啓子さん[本作新人]と大島監督作品のベテラン俳優陣の佐藤慶、殿山泰司、戸浦六宏、小松方正、各氏が際立った演技で支えている。
異色に映るのが田村正和氏の若々しい姿だ。こんな時代もあったのだ。
作品リスト


桜井啓子                      佐藤慶

撮影は大島渚監督作品を数多く担当された吉岡康弘氏。照明は黒沢明監督作品「影武者(1980年)」「乱(1985年)」「夢(1990年)」「八月の狂詩曲(1991年)」を担当された佐野武治氏である。
私が撮影を担当した1994年製作のTVCF「井村屋・あずきバー(監督:横田真治氏[制作:ヴィス])」で佐野武治氏に照明を担当して戴いた。打ち合わせの時に黒沢組の逸話をスタッフ全員で拝聴したのを憶えている。その後お会いしないまま、2011年3月に他界(享年80歳)された。

首都高速道路と思われるシーン(上左写真)は、今では建て直されて見られない風景だが路線の開通前に撮ったのだろう。本編前半はアラン・レネを意識した幾何学的な構図、後半は戸田重昌氏の美術セットが冴える画になっている。


田村正和

【ストリー】
男を求めないではいられない十八歳のネジ子は、ある町でオトコを拾い、海岸に誘ったが、彼はしきりに死にたがり、ネジ子の裸に無関心だった。そこへ数人の やくざが現われ、砂の中から鉄砲や刀を掘り出した。その一部始終を見ていたネジ子とオトコは彼らに捕えられ、廃屋の一室に監禁されてしまった。この廃屋は やくざがデイリの時に使う集合場所だった。
ネジ子とオトコの部屋には一人のやくざを刺し殺した鬼と名乗る男と、ライフル銃を盗みに侵入してやくざたちの兄貴分おにいきんに捕った少年がいた。二人はしきりに人殺しの衝動に駆られていた。一方、やくざの助っ人として、拳銃を持ったおもちゃ、マイクロテレビを手にしたテレビという男たちがこの家に集ってきていた。彼らは何事か起るのをじっと待っていた。逞しい男たちを見てネジ子は盛んに媚を売ったが、誰も彼女を抱こうとしなかった。


殿山泰司                      田村正和

そんな時、外国人のライフル魔だ逃げ回って、町は警官隊の厳重な警戒のもとにあると、テレビが報じた。オトコは恐怖に駆られ、おもちゃに殺してくれと頼んだ。
しかし、おもちゃが射った相手はおにいさんだった。それを見た少年は外へとび出し、二人の警官を射って帰ってきた。
そんな異常は雰囲気の中で、ネジ子は三人の男と寝た。
その三人は、外国人と一緒に戦争をするんだ、と叫ぶ少年に反対して殺され、結局、ネジ子、少年、オトコ、テレビ、おもちゃの五人は外国人のたてこもってい る場所に行った。しかし、警官の包囲する中で仲間割れから、テレビ、おもちゃ、少年、それに外国人が死に、ネジ子とオトコの二人だけが残った。二人は警官 隊に向って猛然と射撃を浴びせ、オトコは弾丸の雨の中で初めてネジ子を抱いた。
ネジ子が「心中みたいだね」と言った時、オトコは「うん、無理心中だ」と答えたが、その瞬間、二人に弾丸が当った。血の海の中で、二人は笑って死んでいった。


小松方正                       戸浦六宏

題名:無理心中 日本の夏
監督:大島渚
製作:中島正幸
脚本:田村孟、大島渚、佐々木守
撮影:吉岡康弘
照明:佐野武治
美術:戸田重昌
録音:西崎英雄
編集:浦岡敬一
音楽:林光
出演:桜井啓子、佐藤慶、殿山泰司、戸浦六宏、小松方正、田村正和
1967年日本・松竹・創造社/シネスコサイズ・モノクロ96分35mmフィルム
無理心中 日本の夏 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

映画「白昼の通り魔」


大島渚監督作品「白昼の通り魔」          川口小枝

今回は、1966年製作の大島渚監督作品「白昼の通り魔」をピックアップした。
大島監督作品は今後も取り扱う予定だが、名画座で70年代に観てDVDで最近観た本作から始めたい。大島作品でお馴染みのキャスト・スタッフがタイトルさ れていたが、助監督が脚本家の佐々木守氏だったのに驚いた。佐々木氏は松竹を64年に退社してから創造社に参加し、多くの大島監督作品の脚本を手掛け実相寺 昭雄監督のTVドラマ「怪奇大作戦」「シルバー仮面」「ウルトラマン」、若松孝二監督「聖母観音大菩薩」も執筆されたが、惜しくも2006年2月に他界され た。(享年69歳)

作品リスト


佐藤慶(2010年5月没)                小山明子

松竹ヌーベルバーグの旗手とも呼ばれた大島渚監督は、1999年製作「御法度」の製作発表(1996年1月)をしてから翌2月に渡航先のロンドンの ヒースロー空港で脳出血に見舞われたが、出演者の北野武氏(ビートたけし)と崔洋一氏が映画監督であった事もあり、撮影予定は延びたもののサポートを得て 完成に至ったそうだ。2000年に紫綬褒章を受章、2001年6月フランス芸術文化勲章を受章しているが再び病状が悪化し、現在はリハビリ生活を奥様(小山明子氏)の献身的な介護のもとで闘病生活を送ってられるそうだ。

【追記・訃報】
この章を書き終えて約半月後の2013年1月15日に訃報が入った。ほんとうに惜しく残念でならない。大島渚氏は、同日午後3時25分、肺炎のため神奈川県藤沢市の病院で死去された。(享年80歳)告別式は1月22日に築地本願寺で行われ、葬儀委員長は、1976年「愛のコリーダ」でチーフ助監督を務められた映画監督の崔洋一氏である。


渡辺文雄(2004年8月没)            戸浦六宏(1993年3月没)

【ストリー】
草深い信州の農村。ある夏、川の氾濫で畑を駄目にした篠崎の娘シノはホップの栽培とニジマスの養殖を計画しその資金を彼女に気のある村長の息子源治から借 りたが、その代償に彼女は彼に身をまかせた。シノに惚れていた小山田英助は現場を見つけて、村中に言いふらしたが、彼女は平気だった。彼女は仕事が波に 乗った一年後、村会議員に当選した源治に心中をせまられた。彼はシノの気持をためしたかったのだ。彼女はその時ふとその気になって彼に従った。
彼は死んだが、彼女は首をくくった柿の木が折れ失神しただけで助かった。二人の後をつけた英助は倒れているシノを犯した。これは“白昼の通り魔”になる英助の第一歩であった。源治は事故死として葬られたが、恋愛は美しい無償の行為だとシノたちに教えた中学教師倉マツ子は事故死とすることに反対した。その夜彼女は同じ反発を抱く英助と結ばれた。シノは村中の非難をあび村を出た。一年過ぎた。神戸で女中として働いていたシノは突然英助の訪問を受けた。そして再び失神させられ犯された。その上彼は抵抗した女主人を殺した。シノは彼を噂の“白昼の通り魔”と確信したが、警察の取調べに対し、犯人が旧知の英助であることは黙っていた。
そして今は英助の妻になっているマツ子に相談してからと考えて手紙を書いた。
数週間後マツ子は修学旅行で大阪へ来た。シノは会って相談したが、苦悩するマツ子の言葉はあいまいであった。東京へ走る列車が浜名湖を通過した時マツ子は 意を決して、尾行してきた原口刑事に英助の写真を渡した。だが既に英助は逮捕されていた。裁判で彼は最初にシノを犯したのが犯罪のきっかけだと言った。打 ちのめされて生徒と別れたマツ子と一緒にシノは信州へ帰った。村が見えた時急にマツ子はシノに心中してくれと言った。シノはまたも一人だけ生き残った。そして先生の死体を背に山道を下っていった。


小松方正(2003年7月没)            殿山泰司(1989年4月没)

題名:白昼の通り魔
監督:大島渚
原作:武田泰淳
脚本・脚色:田村孟
製作:中島正幸
撮影:高田昭
照明:三浦礼
助監督:佐々木守
美術:戸田重昌
音楽:林光
録音:西崎英雄
編集:浦岡敬一
出演:川口小枝、小山明子、佐藤慶、戸浦六宏、小松方正、岸輝子、川口秀子、殿山泰司、矢野宜、観世栄夫、渡辺文雄、高原良子、茅島成美
1966年日本・松竹+創造社/シネスコサイズ・モノクロ99分35mmフィルム
白昼の通り魔 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。