映画「新 仁義なき戦い」


菅原文太                        池玲子

今回は深作欣二監督1974年製作「新 仁義なき戦い」をピックアップする。
広島ヤクザの抗争を描いた「仁義なき戦いシリーズ」がヒットしたのに続き、舞台は1950年(昭和25年)秋、呉の山守組組員三好万亀夫は浅田組々長を拳銃で撃ち、殺人未遂で8年間刑務所へ収監され、その後仮出所してからの山守組の内紛劇を描いている。


若山富三郎                      松尾和子

【ストリー】
昭和25年秋、呉・山守組若衆三好万亀夫(菅原文太)は、親分山守義雄(金子信雄)に敵対する土田組々長を襲撃、逮捕され11年の刑を宣告された。三好が刑務所生活を続ける内に、山守組は膨張し、やがて派閥ができた。山守組長をバックアップする坂上元派、山守を凌ぐ勢いの若頭青木尚武派、そして中立を守る難波茂春派である。分の悪い山守は、近く出所予定の三好を自分の陣営に入れるために画策した。昭和34年春、三好が仮出所した。彼を出迎えたのは、彼を慕う若者北見登(渡瀬恒彦)だけだった。数日後、名古屋の料亭で三好の放免祝いが行なわれたが、意外にも山守、青木(若山富三郎)、坂上(田中邦衛)、難波(中谷一郎)等が呉越同舟し、それぞれ三好を自分の陣営に入れるべく働きかけるのだった。数日後、広島最大の海津組に接近し山守に加勢しようとした難波を青木が殺した。そして、青木自身が海津組に接近、対山守の後楯になるよう計った。それから間もなく青木は三好を呉に誘った。これを青木の策謀と見ぬいた三好は、恋人同然の朝鮮人ホステス恵子(池玲子)を、いざという時の弾よけとして連れて呉へ向かった。青木は三好を歓待するが、その裏では子分たちに三好襲撃を命じた。恵子は三好の行動から自分が楯に使われている事を知り、三好を激しく罵ると彼のもとを去った。一方、青木は海津組々長に通じ、しかも自分の意に添う難波組若衆頭野崎満州男と縁組、さらに三好に圧力をかけ、四国・松山に後退させておいて、ついに山守を引退に追いやった。その上、難波組二代目に野崎を押し、これに反対する関勝を襲撃、重傷を負わせた。一方、権謀術策に長ける山守の巻き返しが着々と進行していた。山守は坂上を走らせ、関勝の報復を餌に、三好に青木暗殺を促した。三好は山守の魂胆を見抜くが、ここは己れが殺るか殺られるかの瀬戸際と見て取り、自らの指を詰めて海津にさし出し、青木の後楯を立ち切らせておいて、舎弟の北見及び関の残党に青木襲撃の策をさずけた。昭和34年秋、青木の主催する興行開催の日、多数の警備に囲まれて陣頭指揮する青木めがけて北見たちは突進した。壮絶な死闘が展開され、青木のとどめは、突如現われた繃帯姿の関勝が射った。数日後、山守の家で祝盃があげられ、涙を流して喜ぶ山守は、憮然とする三好に何度も頬ずりして感謝した。「有難と。有難と。わりゃあ、日本一の極道よのう」……。


菅原文太、渡瀬恒彦                若山富三郎、菅原文太

題名:新 仁義なき戦い
監督:深作欣二
企画:日下部五朗
原作:飯干晃一
脚本:神波史男、荒井美三雄
撮影:吉田貞次
照明:中山治雄
録音:溝口正義
美術:雨森義允
装置:吉岡茂一
装飾:松原邦四郎
背景:西村和比古
衣装:岩道保
編集:宮本信太郎
記録:田中美佐江
音楽:津島利章
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
製作主任:上田正道
助監督:藤原敏之
スチール:中山健司
出演:菅原文太、松方弘樹、若山富三郎、渡瀬恒彦、池玲子、中原早苗、松尾和子、金子信雄、中谷一郎、田中邦衛、宍戸錠、内田朝雄、山城新伍、名和宏、安藤昇、室田日出男、八名信夫、志賀勝、川谷拓三
1974年日本・東映/シネスコサイズ・カラー98分35mmフィルム
新・仁義なき戦い -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


「新 仁義なき戦い」松方弘樹             若山富三郎

映画「博徒列伝」

博徒列伝博徒列伝
鶴田浩二                        大木実

今回は小沢茂弘監督1968年製作「博徒列伝」をピックアップする。
本作は、数多くの東映任侠映画を監督してきた小沢茂弘監督の代表作「博徒」「博奕打ち」シリーズに並ぶ人気シリーズとして打ち出された「列伝」シリーズになる。また本作はオールスターキャストの任侠映画として正月興行として当時人気を二分していた「新・網走番外地(監督:マキノ雅弘)」と同時公開されるも、オールナイト興行では出演者たちが登場する度に拍手が沸き起こり、盛り上がりを見せていたそうだ。それというのも、本作が公開された頃はすでに主要な出演者全員、単独の看板番組を持っており、各々主役級で観客を呼べる大スターたちばかりであったため実に贅沢な配役に観客が熱狂したという。

博徒列伝博徒列伝
若山富三郎                       高倉健
博徒列伝博徒列伝
藤純子                        北林早苗

【ストリー】
昭和の初期。大木戸一家の若松組組長若松勇次部(鶴田浩二)は、3年間の懲役に服するため、大木戸一家二代目の跡目を弟分の川田(大木実)に譲り、服役後も川田の右腕とたって働いていた。一方、監獄一家の組長金光(天津敏)は、若勇の縄張を狙い、あくどいいやがらせを度重ねた。業を煮した若勇は、監獄一家に喧嘩状を叩きつけたが、関東きっての顔役、浅草の甲田(河津清三郎)が仲裁を買ってでた。若勇は、甲田の申入れを断ったものの、川田は甲田の甘言にのり、兄弟分の盃を交わすという条件で若勇のしきる芝浦埠頭の実権を金光に譲ってしまった。それからの工事現場は、若勇の案じた通りだった。人足たちの不平不満はつのり、渡世人あがりの人足小桜(北島三郎)は、単身金光にたち向った。小桜が、兄貴分の治療費を捻出するため、女房を売り、その身受金を稼ぐため、人足をしていると知った若勇は、賭場で稼ぎ小桜を助けるのだった。これには、三次(若山富三郎)や芸者勝弥(藤純子)の隠れた協力があった。その勝弥が、富士家一家の子分に因縁をつけられた。同道していた若勇は、勝弥を助けたものの、相手を傷つけ留置されてしまった。やがて、富士上健吉(高倉健)と和解した若勇を金光たちが隅討した。子分を殺された若勇は、弔合戦を川田に相談したが、甲田との摩擦をきらう川田は聞き入れず、逆に若勇を破門する始末だった。新年。親分衆の初寄合で、甲田と川田は兄弟分の盃を交わした。だが、当初より大木戸一家の縄張を狙う甲田は、金光に命じ川田を闇討し、さらに若勇の命をも狙った。その危難を小桜に救われた若勇は、川田の許へ駆けつけた。川田は、苦しい息の下から若勇に自分の非をわび世を去っていった。富士上の助勢を得た若勇が、甲田、金光に怨念を晴したのは、それから間もなくのことだった。

博徒列伝博徒列伝
菅原文太                        博徒列伝
博徒列伝博徒列伝
北島三郎                       橘ますみ
博徒列伝博徒列伝
河津清三郎                       天津敏

題名:博徒列伝
監督:小沢茂弘
企画:俊藤浩滋、橋本慶一、日下部五朗
脚本:笠原和夫
撮影:鈴木重平
照明:増田悦章
録音:堀場一朗
美術:井川徳道
装置:吉岡茂一
装飾:宮川俊夫
美粧:佐々木義一
結髪:妹尾茂子
衣裳:松田孝
擬斗:谷明憲
記録:石田照
編集:堀池幸三
音楽:渡辺岳夫 主題歌:北島三郎「博徒の花道」
フィルム:富士フィルム
製作主任:福井良春
助監督:大西卓夫
スチール:杉本昭三
出演:鶴田浩二、若山富三郎、藤純子(富司純子)、高倉健、菅原文太、北島三郎、大木実、河津清三郎、待田京介、北林早苗、橘ますみ、天津敏、名和宏、北村英三、八名信夫、汐路章、玉川良一、人見きよし
1968年日本・東映京都撮影所/シネスコサイズ・カラー98分35mmフィルム
博徒列伝 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。

博徒列伝博徒列伝
玉川良一                       博徒列伝
博徒列伝博徒列伝
博徒列伝                      鶴田浩二、藤純子

映画「関東緋桜一家」



藤純子                        鶴田浩二

今回はマキノ雅弘監督1972年製作「関東緋桜一家」をピックアップする。
本作は、最後のプログラムピクチャーといえる東映任侠映画スター藤純子さんの引退記念映画(東映専属で90本の映画に出演)であり、1960年「八州遊侠伝 男の盃」でデビュー時のマキノ雅弘監督作品で締めくくっている。共演は、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、鶴田浩二、若山富三郎、高倉健、菅原文太といった当時の東映スター俳優、藤山寛美、水島道太郎、木暮実千代、南田洋子、長門裕之、待田京介、金子信雄といったベテラン俳優が脇を固め、東映オールスターキャストで製作された。またマキノ雅弘監督も本作を最後にテレビ映画以外の劇場用映画の演出からは完全に引退し、このフィナーレとともに任侠路線も終焉を迎えた。

【追記・訃報】
「鬼龍院花子の生涯」や「極道の妻たち」シリーズなど数多くのヒット映画を世に送った東映京都撮影所の名プロデューサー、日下部五朗(くさかべ・ごろう)氏が2020年2月7日に腎不全のため死去した。2月18日、東映が発表した。85歳。岐阜県生まれ。葬儀は家族のみで営まれた。日下部氏は早稲田大学卒業後に東映に入社。1963年「変幻紫頭巾」でデビュー。「緋牡丹博徒」などの任(人ベンに峡の旧字体のツクリ)ものから、「柳生一族の陰謀」などの大型時代劇まで130本を超える映画をプロデュースした。主な作品に「陽暉楼」「肉体の門」「寒椿」「藏」などがある。また、今村昌平監督がメガホンをとった「楢山節考」は83年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得した。(本作で企画担当)
2/18(火) 14:04配信 スポニチアネックス


片岡千恵蔵                      高倉健

【ストリー】
明治末頃--柳橋一帯の町内頭で鳶「に組」の副組頭の河岸政の娘・芸者鶴次(藤純子)はその美貌と男まさりの侠気と、幼い頃から呑竜(若山富三郎)という北辰一刀流の達人で講釈師から学んだ剣術で評判を呼んでいた。鶴次には「に組」の組頭吉五郎(片岡千恵蔵)の一人息子である纒持信三(高倉健)という末を誓い合った男がいたが、信三は彼女に酔ってからんだヤクザ数人と乱斗し、その中の一人をあやめてしまったことから旅に出てしまった。その頃、日本橋の博徒新堀一家の客分である、刑事くずれの博徒鬼鉄(遠藤辰雄)が、柳橋で賭場を開き、河岸政(水島道太郎)が世話になってる旦那衆から金や財産を捲き上げたことから、いざこざが起こるようになった。新堀一家の親分辰之助(嵐寛寿郎)と河岸政とは兄弟分であり、柳橋では賭場は開かないという約束が二人の間でかわされていたが、床に伏せている辰之肋をよいことに、代貸の中州の常吉と鬼鉄は河岸政の縄張りに目をつけ、その拡張を計っていたのだ。一挙に勢力拡大を狙う鬼鉄、その身内の大寅(天津敏)、小寅(山本麟一)は、河岸政を大川端に襲って暗殺した。鶴次の決意と「に組」小頭由次郎の力添えによって、女であるからという頭取衆の反対を説き伏せて、鶴次が父の跡目をついだ。ある夜、独り大川河岸を歩く鶴次に大寅達がまたも襲いかかった。数人を叩き伏せたが、進退きわまった鶴次を渡世人風の男が救った。それは河岸政の悲報を開いて九州から帰った信三だった。一方、鶴次暗殺に失敗した鬼鉄は、バカ熊(汐路章)に命じて、割烹旅館金柳館に火を放った。「に組」の消火作業で金柳館は一部を焼失しただけで済み、信三はバカ熊を捕えた。鶴次は、鬼鉄に奪われた金柳館の権利証とバカ熊を賭けた勝負を挑んだ。鬼鉄は、新堀一家に草鞋を脱いだばかりの客人旅清(鶴田浩二)をたて挑戦を受けた。鶴次の心意気を察した旅清は勝を譲った。それからしばらくして辰之助が後事を、義兄弟旅清に託して息を引きとった。一方、銀次が、廓に売られ入水自殺を計ったお志乃(南田洋子)とその子供を救ったことから、お志乃は鬼鉄の妾であることが判明し、引き渡しを迫る鬼鉄と、母子をかばう銀次の対立は激しさを増した。だが、吉五郎の仲裁によって鬼鉄の野望は消えたかに見えたが、吉五郎と呑竜は鬼鉄の闇打ちにあい死んだ。喧嘩仕度で湧き立つ鬼鉄一家。新堀一家を引き連れて助っ人に向おうとした常吉の前に立ち塞がった旅清は、常吉の白刃を腹に受けながら叩き斬った。父のかたみの手カギを手に、鬼鉄の賭場に向う鶴次と信三、そして腹にサラシを巻いた旅清。三人を前に鬼鉄達は倒れた。しかし、最後の力をふり絞った旅清は、鶴次と信三に見とられ息を引き取った。


菅原文太                      嵐寛寿郎

藤山寛美                   木暮実千代、藤純子

題名:関東緋桜一家
監督:マキノ雅弘
企画:俊藤浩滋、日下部五朗、武久芳三
製作:岡田茂
脚本:笠原和夫
撮影:わし尾元也
照明:増田悦章
録音:渡部芳丈
美術:富田治郎
装置:稲田源兵衛
装飾:山田久司
美粧・結髪:東和美粧
衣装:松田孝
技斗:上野隆三
振付:藤間勘三郎
記録:牧野淑子
編集:宮本信太郎
音楽:木下忠司
フィルム:富士フィルム
現像:東映化学
進行主任:渡辺操
助監督:清水彰
演技事務:伊駒実麿
スチール:木村武司
出演:藤純子(富司純子)、鶴田浩二、高倉健、若山富三郎、菅原文太、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、藤山寛美、渡瀬恒彦、木暮実千代、金子信雄、待田京介、伊吹吾郎、山城新伍、水島道太郎、八名信夫、遠藤辰雄、天津敏、山本麟一、長門裕之、南田洋子、工藤明子、潮健児、石山律三郎、汐路章
1972年日本・東映京都撮影所/シネスコサイズ・カラー102分35mmフィルム
関東緋桜一家 -DVD-
本作はゲオ宅配レンタルでご覧になれます。


潮健児、南田洋子、待田京介             金子信雄

「関東緋桜一家」東映京都撮影所オープンセット

関東緋桜一家

「関東緋桜一家」マキノ雅弘監督

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