映画「無頼漢」


仲代達矢                           岩下志麻
今回は篠田正浩監督1970年製作「無頼漢」をピックアップする。
本作は、大島渚監督、吉田喜重監督と共に松竹ヌーベルバーグの旗手と呼ばれれ、2003年に「スパイ・ゾルゲ」を最後に映画監督からの引退を発表した篠田正浩監督の寺山修司氏脚本による異色時代劇である。

「美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道」 (春日太一著・文藝春秋刊)より
A:岩下志麻 Q:春日太一
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Q:これは東宝の作品です。松竹側は大丈夫でしたか?
A:他社出演に関しては結構スムーズでしたね。ですから、本当にありがたかったです。
Q:今回は花魁役でしたが、どのような役作りを?
A:花魁の役は初めてでしたので、まず高いぽっくりを履いて練り歩くのが難しくて。最初、ぽっくりだけ借りてずいぶん歩きの練習をしました。歩くのも、外側に足を廻して歩かないといけないんですよね。しかもゲタが高いでしょう。ですから結構難しくて。
Q:相手役は仲代さんでした。
A:仲代さんはいつも厳しかったり逞しかったり、という役が多いのですが、あれは白塗りでナヨッとしていて、妙に色っぽく見えました。それから、お母さんの市川翠扇さんが素晴らしくて。あの市川翠扇さんと仲代さんの母子関係、母親が子どもにベタベタする関係もよかったですね。
Q:反権力の集団を描く、篠田監督らしい時代劇でした。
A:そこを意識して作った映画なんじゃないかなと私は思いました。ああいうかたちを借りて、体制と反体制をクリアに描いていると思うんです。「権力は変わらない、交代するだけだ」という水野忠邦の最後のセリフがありますが、あの言葉は印象的でした。
Q:独立プロでありながら進んでメジャーと組んで大作を作っていくところが、表現社というか篠田監督の面白さでもあります。
A:そうです。表現社製作で受け持つ場合と、スタッフだけ貸す場合と、いろいろな形があります。表現社単体で作るのが難しい場合は無理に作らない。
Q:作品のスケールや必要な予算に応じて柔軟に製作体制を変えている印象があります。
A:ですから、独立プロで赤字を作らないでずっとこれたのは、表現社ぐらいじゃないかしら。他はみんな家を売ったりして苦労されていますものね。
Q:そこの計算が見事ですね。
A:篠田が絶対に自分のところで背負い過ぎないような製作体制にして、作品のスケールによって作り方を変えていたと思います。


仲代達矢、岩下志麻                    丹波哲郎

【ストリー】
天保13年、水野忠邦(芥川比呂志)の天保の改革は庶民を苦しめ、市井には不満の声が満ちていた。江戸、猿若町の見世物小屋が軒を並べるあたり、役者志願の遊び人直次郎(仲代達矢)は、美しい花魁犬口屋の三千歳(岩下志麻)を知った。直次郎が母親のくま(市川翠扇)と住む犯罪長屋。1年ぶりに帰ってきたなまけ者丑松(小沢昭一)だが、留守中に女房お半と子供は、御用聞き、五斗米市と家主の紋左衛門(春日章良)の手にかかり姿を消していた。芝居小屋の前で「水野体制批判」をして役人に追われた三文小僧を救ったのは、河内山宗俊(丹波哲郎)だった。三千歳を直次郎とはり合う森田屋(渡辺文雄)は御家人くずれの金子市之丞(米倉斉加年)に直次郎殺しを頼んだ。だが金子市は、直次郎と間違えて河内山を襲い、顔を合わせた金子市、河内山、森田屋の三人は、互にふくみ笑いして見合った。直次郎は老いて醜い、おくま(市川翠扇)がいては三千歳と世帯ももてないと考え蒲団にくるみ、大川へ投げ込んだ。一方、河内山は上州屋の一人娘浪路(太地喜和子)が、松江出雲守(中村敦夫)にめかけになれと無理難題を押しつけられているのを聞き、200両で浪路をとり返すことをうけあった。河内山の生命をかけた大仕事を知り直次郎が仲間に加わった。ところで、金子市は丑松、三文小僧など水野体制からはみだした連中を集め、改革に謀叛の火を打ちあげんとしていた。松江家では依然、出雲守が浪路を追い回していたが、家老北村大膳はこの乱行が外にもれることを怖れ、浪路と近習頭宮崎数馬を不義の仲とデッチあげた。そこへ、河内山扮する御使僧北谷道海と直次郎扮する駕篭脇に控える侍桜井新之丞が現れ、晴れの舞台よろしく、大芝居をうった。出雲守からまんまと、浪路をだましとった河内山だが、大膳に見破られ凄絶な最後をとげた。直次郎は邪魔者おくまを背負って捨てに家を出たが、その時、夜空にひろがる花火を見た。それは金子市、丑松、三文小僧の三人が打ち上げた謀反の火柱だった。


市川翠扇                              小沢昭一

題名:無頼漢
英題:THE SCANDALOUS ADVENTURES OF BURAIKAN
監督:篠田正浩
製作:藤本眞澄、若槻安重
原作:河竹黙阿弥「天衣紛上野初花」
脚本:寺山修司
撮影:岡崎宏三
照明:榊原庸介
録音:西崎英雄 (アオイスタジオ)
音効:本間明
美術:戸田重昌
装飾:荒川大
衣装:上野芳生
結髪:細野明
調度:高津年晴
風俗構成:林美一
題字:粟津潔
記録:島田はる
編集:杉原よ志
音楽:佐藤勝
撮影機材:パナビジョン(三和映材社)
現像:東京現像所
製作担当:小笠原清
助監督:中野恵之
演技事務:中村英子
スチール:遠藤正、亀倉正子
出演:仲代達矢、岩下志麻、小沢昭一、丹波哲郎、渡辺文雄、米倉斉加年、山本圭、芥川比呂志、市川翠扇、中村敦夫、浜村純、藤原釜足、蜷川幸雄、太地喜和子、春日章良
1970年日本・表現社+にんじんくらぶ/シネスコサイズ・カラー103分35mmフィルム
無頼漢 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


丹波哲郎、米倉斉加年                   仲代達矢、岩下志麻、渡辺文雄

映画「日本の夜と霧」

日本の夜と霧日本の夜と霧
津川雅彦

今回は2013年に惜しまれつつ亡くなられた大島渚監督1960年製作「日本の夜と霧」をピックアップした。
60年安保闘争を知らないと時代背景は分からない内容だ。私は小学生だったので記憶は薄い。本作は実験的かつ即興的な手法で舞台演劇を観ている様だった。

作品リスト

劇場公開からわずか4日後、松竹が大島監督に無断で上映を打ち切り、大島監督は猛抗議し、松竹を退社した。その直後に開かれた大島渚と小山明子との結婚式で出席者から抗議が相次ぎ、さながら総決起集会と化したそうだ。

日本の夜と霧日本の夜と霧
渡辺文雄・桑野みゆき           小山明子・芥川比呂志

【ストリー】
霧の深い夜、新安保闘争で結ばれた野沢晴明と原田玲子の結婚式が行われた。野沢はかつて破防法時代には学生運動の指導をし、今は新聞記者をしている。六・ 一五の夜、野沢は傷ついた玲子と北見を介抱する後輩の太田に会った。北見は十八日夜、国会に向ったまま消息を絶った。
--式場には仲人の宇田川夫妻、破防 法では共に火焔ビン闘争に参加した友人の中山・美佐子夫妻らが出席した。太田は同志である北見の失踪をよそに、幸せな生活に入ろうとする玲子をなじった。 太田には六・一五の逮捕状が出ていた。ハンガリー民謡を歌う色眼鏡の青年が入って来た時、式場からは結婚の幸せな空気は消えた。闖入した青年宅見は一同 に、十年前--学生たちが火焔ビンで破防法と闘っていた頃のある霧の深い夜、中山たちの学生寮に若い男が忍びこんでいたのを捕った。男は逃げたが、その きっかけを作ったと疑われたのが、かつてハンガリー民謡を口ずさんでいた高尾だった。高尾はスパイとして党の査問委員会にかけられ、中山と美佐子の結婚式 の夜、自殺した。美佐子への愛、火焔ビン闘争に対する非難と運動方針の転換などもその原因らしかった。

日本の夜と霧日本の夜と霧日本の夜と霧日本の夜と霧

式場では運動の犠牲者高尾の死の真相が明るみに 出るにつれ、野沢と美佐子の過去の関係まで暴露された。破防法阻止運動の失敗、今度の新安保闘争では北見が行先不明となって戦列を離れてしまった。何の進 歩もなかった、このことは玲子を責めることでもあった。現在の互いの立場から糾弾しあう一同。北見を求めて外に出た玲子を太田が追った。その太田を刑事た ちが逮捕する。表に出てくる一同。外からはデモ隊の騒がしい音が聞こえてくる。宅見たちはデモに参加するために立ち去る。野沢と玲子を始め残された者に向 かって、中山は彼らを批判し党の方針に沿った教条的な演説を始める。それを聞く一同の顔には陰鬱な表情が浮かんでいるのだった…。

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題名:日本の夜と霧
監督:大島渚
製作:池田富雄
脚本:大島渚、石堂淑朗
撮影:川又昂
照明:佐藤勇
録音:栗田周十郎
美術:宇野耕司
編集:浦岡敬一
音楽:真鍋理一郎
現像:東洋現像所
出演:桑野みゆき、渡辺文雄、津川雅彦、小山明子、芥川比呂志、戸浦六宏、速水一郎、佐藤慶、味岡享、左近允宏、速水一郎
1960年日本・松竹/シネスコサイズ・イーストマンカラー107分35mmフィルム
日本の夜と霧 [DVD]
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

日本の夜と霧日本の夜と霧
戸浦六宏

●「日本の夜と霧」の時代的背景
【60年安保闘争とは】
安保闘争とは、1959年~1960年(昭和34~35年)を60年安保、1970年(昭和45年)を70年安保と2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)の与党自民党による慎重審議なくして強行採決を行ったことに関して反発した国会議員、労働者や学生、市民および批准そのものに反対する国内左翼勢力が参加した日本史上で空前の規模の反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争の事である。60年安保闘争では安保条約は国会で強行採決されたが、岸内閣は混乱の責任を取り総辞職に追い込まれた。
【6月15日とは】
1960年6月15日には、ヤクザと右翼団体がデモ隊を襲撃して多くの重傷者を出し、機動隊が国会議事堂正門前で大規模にデモ隊と衝突し、デモに参加していた東京大学学生の樺美智子さんが圧死。中継をしていたラジオ関東の島碩弥も警棒で殴られ負傷する。国会前でのデモ活動に参加した人は主催者発表で計33万人、警視庁発表で約13万人という規模にまで膨れ上がった。
(参照:ウィキペディア)

日本の夜と霧日本の夜と霧
小山明子                     渡辺文雄